
細胞分裂を決定づける新規分子機構の発見
染色体の分配に関わる新知見
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院生命機能研究科の堀哲也准教授、深川竜郎教授らの研究グループは、染色体の分配に関わるセントロメア領域の決定因子であるCENP-Aの取り込みに関する新しい分子機構を世界で初めて明らかにしました。
細胞分裂に伴う染色体の分配は、細胞分裂時に染色体を次世代の細胞に正確に引き継ぐために不可欠な仕組みであり、その基盤を担っているのがセントロメアです。染色体上にセントロメアと呼ばれるゲノム領域が規定され、そこに集合したタンパク質複合体 (動原体)と紡錘体微小管が結合することにより染色体が正常に分配されます (図1上)。セントロメア領域はCENP-Aというタンパク質が取り込まれることで規定されますが、CENP-Aが異なる領域に取り込まれると2つのセントロメアができ、染色体の切断が起きてしまいます (図1下)。これは細胞に悪影響を与え、がんをはじめとする多くの疾患の原因となるため、CENP-Aが1箇所に取り込まれる分子機構の解明が重要です。
今回、CENP-Aの補助因子であるHJURPが、既知の複合体Mis18Cとだけでなく、CENP-Cというタンパク質と結合してセントロメア領域に取り込まれる、という2経路が並行して機能する新しい分子機構を明らかにしました。
今回の成果により、セントロメアの位置決定という基本的な分子メカニズムに新しい知見が加わるとともに、染色体分配異常の原因解明につながる重要な成果が得られました。これらは、染色体異常による「がん」などの疾患を防ぐための治療法や薬剤開発に応用が期待されるもので、生命科学および医科学分野への大きな貢献が期待されます。
本研究成果は、2026年1月8日(木)19時(日本時間)に国際科学誌「EMBO Journal」(オンライン)に掲載されました。
図1. 染色体分配とセントロメア
研究の背景
染色体が次世代の細胞に正確に分配されることは、生命の維持にとって極めて重要です。染色体の分配に重要な働きを担う染色体領域がセントロメアです。
正常な細胞ではセントロメア上に集合するタンパク質複合体(動原体)と細胞の両極から伸びた微小管が結合して、染色体の分配がおきます(図1上)。もし、セントロメアが染色体上に2箇所以上できると、微小管が均等に染色体を牽引できず、染色体の切断が起こります (図1下)。
これまでの多くの研究で、セントロメアの位置はDNAの配列で規定されるのではなく、CENP-Aと呼ばれるヒストンの一種が特定の1箇所の染色体領域に取り込まれるというという後天的 (エピジェネティクス)な分子機構で規定されることがわかっています。これは、セントロメア領域が可変であることを意味していますが、予期せぬ場所にセントロメアができると染色体の不安定化がおき、がんをはじめとする多くの疾患の原因になります。
CENP-Aが取り込まれる分子機構を理解することは、細胞分裂時に染色体を正しく分配する仕組みを支える基盤となるだけではなく、医科学的にも極めて重要です。
研究の内容
CENP-Aは染色体に取り込まれる前は、細胞中でヒストンH4と補助因子HJURPと結合していることが知られています。これまで、HJURP-CENP-A-H4の複合体は、すでにセントロメア上に存在しているMis18複合体(図2、Mis18C)を認識してCENP-Aがその場所に取り込まれると考えられていました (図2、Mis18C経路)。
今回、研究グループは、ニワトリの培養細胞を用いた実験で、Mis18C経路を欠損させてもCENP-Aの取り込みが完全に失われないことを見出しました。
さらに、他の経路の探索を試みる解析から、CENP-CがHJURPと結合して、新規CENP-Aの取り込みに関与することを突き止めました(図2、CENP-C経路)。くわえて、CENP-CとHJURPの結合部位に変異を加えた細胞を用いて、CENP-C経路を阻害し、さらにMis18C経路も阻害するとCENP-Aの取り込みが完全に阻害され、細胞は死滅することを見出しました。このことから、新規のCENP-Aの取り込みには、既知のMis18C経路に加えてCENP-C経路が存在し、この2経路が並行に機能していることが判明しました (図2)。
図2. CENP-Aの取り込み経路
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
今回の成果は、セントロメアの位置決定メカニズムという基礎生物学にとって重要な成果です。一方、染色体分配異常による疾患は多く知られており、「がん」はその典型です。「がん」を治すためには、染色体分配の仕組みを理解する必要があり、その点から本研究成果は、がん生物学研究にとっても重要な成果と言えます。染色体分配異常を防ぐ抗がん剤の開発などへの応用も期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年1月8日(木)19時(日本時間)に国際科学誌「EMBO Journal」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Dual pathways via CENP-C and Mis18C recruit HJURP for CENP-A deposition into vertebrate centromeres”
著者名: Tetsuya Hori, Yutaka Mahana, Mariko Ariyoshi, and Tatsuo Fukagawa
DOI:https://doi.org/10.1038/s44318-025-00674-z
なお、本研究は、以下の研究費の支援によって行われました。
・ JST戦略的創造研究推進事業 CREST「動原体超分子複合体の構造ダイナミクス」(研究代表:深川竜郎(大阪大学大学院生命機能研究科教授))
・ 科学研究費補助金 学術変革領域(A)クラスター細胞学「バイオロジカルクラスターを介した機能的動原体の形成機構」 計画研究(研究代表:深川竜郎(大阪大学大学院生命機能研究科教授))
・ 科学研究費補助金 基盤研究(A)「セントロメア多様性の解析を通じたセントロメア形成機構の本質的理解」 (研究代表:深川竜郎(大阪大学大学院生命機能研究科教授))
・ 科学研究費補助金 基盤研究(B)「ゲノム分配を保障するセントロメアの位置の制御ネットワーク」 (研究代表:堀 哲也(大阪大学大学院生命機能研究科准教授))
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- セントロメア
染色体分配に必須な特殊な染色体領域です。具体的には、この領域にタンパク質複合体 (動原体) が集合し、紡錘体微小管と結合することで染色体の分配がおきます。通常、セントロメアは染色体あたり1箇所存在し、その領域には生物種に固有の短いDNA配列が高度に反復した場合が多いです。しかし、そのDNA配列が、セントロメアの領域を決めているのではなく、セントロメアはDNA配列に依存しない後天的(エピジェネティク)な機構で規定されてます。
- CENP-A
ヒストンと呼ばれるDNA結合タンパク質の1種。真核生物では、大部分の染色体上には、H3というヒストンタンパク質を含むヒストン複合体が存在しDNAと強固に結合していますが、セントロメア領域には、H3タンパク質の代わりにCENP-Aを含むヒストン複合体が存在して、セントロメアを規定する目印として働きます。そのため、CENP-Aを取り込む機構は、セントロメアを規定する仕組みを理解する上で重要です。
- 動原体
染色体上のセントロメア領域に形成される巨大なタンパク質複合体。細胞分裂がおこるとき、染色体を引っ張る糸(紡錘体微小管)と結合し、染色体と微小管との結合を仲介することで染色体分配の過程で重要な働きを担います。
- 微小管
真核生物の細胞内に存在する主要な細胞骨格の一つ。チューブリンというタンパク質が繊維状につながった直径約25nmの管状の構造であり、細胞の形態維持や変化、細胞内の物質輸送、細胞分裂など多様な機能に重要な役割を果たしています。染色体分配の際に動原体と結合する微小管は特に紡錘体微小管と呼ばれています。
- HJURP
CENP-Aタンパク質の補助因子。CENP-Aと結合して、染色体のセントロメア領域にCENP-Aを取り込む過程をサポートするタンパク質。
- Mis18C
Mis18複合体。細胞周期のG1期に、セントロメア領域に局在する。HJURPがMis18Cを認識してCENP-Aの取り込みがおこることから、CENP-Aの取り込むに関するライセンス因子と呼ばれています。
- CENP-C
セントロメア領域に集合する動原体を構成するタンパク質の1種。多くの動原体タンパク質と結合して動原体形成のハブとしての働きをもつと言われています。
- 染色体分配
細胞には、遺伝情報を含んだ染色体が複数本存在しています。これら染色体は、細胞が分裂する前に倍加され、細胞分裂にともない次世代の細胞に分配されなければなりません。この倍加した染色体を子孫の細胞へ均等に受け渡すことを染色体分配と呼びます。これは、生命の維持にとって必須のイベントです。

