
光の“力”でタンパク質を積み上げる
秩序的に動くタンパク質ネットワークを作製するための新技術
研究成果のポイント
- レーザーの力学的作用によりタンパク質を集合・配列させることで、秩序的に動くタンパク質の繊維状ネットワーク(細胞骨格の生体外モデル)を作製することに成功。
- これまではタンパク質分子任せの作製手法が主流であり、繊維状ネットワークが形成する場所や時間、またネットワークの構造を制御することが困難であった。
- 本技術を用いることで、細胞の運動や増殖など、細胞骨格が関わる様々な生命現象のメカニズム解明や、タンパク質を用いたナノロボット等の作製に期待。
概要
大阪大学大学院工学研究科の吉川洋史教授、埼玉大学大学院理工学研究科の川村隆三准教授らの研究グループは、レーザーの力学的作用により、狙った場所・時間にタンパク質を集合・配列させ、細胞内に存在するようなタンパク質の動的な繊維状ネットワークを人為的に作製することに成功しました。
細胞内ではタンパク質が繊維状ネットワーク(細胞骨格)を形成し、それが集団的に動くことで、細胞の運動や増殖などに重要な役割を果たしています。これまでも、生体外でタンパク質の繊維状ネットワークを作製し、その構造と機能との相関を詳細に調べる研究が盛んに行われてきました。しかし従来の方法は、タンパク質分子任せで繊維状ネットワークを形成させることが主流であり、ネットワーク形成の時間や場所、またネットワークの構造を厳密に制御することが困難でした。
今回、研究グループは、集光レーザービームの力や熱の作用を活用し、狙った場所・時間にタンパク質を集合・配列させることで、タンパク質の繊維状ネットワークを人為的に作製できることを明らかにしました。また本手法により様々な構造のネットワークを作製することに成功し、それらが細胞内の繊維状ネットワークが示すような秩序的な運動(並進運動、回転運動など)を示すことも見出しました。これにより細胞骨格の構造と機能の相関を生体外で詳細に調べることが可能になり、細胞の運動や増殖など、細胞骨格が関わる様々な生命現象のメカニズム解明や制御が期待されます。
本研究成果は、科学誌「Advanced Science」に、5月18日(月)14時(日本時間)に公開されました。また同誌のInside Back Coverに選出されることが決定しました。
図1. レーザーの力学的作用による動的なタンパク質ネットワークの作製
研究の背景
細胞内には、タンパク質で構成される動的な繊維状ネットワーク(細胞骨格)が存在し、必要に応じて適切にネットワーク構造を組み替えつつ、細胞内外に力を伝達する役割を果たしています。例えば、細胞骨格の一つである微小管は、細胞分裂の際に紡錘状のネットワークを形成し、それが染色体を引っ張ることで、遺伝子を2つの細胞に分割しています。また、精子の尾には微小管の束が存在し、それが規則的に運動することで、精子が泳ぐための推進力を生みだしています。
これまで、このようなタンパク質の繊維状ネットワークの構造と機能との相関を詳細に調べるために、細胞から抽出したタンパク質を用いて、動的な繊維状ネットワークを生体外で作製する技術が提案されてきました。しかし従来の方法では、濃度や温度などの調節により、タンパク質分子に自発的に繊維状ネットワークを形成させることが主流であり、ネットワークが形成する時間や場所、またその構造を制御することが困難でした。また、これまでに考案されてきた繊維状ネットワーク形成の時空間制御に関する技術は、特殊な光化学反応や表面処理した基板などを別途用いる必要がありました。
研究の内容
研究グループでは、細胞から抽出したタンパク質(チューブリン)を含む溶液に、近赤外波長(1064 nm)の連続発振レーザーを集光照射することで、集光領域にタンパク質を集合・配列させ、様々な構造の微小管ネットワークを人為的に作製できることを見出しました(図1)。さらにこの微小管ネットワークに、モータータンパク質(キネシン)と化学エネルギー(アデノシン三リン酸)を加えると、並進や回転など、細胞内で見られるような秩序的な集団運動を示すことも発見しました。
本手法の原理は、集光レーザービームの圧力(光ピンセットの起源)や熱などにより、タンパク質を直接的に集合・配列させることに基づいています。これにより、光化学反応や基板などを用いることなく、細胞から抽出した液体中のタンパク質をそのまま非接触に集合・配列させて繊維状ネットワークを作製することが可能です。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、狙った場所・時間に、様々な構造を有するタンパク質の繊維状ネットワークを作製することが可能になり、細胞骨格がどのように細胞の分裂や運動や引き起こすのか、その詳細なメカニズム解明が期待されます。さらに本手法を用いて、様々な運動性を示すタンパク質の繊維状ネットワークを人為的に作製することで、タンパク質を用いたナノロボットや人工細胞の作製も期待できます。
また細胞内には、細胞骨格以外にも、タンパク質が規則的に集合・配列した様々な構造が存在し、生命誕生や病気などに大きな影響を与えています。今後本研究で開発した、レーザーの力学的作用によりタンパク質を積み上げる技術を駆使することで、タンパク質が関連する様々な生命機能の解明や、その人為的制御による新しい医療技術の開発などが期待できます。
特記事項
本研究成果は、2026年5月18日(月)14時(日本時間)に科学誌「Advanced Science」(オンライン)に掲載されました。また同誌のInside Back Coverに選出されることが決定しました。
タイトル:“Spatiotemporal Control of Formation of Dynamic Protein Fiber Assemblies via Photophysical Effects of a Focused Laser Beam”
著者名:Hiroshi Y. Yoshikawa*, Ren Shirata, Takuya Takeshige, Riki Yoshida, Fumika Kiryu, Kei Takano, Shuma Matsumoto, Reiji Kawanami, Natsumi Sawada, Chi-Shiun Wu, Yang-Hsin Shih, Hiromasa Niinomi, Takahisa Matsuzaki, Seiichiro Nakabayashi, Tomoaki Matsuura, Teruki Sugiyama, Ryuzo Kawamura*
DOI:https://doi.org/10.1002/advs.75531
なお、本研究は、JSPS科研費研究(Nos. 24KK0106, 22H00302, 20K21117, 19H02613, 23K18576, 21H05228, 22H05423, 24H01138, 22H05138, 23K04556), JST創発的研究支援事業 (JPMJFR205N), the National Science and Technology Council (NSTC) of Taiwan (MOST 114-2113-M-A49-006), the Center for Emergent Functional Matter Science of National Yang Ming Chiao Tung University under the MOE Higher Education Sprout Project (NSTC 111-2634-F-A49-007), 旭硝子財団, 中谷財団, 村田学術振興・教育財団, 天田財団, 武田科学振興財団, 日台交流協会, 内藤記念科学振興財団, JKA(競輪の補助事業)等の支援の下で実施されました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 細胞骨格
細胞内に張り巡らされたタンパク質の繊維状ネットワークのこと。細胞の形を保ち、内部構造を支える役割を有するともに、動的にネットワークが組み変わることで、細胞運動や物質輸送、細胞分裂などにも関与する。本研究では細胞骨格の一つとして、チューブリンとよばれるタンパク質が形成する微小管(中空の管状構造を有する)を対象としている。
- 光化学反応
物質が光を吸収することで起こる化学反応のこと。これまでに光照射により分子が結合・解離する添加物などを用いることで、微小管の形成を時空間制御するアプローチが提唱されている。
- 集光レーザービームの圧力
レーザーを対物レンズなどで強く集光すると、集光領域に向かう光の圧力(光圧)が生じる。光圧は光の電場・磁場を起源とするものであり、物質による光の吸収や光化学反応を必要としない。光圧を用いることで、マイクロ・ナノメートルサイズの微粒子を非接触に集光領域で捕捉することが可能であり、光ピンセット技術として広く用いられている。また近年、光圧を用いて液中の分子を濃縮し、結晶化を誘起する手法論が開拓されている。本研究は、このような光圧による結晶化を技術基盤の一つとし、タンパク質の動的な繊維状ネットワークの作製に展開している。


