
濡れた壁に高速でぶつかった粒子は強く跳ね返る
ドーム状液膜がブレーキを無効化
研究成果のポイント
- 固体粒子が濡れた壁面へ高速衝突する際の液膜の振る舞いと、それが反発係数に及ぼす影響を、実験と数値シミュレーションにより解明
- 衝突速度の増加に伴い、液膜形状が「ブリッジ状」から「ドーム状」へと遷移し、粒子の跳ね返りが強くなることを発見。この現象が、高速衝突後にキャビテーションが発生し、粒子を引き留める力が弱まることに起因することを特定
- 航空機・自動車用モーターの高速化に対応すべく、機械部品の最適設計への貢献が期待
概要
川崎重工業株式会社 橋本拓典さん(大阪大学大学院基礎工学研究科 博士後期課程)、有澤秀則さん、篠田祐司さん、大阪大学大学院基礎工学研究科 杉山和靖教授の研究グループは、高速粒子衝突における液膜の影響を明らかにしました (図1)。
本研究では、衝突前後の液膜形状の変化と、反発係数 (反発前に対する反発後の粒子スピードの比) を調べました。特に、実験と数値シミュレーションを組み合わせて、気液界面の複雑な挙動と相変化(気化)が及ぼす影響を重点的に分析しました。
その結果、衝突速度の増加に伴い、衝突後の液膜形状が「ブリッジ状」(図2(a))から「ドーム状」(図2(b))へと遷移することを見出しました。そして、このドーム状液膜が、高速衝突後に液体の圧力が局所的に下がることで蒸気泡(キャビティ)が発生するキャビテーションに起因することを突き止めました。さらに、ドーム状液膜の形成に伴い、粒子を壁面側へ引き戻す力が抑制され、粒子の跳ね返りが強くなることを見出しました。
本研究の知見は、従来モデル化が困難であった高速粒子衝突の挙動予測に新たな指針を与え得るもので、複雑な産業機器の性能向上や最適設計への貢献が期待されます。
本研究成果は、混相流れに関する専門学術誌である「International Journal of Multiphase Flow」に、2026年4月18日付で公開されました。
図1. 濡れた壁への粒子衝突と反発係数
研究の背景
「反発係数」は、高校物理の初歩として習います。衝突によって物体の勢いがどれだけ失われるかを表す指標です。壁に衝突した物体のスピードが落ちるのは、運動エネルギーの一部が音・熱・物体変形のエネルギーへと変換されるためです。エネルギー変換に至る複雑なプロセスを反発係数という一つの物差しに集約することで、物理学や工学における衝突現象を容易に捉えることが可能となります。
反発係数に関する知見は、食品や薬品の粒子に膜を塗るコーティング技術や、機械内部で発生するゴミ (デブリ) の挙動予測など、幅広い設計・運用に不可欠です。特に近年、航空機や自動車の電動化により回転装置の高速化が進み、内部を飛び交うデブリによって部品が損傷するリスクが深刻化しています。機械の故障を防ぎ安全性を高めるには、反発係数をいかに制御するかが鍵となります。対策例として、壁面を液膜で覆うことによって衝撃を和らげる工夫が施されています。
従来、濡れた壁への粒子衝突の研究は、主に5m/s未満の比較的低速な条件を対象としていました。近年の産業装置内では、デブリの衝突速度が数十m/sに達することがあります。このような高速条件において液膜がどのような力学的影響を及ぼすのかは、これまで未解明でした。
研究の内容
研究グループは、実験と数値シミュレーションを統合的に活用することにより、濡れた壁に粒子が高速衝突する際の液膜の挙動と、それが反発係数に及ぼす影響を調べ、背景にあるメカニズムを解明しました。
液膜形状の遷移: 衝突速度が増加すると、反発後の粒子に付着する液膜の形態が、糸を引くような「ブリッジ状」 (図2(a)) から粒子と壁面の隙間を包む「ドーム状」 (図2(b)) へと劇的に変化することを発見しました。
反発係数比の増加: 乾いた壁への衝突時と比較した反発係数の割合 (反発係数比) が、ドーム状液膜の形成に伴って増加することを明らかにしました。
キャビテーションによる形状遷移の誘起: ドーム状液膜が形成する高速条件では、キャビテーションが発生することを突き止めました。粒子反発の直後、粒子・壁面間の隙間では液体の圧力が急激に低下し、飽和蒸気圧を下回ると相変化 (気化) が生じます。その結果、ドーム内部を占める蒸気泡 (キャビティ) が形成するのです。また、気化の効果を排除した数値シミュレーションではドーム状液膜が再現されなかったことから、液膜形状の遷移原因がキャビテーションにあることが裏付けられました。
キャビテーションに伴う引力の抑制と反発の促進: ブリッジ状液膜が形成する低速条件では、粒子・壁面間に負圧領域が生じ、粒子には、壁面側へ引き戻す引力 (液架橋力) が作用します。一方、ドーム状液膜が形成する高速条件では、キャビテーションによって液体部分が消失するため、この引力が大幅に抑制されます。その結果、液膜へのエネルギー吸収が少なくなる (粒子の跳ね返りが強くなる) ことにより、反発係数比が増加するのです。
図2. 粒子衝突後の液膜形状
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究で得られた知見は、以下のとおり、産業界の技術革新や数値予測の高度化に資する価値を生み出すことが期待されます。
産業装置の高性能化・長寿命化:航空機や自動車のカーボンニュートラル実現に向け、高速モーターを用いた電動化への取り組みが進められています。これらの回転駆動システムでは、デブリの衝突に伴う摩耗や付着が、性能劣化や機械的故障を招きます。システムの高速化に伴い、その問題は一層深刻化しています。本研究により明らかになったキャビテーションによる引力抑制効果を設計に組み込むことで、機械部品の摩擦損失低減、耐久性の向上、省エネルギー化を実現する次世代の設計・開発が可能になります。
実用シミュレーションの予測精度向上: 粒子運動解析に、本知見に基づく新たな物理モデルを導入することで、数値予測法の高度化に貢献します。
新たな研究開発への波及: キャビテーションが衝突力学に及ぼす影響の解明は、微細加工技術や、医療分野における薬物送達など、高速な粒子・液膜・壁面の相互作用が介在する広範な技術開発の基礎理論となり得ます。
本成果を基軸とした研究開発を進め、産業機器のさらなる性能・安全性の向上に寄与できるよう取り組んでいきます。
特記事項
本研究成果は、2026年4月18日、混相流れに関する専門学術誌である「International Journal of Multiphase Flow」 (オンライン) に掲載されました。
タイトル:“Experimental and numerical investigation of high-speed particle collisions on wet surfaces”
著者名:Hironori Hashimoto, Hidenori Arisawa, Yuji Shinoda, Kazuyasu Sugiyama
DOI: https://doi.org/10.1016/j.ijmultiphaseflow.2026.105741
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 反発係数
物体が壁に衝突するとスピードが遅くなります。反発係数は(衝突後の壁から遠ざかる速さ) / (衝突前の壁に向かう速さ)と定義され、0から1の範囲の値をとります。
- 数値シミュレーション
現象の法則を表す数式をコンピュータで計算し、その現象をコンピュータ上で再現することです。
- キャビテーション
液体は,温度が沸点を超えると気化します。これは沸騰として広く知られていますが、圧力が飽和蒸気圧を下回る場合にも気化が生じます。液体の流れが速く、圧力が局所的に飽和蒸気圧以下となることで蒸気泡 (キャビティ) が発生する現象を「キャビテーション」と呼びます。




