
分子の折りたたみが導く多様なメゾスコピック有機素材
立体的に複雑な分子の自己組織化によるチューブ構造構築を実現
研究成果のポイント
1. π電子系部位の大きさに依存した自己組織化構造の変化を発見
ベンゼン、ナフタレン、アントラセンの3種類のπ電子系部位を持つ折りたたみ可能な複数の分子を合成したところ、それぞれの折りたたみ方はπ電子系部位の拡張に伴って変化し、それに対応して自己組織化構造も大きく変化しました(図2)。
2. 折りたたまれた分子の集合様式とナノチューブ内部構造を解明
アントラセン分子からなるチューブの内部構造を詳しく解析しました。その結果、分子が折りたたまれた構造を保ったまま積み重なることで中が空洞のチューブ構造が形成されていることが分かりました。また、この集合様式についてはシミュレーションの結果、分子がレンガのように精緻に組み立てられた状態にあることが示唆されました。さらにナノチューブの濃厚溶液では、チューブが配列して数センチメートルに達する発光性繊維へと紡糸できることも確認されました。
3. 励起エネルギーのπ電子系分子間における移動の方向性を実証
向きをそろえた光をチューブ構造に照射した際に、その向きがどのように変化していくかを時空間的に精密に測定することで、励起エネルギー移動がチューブの長さ方向だけでなく、チューブの円周方向にも広がって移動することを実験的に明らかにしました。
概要
千葉大学国際高等研究基幹の矢貝史樹 教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の五月女光 助教、東京科学大学物質理工学院のMartin Vacha 教授、北里大学の渡辺豪 教授、Keele大学のMartin J. Hollamby 講師を中心とする青山学院大学、物質・材料研究機構(NIMS)の研究チームは、タンパク質が生体内で行っている「折りたたみ」を介した自己集合過程をヒントに、有機分子を使って「折りたたみ」を介した自己集合を起こす仕組みを調査しました。その結果、立体的に複雑な構造を持つ発光性分子が、自発的な折りたたみによって適切なメゾスコピック形態へと変化し、最終的には中が空洞のチューブ構造へと組織化することを発見しました。さらにその詳細な構造や機能を探索したところ、このチューブでは励起エネルギーが軸方向だけでなく周囲方向にも高速で移動することが確認され、励起エネルギーを効率よく運ぶ新しい材料設計指針が示されました。
本研究成果は、米国化学会が発行するJournal of the American Chemical Societyに2026年4月2日(日本時間)に掲載されました。
(論文はこちら:10.1021/jacs.6c00854)
図1. 折りたたみ可能な分子設計と自己集合メカニズム
図2. 本研究で調査された分子構造と、それぞれの集合構造
研究の背景
私たちの体の中で働くタンパク質などの生体分子は、紐状の高分子が折りたたまれて特定の形をとることで、さらに大きな構造へと集合することができます。このような階層的な自己組織化プロセスが、生命機能の根幹となっています。タンパク質のような「折りたたみ構造」がその後の分子の集合を決めるという考え方は、人工分子を用いた新しい自己組織化材料設計に向けたヒントになるはずです。一方で、小さな有機分子を用いて、このような折りたたみを利用した複雑な構造体を作る研究はほとんど知られていません。本研究では、「折りたたみ構造」をとりうる複数の人工分子を合成し、分子の構造に依存した折りたたみ配座の変化とその集合体の構造および性質について調査しました。
研究の内容
研究チームは、3種類の折りたたみ可能な複数のπ電子系部位分子を合成しました。これらの分子は、発光やエネルギー輸送に関わるπ電子系部位の大きさが、ベンゼン、ナフタレン、アントラセンと段階的に大きくなるように設計されています。その結果、π電子系部位がより大きくなるにつれて、分子の折りたたみ方が変化し、それに伴って自己組織化構造が大きく変化することが明らかになりました。具体的には、ベンゼンではねじれたリボン状の紐(ポリマー)、ナフタレンではリング状とらせん状のポリマー、そしてアントラセンは中が空洞のチューブ構造が形成されることが、原子間力顕微鏡および透過型電子顕微鏡観察により明らかにされました。これらの構造は、ポリマーを曲げると輪やらせん、円筒になるように、分子が連結して形成されるポリマーが、分子の折りたたみ構造に応じて曲がり、その曲がり方の違いが集合体の形として現れたものです。
折りたたまれた分子がどのような様式でナノチューブのような複雑な構造へと集合しているのか詳しく調べるために、X線・中性子線散乱、偏光紫外可視・IRスペクトル測定を駆使してアントラセン分子からなるナノチューブの内部構造を詳しく解析しました。その結果、分子が折りたたまれた構造を保ったまま積み重なることで中が空洞のチューブ構造が形成されていることが分かりました。また、推定された集合様式は、スーパーコンピュータを用いた分子動力学(MD)シミュレーションによって詳細に検証され、分子がレンガのように精緻に組み立てられた状態にあることが示唆されました。さらにナノチューブの濃厚溶液では、チューブが配列して数センチメートルに達する発光性繊維へと紡糸できることも確認されました。
密に並んだπ電子系分子は、その間を励起エネルギーが移動しやすいことが知られています。そこで研究チームはこの自発的に組み上がった精緻なチューブ構造のなかをどのように励起エネルギーが移動するか調査しました。従来、このようなチューブ状構造ではエネルギーがチューブの長さ方向に沿って伝わることは知られていましたが、円周方向への移動はあまり評価されてきませんでした。本研究では、向きをそろえた光をナノチューブに照射した際に、その向きがどのように変化していくかを時空間的に精密に測定することで、励起エネルギー移動がチューブの長さ方向だけでなく、チューブの円周方向にも広がって移動することを実験的に明らかにしました。
今後の展望
本研究は、分子が集まる時の相互作用する場所や向きを、分子の折りたたみによって制御することで、従来では構築が困難とされてきたメゾスコピックスケールでの湾曲した自己集合構造を設計する基本原理を明らかにすることができました。また今回得られたナノチューブは、内部でエネルギーが三次元的に移動する性質を示しました。このようなエネルギー輸送機能を持つ分子集合体は、人工光合成や高効率発光材料など、光エネルギーを利用した有機材料への応用が期待されます。
特記事項
【論文情報】
タイトル:Folding-mediated self-assembly of sterically demanding π-luminophore dyads into nanotubes exhibiting multidirectional exciton transport
著者:相澤匠, 有馬大就, 三原聡太, 上野貴大, 4071;井 翔太郎, 齋藤卓穂, 板橋裕毅, Sougata Datta, 花山博紀, 坂本章, 島田林太郎, Sarah E. Rogers, Martin J. Hollamby, 梶谷孝, 石井良樹, 渡辺豪, 原野幸治, 松本巧真, Nithin Pathoor, Martin Vacha, 五月女光, 矢貝史樹
掲載誌: Journal of the American Chemical Society (American Chemical Society)
DOI:10.1021/jacs.6c00854
本研究は、以下の支援によって行われました。
JSPS科研費(JP22H00331、JP23H04873、JP23H04875、JP23H04877、JP24H01727)、JST ACT-X (JPMJAX23D3)、JST CREST(JPMJCR24S1、JPMJCR23O1)、分子科学研究所 計算科学研究センター スーパーコンピュータ (24-IMS-C038、25-IMS-C039)
本研究の計算の一部は、HPCI システム利用研究課題(課題番号:hp240115, hp250108)を通じて、北海道大学が提供するスーパーコンピュータGrand Chariotの計算資源の提供を受け、実施しました。
用語説明
- メゾスコピック形態
ナノスケールとマクロスケールの中間領域(約10~1000 nm)において現れる構造形態であり、分子の自己集合によって創発される階層構造を指す。このスケールでは、構造の組織化を通じて新たな機能が発現する。
- 励起エネルギー
原子、分子、または原子核が基底状態からより高いエネルギー状態に移行するために必要なエネルギー。このエネルギーは、光、熱、電場、磁場などの外部要因によって供給される。
- π電子
原子間の二重結合や共役系において、側方に重なり合う軌道に分布する電子を指す。これらの電子は分子内で非局在化し、有機材料の電子的・光学的特性の発現に重要な役割を果たす。
- 原子間力顕微鏡
試料表面を非常に細い探針でなぞり、探針と試料の間に働く原子レベルの力を測定することで、ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの表面形状を観察する顕微鏡。分子集合体やナノ構造の形状・高さ分布を調べることができる。
- 透過型電子顕微鏡
電子線を試料に透過させ、その散乱や透過の様子を観察することで内部構造を高い分解能で可視化する顕微鏡。数ナノメートル以下の微細構造を観察でき、ナノチューブなど中が空洞になっている物質の構造の確認に用いられる。
- X線・中性子線散乱
X線や中性子線を試料に照射し、その散乱パターンを解析することで、溶液中の分子集合体の大きさや形状、内部構造を調べる手法。特に小角散乱(SAXS、SANS)はナノメートルスケールの構造解析に広く用いられる。
- 偏光紫外可視・IRスペクトル
特定の方向に振動する光(偏光)を用いて吸収スペクトルを測定する分光法。分子の電子遷移(紫外可視)や振動遷移(赤外)の吸収の向き依存性を調べることで、分子が集合体中でどの方向に配向しているかを解析することができる。
- 分子動力学シミュレーション
分子や原子に働く力を計算し、それらの運動を時間に対する変化として追跡することで、分子集合体の構造や動きをコンピュータ上で再現する計算手法。
