大規模イオントラップ型量子コンピュータの実現に向けて スケーラブルな光回路を考案

大規模イオントラップ型量子コンピュータの実現に向けて スケーラブルな光回路を考案

レーザー光配送の最適化により、数百量子ビット級の実装を現実に

2026-1-27工学系
量子情報・量子生命研究センター准教授長田 有登

研究成果のポイント

  • イオントラップ量子コンピュータを拡張するために有用な光回路構成を考案
  • これまでイオントラップ量子コンピュータにおけるレーザー光配送のための光回路をスケーラブルに構成する方法は考えられていなかった。本研究ではその現実的な構成方法を初めて考案した。
  • 本手法により、1チップ当たり数百量子ビットを制御できる可能性が示された。これにより、今後、実用的なイオントラップ型の量子コンピュータや、多波長のレーザー光を多数箇所で扱う光技術への応用が期待される。

概要

大阪大学 量子情報・量子生命研究センター(QIQB)の長田有登准教授、宮西孝一郎講師(研究実施当時/現所属 : Qubitcore株式会社)らの研究グループは、イオントラップ量子コンピュータ開発、そして大規模化に向けて重要な役割を果たすと考えられる、光回路によるスケーラブルなレーザー光配送構成を考案しました。

イオントラップ量子コンピュータの開発では、量子状態準備や量子状態測定など、量子ビットの制御に不可欠なレーザー光を自由空間光学系ではなくチップ上の光回路で実装する技術が、イオントラップ量子コンピュータの安定化・小型化を実現する手段として有望視されています。しかし、多波長のレーザー光を多数箇所に効率よく配送するための具体的な光回路の構成方法は未解明であり、大規模化に向けた課題となっていました。

今回、研究グループは、現実的な光回路の構成方法を世界で初めて考案・比較検討し、最適な手法を明らかにしました。本手法によれば、既存のレーザー技術を用いても、1チップ当たり数百量子ビット程度を扱うことができるシステムをレーザー光配送光回路によって実現可能であることが示されました。今後、光回路素子のロス低減やレーザー光源の発展、量子光接続技術により、数千量子ビットを扱う拡張性のあるイオントラップ型量子コンピュータの実現が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「APL Quantum」に、1月2日(金)(現地時間)に公開されました。

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図1. 提案したレーザー光配送光回路チップの構成例

研究の背景

イオントラップ量子技術において、レーザー光の利用はほぼ必須不可欠といえるものです。イオンの捕獲とその運動状態の冷却、量子状態の初期化、量子状態の測定、さらには量子光接続に至るまで、すべての工程においてでレーザー光による精密な操作が要求されます。

イオントラップ量子コンピュータはその操作精度の高さから量子計算のハードウェアとして有望視されています。その制御に不可欠な複数の波長にわたるレーザー光の照射には、従来ミラーやレンズを用いた空間光学系が主流でしたが、一方でよりコンパクトで安定性の高い光回路チップでレーザー照射を行う実証実験が進められてきました。しかしながら、将来的に多数の量子ビットを扱う大規模システムにおいて、光回路をどのように構成すれば効率的かというスケーラビリティに関する議論は十分になされてきませんでした。これは、ひとつのイオントラップ装置に実装可能な量子ビット数の上限を規定し、イオントラップ量子コンピュータ設計の指針を左右する重要な課題です。本研究はこの課題に応え、光回路技術を大規模なイオントラップコンピュータに適用できるか、またその場合どの程度の規模まで拡張可能かを明らかにするものです。

研究の内容

将来のイオントラップ量子コンピュータにおいて有望視されている量子CCDアーキテクチャを前提とした場合、単一チップ上に種々の機能を有する多数のイオン捕獲ゾーンが並んでいる状況が考えられます。このような状況では、複数波長のレーザー光を一つのセットとして、各捕獲ゾーンに配送する必要が生じます。

研究グループでは、上記の機能を実装するために各波長につき一つの光導波路から始め、レーザー光を分配、並び替えしつつ多数の捕獲ゾーンに配送するための効率的な方法を考案しました。具体的には、「初めに分配を行い後で並べ替えを行う手法」と、「分配と並べ替えを交互に行う手法」の二つについて、必要となる素子の数および全光パワーの効率の二つの指標で比較しました。

解析の結果、特に全光パワーの効率を見た時、分配と並べ替えを交互に行う手法の方が、効率が良く、現在市販されているレーザーシステムを利用する場合でも、数百量子ビット級のイオントラップ量子コンピュータシステムに対して十分なパワーのレーザー光を供給できることが判明しました。

扱うことのできる量子ビット数はレーザー光のパワーなどにより制限されており、光回路素子のロス低減、レーザー光源の改良などにより、さらに多くの量子ビットを扱うことが、今回提案する光回路によって可能になります。加えて、量子光接続の技術を用いることで、拡張性のあるイオントラップ型量子コンピュータの開発が進むことが期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、イオントラップ型量子コンピュータの開発加速が期待されます。また、本研究で開拓された新たなタイプの光回路の研究を通じて、光を利用した物質のスクリーニングといった、量子技術の枠を超えた分野への応用可能性も期待できます。

特記事項

本研究成果は、2026年1月2日(金)(現地時間)に米国科学誌「APL Quantum」(オンライン版)に掲載されました。

タイトル:“Integrated multi-wavelength photonic routing architecture for trapped-ion quantum devices”
著者名:Alto Osada and Koichiro Miyanishi
DOI:https://doi.org/10.1063/5.0300216

本研究は、科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業 目標6 グラント番号 JPMJMS2063の支援を受けて実施されました。

参考URL

長田有登准教授 QIQB Webサイト
https://qiqb.osaka-u.ac.jp/members/article/A_Osada

用語説明

イオントラップ量子コンピュータ

真空中に電磁的に浮揚された原子イオンの量子状態を制御し、特定のタスクについて高速化が期待されている量子計算を実行するための装置。

光回路

ナノメートルオーダーの微細な構造により光の導波と配送・変調・出射などを行うもの。通常はシリコンなどの半導体基板の上にガラス薄膜や半導体薄膜が積層されたチップ上に微細加工によって作製する。

量子光接続

光子の量子干渉を利用して遠隔量子もつれ状態を離れた二地点で共有し、それを消費して離れた二地点の遠隔量子操作を行う手法。これにより二つの量子コンピュータを接続し拡張できると期待されている。

量子CCDアーキテクチャ

イオンを捕獲するための電極電圧を変調し、イオンをチップ上で輸送することで量子計算を行うアーキテクチャ。単一のイオントラップ量子コンピュータで扱うことのできる量子ビット数の増加に寄与する。