
幹細胞の「暴走」を防ぐ制御機構を解明
遺伝子の働きすぎを防ぎ、ES細胞の状態を安定させる新因子 RLF/ZFP292の発見
研究成果のポイント
- 幹細胞が分化へ傾くのを抑える新たな制御因子(RLFとZFP292)を発見し、これらが遺伝子発現を抑制するCoREST複合体の機能を支える役割を担うことを明らかにした
- 幹細胞における分化関連遺伝子の発現抑制機構の存在は知られていたが、その機能を幹細胞内で安定に維持する仕組みや関与する因子は十分に明らかになっていなかった
- 本成果により、幹細胞の品質を安定に保つ技術の向上や、遺伝子制御異常に起因する疾患の理解・治療法開発への応用が期待される
概要
大阪大学大学院理学研究科の伊藤仁将助教と小布施力史教授らの研究グループは、マウスES細胞において、幹細胞が未分化状態を保つための新たな遺伝子制御の仕組みを明らかにしました。
幹細胞は、将来さまざまな細胞に変わる能力(多能性)を持つ一方で、適切なタイミングが来るまではその状態を維持しなければなりません。本研究では、RLFおよびZFP292という2つのタンパク質が、遺伝子の働きを抑える装置であるCoREST複合体の機能を支えることで、将来の分化に不可欠な重要な遺伝子群の不適切な活性化を抑えることを見いだしました。
RLF/ZFP292が欠損すると、CoREST複合体の働きが弱まり、本来は抑えられているはずの分化に不可欠な遺伝子群が過剰に活性化してしまいます。その結果、幹細胞がその性質を保てなくなり、一部の細胞が不適切に分化を始めることが確認されました。
本研究は、幹細胞が分化を抑制するための安全装置の分子基盤を明らかにしたものであり、将来的に高品質な細胞を用いた再生医療や、遺伝子制御の破綻が原因となる疾患の解明につながることが期待されます。本研究成果は、国際科学誌「Cell Reports」に、2026年4月16日に公開されました。
図. 研究の概要
左: 野生型では、RLF/ZFP292によりCoREST複合体が適度に働き、活性型ヒストン修飾が除去されることで分化に不可欠な遺伝子の過剰な発現が抑えられる。右: RLF/ZFP292欠損では、CoREST複合体の機能が低下し、活性型ヒストン修飾が増加して分化に関わる遺伝子の発現が上昇する。その結果、細胞の未分化性が維持できず、分化が進む。
研究の背景
私たちの体を構成する細胞は、どの遺伝子がどの程度働くかによってその性質が決まります。特に、あらゆる細胞の元となる「幹細胞」では、特定の細胞へと変化を促す遺伝子のスイッチが不用意に入らないよう、厳密に制御されています。
しかしながら、これらのスイッチが不用意に入らないように働きかける装置や、この装置がどのように機能をしているのか、その詳細なしくみについては分かっていませんでした。
研究の内容
本研究では、マウスES細胞を用いてRLFおよびZFP292という2つのタンパク質の機能を解析しました。その結果、この2つのタンパク質はCoREST複合体とともに、多くの発現している遺伝子のスイッチ領域(プロモーター)に集積し、遺伝子発現に対して抑制的に働くことが明らかになりました。
RLF/ZFP292を失った細胞では、CoREST複合体を構成する因子(LSD1やZMYM3など)のスイッチ領域への集積が弱まり、将来の分化に不可欠な重要な遺伝子群の過剰な発現が見られ、細胞の不適切な分化がみられました。
これは、RLF/ZFP292がCoREST複合体の一部として働き、将来の分化に不可欠な重要な遺伝子群の発現を抑制することで、細胞の不適切な分化(暴走)を防止することを示しています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、幹細胞がその能力を維持するためには、将来の分化に重要な遺伝子群の「不適切な活性化を抑え込む」という維持機構が極めて重要であり、そのしくみが示されました。
CoREST複合体の異常は、がんや神経変性疾患など多くの疾患に関与していることが知られており、現在この複合体を標的とした創薬研究も進められています。本研究で得られた知見は、これらの病態解明や、より安全で高品質な再生医療用細胞の作製技術への応用が期待されます。
特記事項
本研究成果は2026年4月16日 に国際科学誌「Cell Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“RLF/ZFP292 stabilize CoREST-linked LSD1 engagement at bivalent promoters to safeguard pluripotency”
著者名:Takamasa Ito, Masahito Yoshino, Shin-Ya Isobe, and Chikashi Obuse
DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2026.117293
なお、本研究は、JSPS科研費 (課題番号: 25K02206、24H01369、23K23810、18H05532、23K14124、22K20631) および日本学術振興会特別研究員奨励費 (課題番号: 23KJ1457) の支援により実施されました。
参考URL
小布施力史 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/04844f336371808f.html
染色体構造機能学研究室 (小布施研究室)
https://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/bio_web/lab_page/obuse/
伊藤仁将 助教 researchmap
https://researchmap.jp/takamasa_ito
SDGsの目標
用語説明
- マウスES細胞
あらゆる組織の細胞に変化できる「多能性」を持ち、自己複製も可能な細胞。
- CoREST複合体
ヒストン修飾を調整することで、遺伝子の働きを抑制的に制御するタンパク質複合体。
- プロモーター
遺伝子の読み取りを開始するための「スイッチ」にあたるDNA領域。

