
“カゴ型構造”の新試薬で 分子の空間配置を制御することに成功
カルボニル付加の未踏課題を突破し、医薬品等の新たな合成戦略への活用に期待
研究成果のポイント
- カゴ型構造の分子を新しい試薬として用い、化学結合の「空間配置」を制御する新技術を開発
- これまで少量しか得られなかった分子を、主生成物として選択的に合成することに成功
- 医薬品や生理活性物質の合成において、分子構造の作り分けを可能にする基盤技術として期待
概要
大阪大学大学院工学研究科博士後期課程の筒井裕哉さん(研究当時)、工学部応用自然科学科4年生の志賀心さん、同研究科の小西彬仁助教、安田誠教授らの研究グループは、14族元素を中心に持つ特殊なカゴ構造のアリル化試薬(アリルアトラン)を新たに開発・合成し、従来とは異なる経路での反応制御が可能であることを世界で初めて明らかにしました(図1)。
これまで、α-オキシケトンと呼ばれる化合物のアリル化反応では、酸素原子と金属を挟み込む(キレーション)ことにより反応の向きが制御され、特定の空間配置(syn体)の生成が常に主として得られてきました。そのため、逆の空間配置(anti体)を選択的に得ることは極めて困難であり、長年の未解決課題となっていました。
今回、研究グループは、高い反応性を持ちながら、分子をカゴ型にすることで酸素原子との作用を弱めたアリルアトランを設計・開発し、金属配位に依存しない新しい反応制御(非キレーション制御)を実現しました。
本研究成果は、実験と理論計算の両面から解析を行い、分子の立体構造を精密に作り分ける新しい有機合成の基盤技術として、医薬品や生理活性物質の合成への応用が期待されます。
本研究成果は、国際科学誌 「Nature Communications」 に、3月3日(火)午後7時(日本時間)に公開されました。
図1. カゴ構造のアリル化試薬を用いた従来にない空間配置をもつアリル化の実現
研究の背景
有機合成化学において、カルボニル化合物への求核付加反応における立体選択性の制御は、分子の機能を左右する重要な課題です。特に、α位に酸素原子を有するα-オキシカルボニル化合物は、天然物合成や医薬品合成における重要な構成要素として広く利用されています。
これまで、α-オキシカルボニル化合物のアリル化反応では、酸素原子が金属を強く挟み配位する「キレーション制御」が支配的であり、反応は一方向の空間配置(syn体)を与えると考えられてきました(図2a)。そのため、金属配位に依存しない経路(非キレーション経路)を経て、逆の空間配置(anti体)を選択的に得ることは極めて困難であり、長年未解決の課題として残されていました。
図2. (a) 従来の一般的なアリル化反応、キレーション経路で進行しsyn体が主生成物。(b) 今回のカゴ構造のアリル化試薬を用いたアリル化。非キレーション経路で進行しanti体が主生成物。(c) カゴ構造のアリル化試薬であるアリルアトランの特徴
研究の内容
研究グループは、14族元素(ケイ素、ゲルマニウム、スズ)を中心に持つアリルアトランを新たに開発・合成し、これを用いることで、金属配位に依存しない非キレーション型の反応制御が可能であることを明らかにしました(図2b)。
これらのアリルアトランは、分子内に形成された特殊なカゴ型構造により、高い求核性を持ちながら金属としてのルイス酸性が抑制されているという特徴を有しています(図2c)。
さらに、実験および理論計算を組み合わせた解析により、従来のキレーション制御とは異なる反応経路を経て、α-オキシケトンのアリル化反応が高いanti選択性で進行することを解明しました。本手法は幅広い基質に適用可能であり、従来法では困難であった空間配置を高収率かつ高選択的に作り分けることに成功しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、これまで不可能と考えられてきたα-オキシカルボニル化合物の非キレーション型立体制御が実現しました。これは、有機合成における立体選択性制御の基本概念を拡張する重要な成果です。
特に、立体構造が生理活性に直結する医薬品や生理活性物質の合成において、従来とは異なる立体異性体を精密に作り分ける新たな合成戦略としての活用が期待されます。本研究は、創薬研究や高機能分子設計における基盤技術として、将来的な幅広い応用が見込まれます。
特記事項
本研究成果は、2026年3月3日(火)午後7時(日本時間)に国際科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Non-Chelation Control in Allylations of α-Oxy Ketones Using Group-14 Allylatranes”
著者名:Yuya Tsutsui, Kokoro Shiga, Akihito Konishi, and Makoto Yasuda
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-026-69732-2
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「「ルイス酸ー外部刺激」系によるイオン性中間体の活性化」(JPMJCR20R3)、創発的研究支援事業「非ベンゼンπ電子系に宿る双安定な電子状態に基づく機能創発」(JPMJFR2426)、文部科学省 科学研究費助成事業の一環として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- カルボニル化合物
炭素–酸素二重結合(C=O結合)を持つ化合物の総称で、 アルデヒドやケトンなどの有機化合物が該当する。このC=O結合をもつ炭素原子の隣にある炭素原子の位置をα位と表現する。
- 立体選択性
分子同士が結合する際に、分子の向きや配置に複数の組み合わせが考えられる。その中で、特定のものを優先的に生成させる性質のこと。同じ分子の組み合わせでも、結合の向きが異なると性質が異なるため、医薬品などの合成では特に重要な概念である。
- アリル化反応
有機化合物において、CH₂=CH–CH₂– のまとまりをアリル基とよぶ。アリル基は医薬品や生理活性物質、農薬など、さまざまな分子の中に含まれており、分子の性質や反応のしかたに影響を与える。身近な例では、にんにくの香り成分として知られるアリシンにもアリル基が含まれている。このアリル基を新しく分子に取り入れる反応をアリル化反応という。アリル化反応は、古くから研究が続けられてきた重要な反応の一つである
- 求核性
分子はプラス性とマイナス性の部位通しでくっつきやすい。求核付加反応は、その代表例で炭素と酸素が二重結合したC=O結合(カルボニル基)をもつ化合物でよく見られる。ここで、ある分子のマイナス性が高いと、他の分子のプラス部分に近づきやすく、結合を形成しようとする反応性が強くなる。求核性はそのマイナス性の指標である。カルボニル基の炭素はプラス性なので、今回の研究では、試薬のマイナス性すなわち求核性の高さが重要になる。
- ルイス酸性
電子対を受け取ろうとする性質のこと。金属原子などはルイス酸性を示し、分子中の酸素原子などと強く結合する場合がある。この性質を活用した反応が多く知られている。本研究では、この効果をいかに避けるかという点が重要であった。
