
\心理療法の学びをもっと深めたい!/ 自分自身に認知行動療法を使って学ぶ トレーニングプログラムの開発
認知行動療法の質保証に資する教育モデルの可能性
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院人間科学研究科の佐々木淳教授らの研究グループは、認知行動療法の専門家向けトレーニングプログラム「フォーミュレーション焦点化版SP/SR」を発表しました。
SP/SRとは国際的に展開されている心理療法のトレーニング戦略で、専門家自身が自分の困りごとに認知行動療法の技法を用いる体験を持ち、それを振り返ることを指します。
このSP/SRには参加者の技術が洗練され、かつ自己理解が深まるというメリットがある一方で、時間的制約や感情的な負担感が伴うことが課題とされてきました。
今回、研究グループは、認知行動療法の「フォーミュレーション」技法を中心とした、8週間で完了できるSP/SRプログラムを開発しました。このプログラムは、ワークブックの指定モジュールに取り組んだ後、内省を共有するミーティングに参加し、学びを深めるサイクルを繰り返します。自身の強みをフォーミュレーションに組み込み、臨床家としての「新しいあり方」を構築し、イメージ技法で新しいあり方を強め、行動実験でそれを定着させる4つのモジュールから構成されます。心理職養成課程の修士課程大学院生(3グループ、計29名)を対象に実施した結果、満足度93.10%、内省が深まった82.76%、認知行動療法の技法理解が深まった82.76%、ウェルビーイングへの良い影響を実感した75.86%が報告され、有害事象・ドロップアウトは3.3%にとどまり、心理的安全性の高いプログラムであることが示されました。
2026年6月から公認心理師による認知行動療法の考えに基づく心理支援が保険適用される見込みですが、本研究成果は、公認心理師やそれを目指す方が認知行動療法を学び始め、また深めてゆくための学習パラダイムとして大いに貢献することが予想されます。さらにこのプログラムは認知行動療法の専門家の学習に役立つだけでなく、心理支援の専門家の重要な資質である反省的実践やセルフケアの向上にも広く貢献することが期待されます。
本研究成果は、学術誌「認知療法研究」に、2月28日(土)に公開されました。
図. 認知行動療法の学習モデル
研究の背景
認知行動療法のトレーニングにおいて、知識や技法の習得だけでなく、自身の実践を振り返り自己理解を深める「反省的実践」が重要であることは以前から指摘されていました。しかし、個人の内面を扱うことは心理的負担につながりやすく、また実習や課題が多い心理職養成課程では時間的制約によって標準化された教育プログラムとして実装することは困難でした。その結果、反省的実践の導入は指導者の経験や個人の努力に委ねられることが多く、養成課程全体で取り組める学習方法として十分に確立されてきませんでした。
研究の内容
研究グループは、認知行動療法の重要技法であるフォーミュレーション技法を中心に構成された、4つのモジュールからなる新しい体験的プログラム「フォーミュレーション焦点化版SP/SR」を開発しました。
これは、参加者がワークブック「体験的CBT:実践から内省への自己プログラム」(岩崎学術出版社)の指定モジュールに取り組んだ後、内省を共有するミーティングに参加し、学びを深めるサイクルを繰り返す構造です。
このプログラムを実施した心理職養成課程の修士課程の大学院生3グループ29名の回答では、93.10%がこのプログラムに満足し、82.76%が内省の深まる機会だったと評価しました。さらに、82.76%が認知行動療法の技法の理解の深化を報告し、75.86%が自身のウェルビーイングへの良い影響を実感していました。一方、有害事象やドロップアウトは3.3%と極めて少なく、安全性の高いプログラムであることが確認されました。以上の結果から、心理的安全性が確保された有益なプログラムが実現したと言えます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果によって、認知行動療法の技法スキル・反省的実践・自己理解を包括的に育成できる枠組みとして、今後の教育・臨床現場での実装と普及が期待されます。特に公認心理師養成課程では、本プログラム参加時間の30時間程度までを実習時間に算入できるため、実習での貴重な経験をじっくり咀嚼する時間を提供できるだけでなく、公認心理師による認知行動療法の考えに基づく心理支援の質を担保するための重要な教育実装になりえます。
本プログラムは認知行動療法の学習者に限らず、心理支援を担う様々な専門家の反省的実践と自己理解を深めると同時にセルフケアを体系的に育成することにも資すると考えられます。心理支援に関する学協会などの公的機関において本プログラムが定期的に実施され、広く普及することになれば、日本における心理支援の質の向上が期待できます。
特記事項
本研究成果は、2026年2月28日(土)に学術誌「認知療法研究」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“フォーミュレーション焦点化版self-practice/self-reflection(SP/SR)プログラムの開発と実施可能性・受容性の予備的検討”
著者名:佐々木淳・石垣琢麿・伊藤絵美・丹野義彦・James Bennett-Levy
DOI:https://doi.org/10.82634/jcogther.19.1_59
なお、本研究は、科学研究費補助金基盤研究Cの一環として行われ、東京大学大学院総合文化研究科石垣琢麿教授・丹野義彦教授、洗足ストレスコーピング・サポートオフィス伊藤絵美所長、シドニー大学James Bennett-Levy教授の協力を得て行われました。
参考URL
佐々木淳教授 研究者総覧 https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/c7e1c0b57e19a93f.html
Researchmap https://researchmap.jp/jun_sasaki
X @spsr_japan
用語説明
- 認知行動療法
日本において保険適用がなされている心理療法の一種。日本ではうつ病や不安症(社交不安症、パニック症など)、強迫症、PTSD、摂食症などに効果が実証されている。
- フォーミュレーション
問題の維持要因や背景を仮説として整理し、介入方針につなげる認知行動療法の中核的技法。
- SP/SR
Self-Practice(自己実践) / Self-Reflection(自己内省)の略。
- 反省的実践
経験を振り返り、意味づけし、次の行動・技能改善に結びつける専門職の学習様式。内省とも呼ばれる。Reflective practiceの訳。
