
水の水素結合ネットワークから人工知能が温度を読み解いた!
深層学習で人間には“見えない”温度情報を予測する手法の開発
研究成果のポイント
- 液体の水における水素結合ネットワークの構造情報から人工知能が温度を予測できることを発見
- これまで、水の分子配列は時々刻々と変化し無秩序であるため、四面体構造の乱れを適切に定量化することが困難であった
- 水の構造ゆらぎと熱力学的状態の関係理解を深化させ、水の異常物性の起源解明や物質設計への応用につながることが期待される
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の大学院生の吉川 航平さん(博士後期課程1年)、四方 志さん(博士後期課程3年)、金 鋼准教授、松林 伸幸教授の研究グループは、液体の水における水素結合ネットワークを人工知能に学習させることによって、水分子の配列情報から温度を予測できることを発見しました【図1】。
水分子は水素結合を介して互いに結びついています。氷のような固体状態では、各水分子は4つの水分子と水素結合を形成し、正四面体構造に近い規則正しい配列をとります。一方、液体の水では分子配列は乱れた状態となり、水素結合ネットワークは分子間の結合の組み替えを伴いながら、時々刻々と変化しています。
このように一見無秩序に見える液体の構造にも、四面体構造の名残が存在すると考えられてきましたが、その乱れを適切に記述する構造指標については十分に明らかにされていませんでした。今回、研究グループは、液体の水の構造情報に基づいて異なる温度条件を人工知能が識別できることを示しました。この結果は、水の分子配列には“見えない”温度に対応した情報が埋め込まれており、それを人工知能が高精度に抽出できることを示すものであり、4℃で密度が最大となる水の特異な性質の起源となる分子レベルの構造理解につながることが期待されます。
本研究成果は、Springer Natureが発行するオープンアクセス誌Communications Chemistryに、7月6日(月)午後6時(日本時間)に公開されました。
図1. 本研究の概念図.水の分子配列情報から人工知能が温度を予測する.
研究の背景
これまで、水は液体状態において、隣接する水分子同士が協調的に運動しながら水素結合の相手を次々と入れ替えることが知られていました。水素結合ネットワークは時間とともに絶えず組み替わるため、一見すると明確な秩序や規則性を見出すことは容易ではありません。一方で、水分子が折れ線型の構造を持ち強い極性を示すことから、水素結合は局所的には四面体構造をとりやすく、液体状態においてもその名残が存在すると考えられてきました。
このような分子レベルの構造を理解するため、これまでに様々な構造指標が提案されてきました。例えば、ある水分子を中心に、その周囲の4つの水分子との角度から四面体構造(理想角109.5°)への近さを定量化する四面体指標【図2】が挙げられます。また、水素結合エネルギーに基づく指標や、分子周辺の空隙体積に着目した指標なども提案されています。しかし、これらの指標はそれぞれ個別に定義されているため、水素結合ネットワークの乱れをどの程度包括的かつ有効に特徴づけているのかを統一的に評価することには課題が残されていました。
図2. 四面体指標が高い分子配列の例.
研究の内容
研究グループは、ニューラルネットワークを用いた人工知能により、分子動力学シミュレーションで生成した異なる温度条件下の水の分子配列情報から、その構造を介して温度を予測できることを明らかにしました【図3】。さらに、これまでに提案されてきた16種類の分子レベルの構造指標について、それぞれの温度予測性能を体系的に比較評価しました。その結果、四面体構造を形成する4つの水分子に対して、5番目の水分子が近接することによって生じる構造的な乱れを定量化する指標が、最も高い予測精度を示すことを見出しました。
この結果は、液体状態の水においても局所的な四面体秩序が本質的に存在している一方で、周囲の水分子との相互作用によってその秩序が常に摂動を受けていることを示唆しています。すなわち、四面体構造は完全に崩壊しているのではなく、「部分的な秩序」と「動的な乱れ」が共存した状態として液体状態の水が成立していることを示す結果と解釈されます。また、温度依存性の解析から、温度が低下するにつれてこの局所的な四面体秩序がより顕著に発達し、構造はより秩序的な状態へと連続的に変化することが明らかになりました。一方で、その秩序は依然として動的な乱れを伴っており、完全な結晶構造とは異なる液体特有の性質が維持されていることも確認されました。
図3. コンピュータ・シミュレーションから得られた分子配列. (左)300 Kと(右)200 Kとで,無秩序であり人間の目では違いがわからないが,ニューラルネットワークは高精度に温度を予測した.
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は、液体の水のように一見すると無秩序に見える物質の中にも、温度などの熱力学状態を反映した構造情報が含まれていることを示した点に意義があります。これは、分子レベルの構造ゆらぎから物質の性質を読み解くという新しい視点を提供するものです。
また、人工知能を用いて水素結合ネットワークの構造情報を解析し、温度を高精度に予測できることを示したことで、従来は経験的・間接的に扱われてきた液体の構造と物性の関係を、データ駆動的に評価する枠組みの有効性を示しました。
さらに本成果は、水の異常な性質(例えば4℃で密度が最大となる現象など)の起源理解につながる可能性があり、将来的には幅広い液体物質への展開が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年7月6日(月)午後6時(日本時間)にSpringer Natureが発行するオープンアクセス誌Communications Chemistry(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Machine learning evaluation of structural descriptors for supercooled water”
著者名:Kohei Yoshikawa, Kokoro Shikata, Kang Kim, and Nobuyuki Matubayasi
DOI:https://doi.org/10.1038/s42004-026-02097-1
なお、本研究は、基盤研究(B)(JP25K00968)、科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「メゾヒエラルキーの物質科学」公募研究(JP24H01719)、文部科学省データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業「バイオ・高分子ビッグデータ駆動による完全循環型バイオアダプティブ材料の創出」(JPMXP1020230327)、大阪大学博士課程教育リーディングプログラム「インタラクティブ物質科学・カデットプログラム」などの支援を受けて行われました。また、本研究のコンピュータ・シミュレーションには、自然科学研究機構岡崎共通研究施設・計算科学研究センターおよび大阪大学D3センターが提供するスーパーコンピュータを用いました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 水素結合
水分子内の酸素原子と水素原子の電気的な偏りにより、水素原子を介して分子同士が引き合う比較的弱い結合のこと。水の場合、水分子同士がこの水素結合によってつながり、液体や氷としての性質を形づくっている。
- 構造指標
分子の並び方や周囲との関係を数値として表したもの。例えば、水分子の周囲にある他の分子との距離や角度などを用いて、局所的な構造の特徴(秩序や乱れ)を定量的に評価するために使われる。
- ニューラルネットワーク
人間の脳の神経回路を模した人工知能の計算モデル。ニューロンの働きを模擬した「パーセプトロン」と呼ばれる単純な計算素子を多数組み合わせることで、複雑な特徴や規則性を学習できる。本研究では、水分子ごとの構造指標と温度との関係を学習するために用いた。
- 分子動力学シミュレーション
ニュートンの運動方程式を数値的に解くことによって、原子および分子が多数集合した系の構造・運動や物性を解析するコンピュータ・シミュレーションのことをいう。多くの物質・材料科学、生体科学の理論解析に用いられている。


