唾液に漏れ出した血糖が糖尿病患者のむし歯の原因に

唾液に漏れ出した血糖が糖尿病患者のむし歯の原因に

血液・唾液間の糖移行と口腔細菌バランスの関連を実証

2025-12-16生命科学・医学系
歯学研究科講師坂中 哲人

研究成果のポイント

  • 高血糖によって血液から唾液に漏れ出した糖(グルコースとフルクトース)が、口腔細菌バランスを変化させ、むし歯リスクを高めることを解明
  • 口腔内に分泌されたばかりの腺唾液を解析する手法を確立し、血液から唾液への糖移行や細菌叢への影響を正確に評価したところ、それらがむし歯リスクを高めることを世界で初めて実証
  • 唾液を介した新しい口腔・全身連関として、血糖管理は歯周病だけでなく、むし歯予防にも欠かせないことが証明され、今後の医科歯科連携のさらなる発展に期待

概要

大阪大学大学院歯学研究科の坂中哲人講師、久保庭雅恵教授、大学院工学研究科の福﨑英一郎教授、大学院医学系研究科の下村伊一郎教授らの研究グループは、高血糖によってグルコースとフルクトースが唾液に移行して歯垢細菌叢を変化させ、むし歯リスクを高めることを明らかにしました。

糖尿病患者など高血糖状態の血液からは、尿にだけでなく唾液にも糖が出ますが、唾液の場合は口腔内に糖が出たのち、すみやかに口腔細菌により消費・改変されます。このため、従来の手法では血液から唾液への糖の移行や口腔環境に与える影響を正確に評価することは困難でした。

今回、研究グループは、口腔細菌の影響を受ける前の分泌直後の腺唾液を、唾液腺開口部から直接採取し、メタボロミクス解析を行う手法を確立しました。その結果、血液から唾液への糖の移行と、それがむし歯と関連することを世界で初めて明らかにしました。さらに、血液・唾液間で糖の移行が大きいほど、歯垢中の細菌バランスが変化し、むし歯菌が増加して酸を産生し、むし歯のリスクが高まることを発見しました。また、糖尿病患者を対象にした血糖管理によって、この唾液中の糖分が減少すると、善玉菌が増加して口腔環境が改善されることも確認されました。これらの結果は、血糖管理がむし歯予防にも極めて重要であることを示しており、唾液を介した新たな口腔・全身連関の存在を明らかにしました。今後は、血糖管理が歯周病だけでなく、むし歯予防にも欠かせないことを踏まえ、医科歯科連携のさらなる発展が期待されます。

本研究成果は、国際学術誌「Microbiome」に、2025年12月4日(木)に公開されました。

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図1. 研究の概要

研究の背景

糖尿病になると、心血管疾患や腎症に加え、むし歯や歯周病といった口腔疾患も起こりやすいことが知られています。これまでに糖尿病と歯周病の因果関係は示されてきましたが、むし歯との関係については十分に解明されていませんでした。特に、血中で増えた糖が唾液に移行し、むし歯菌の増殖を助長してリスクを高める可能性がありますが、この点は未解明のままでした。さらに、唾液の場合は尿と異なり、すでに口腔細菌によって消費・改変された糖が含まれているため、従来の全唾液を用いる方法では血液からの移行や細菌への影響を正確に評価することが難しいという課題がありました。

研究の内容

研究グループは、口腔細菌の影響を受けていない腺唾液を、唾液腺開口部から直接採取し、メタボロミクス解析を行う手法を確立しました。糖尿病患者を含む被験者を対象に、腺唾液メタボロームを血液や全唾液と比較すると、2群間の分散説明率は、血液>腺唾液>全唾液の順に低下しており、腺唾液は中間的な特徴をもつことがわかりました。また、3つの体液に共通して検出された単糖類と血糖パラーメータとの関連を評価すると、グルコースとフルクトースで、血液>腺唾液>全唾液の順に正の相関が段階的に弱まっていました。これは、体循環から口腔への移行と、その後の口腔細菌による消費を示唆する結果と考えられます。

さらに、血液・唾液間の糖質移行の程度を定量化するために、3つの体液のグルコースとフルクトース濃度から合成スコアを作成し、これを口腔指標と照らし合わせたところ、グルコース・フルクトースの移行量が多い人ほど、むし歯や歯垢の量が多いことがわかりました。

続いて、歯肉縁上プラークのショットガンメタゲノム解析を行い、糖質移行スコアとの関連を評価しました。その結果、グルコース・フルクトースの移行度が高いほど、Streptococcus sanguinisなどの善玉菌が減少する一方、Streptococcus mutansなどが増加し、さらに全唾液中の乳酸レベルも増加しました。このことは、血液・唾液間の糖移行が歯肉縁上細菌叢を変化させ、酸産生を高めることを示しています。

さらに、2週間の糖尿病教育入院で集中的に血糖を管理すると、血液と腺唾液の単糖類、とくにフルクトースが有意に減少しました。すると細菌叢でもフルクトースPTS遺伝子が減り、さらにS. mutansも減って、S. sanguinisが増えました。なおこの間、歯科的介入は一切行わず、プラーク量も変化していません。つまり血糖管理そのものが細菌叢を変化させたと考えられます。

実際に、S. mutansS. sanguinisの共培養バイオフィルム実験で検証すると、BHI培地にフルクトースを添加したBHIFでは、S. mutansの割合が大きく増加しました。つまり、グルコースとフルクトースの組み合わせが共培養下でS. mutansを優位にすると考えられます。

以上より糖尿病では、唾液に漏れ出したグルコースとフルクトースが歯肉縁上細菌叢をS. mutans優位に傾け、むし歯リスクを高める可能性が示されました。これは唾液糖を介した新しい口腔と全身のつながりを示すものです。

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図2. 血液から唾液への糖移行と口腔の健康への影響
(A) 腺唾液採取の模式図。(B) 血液・腺唾液・全唾液メタボロームプロファイルの主成分分析。PERMANOVAで群間差を評価し、その分散説明率が示されている。(C) 主要単糖類と血糖指標との関連。(D) グルコース・フルクトースの血液・唾液移行と口腔指標との関連。β係数は年齢と性別を共変量とした線形回帰モデルから算出。

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図3. 血液・唾液間の糖移行に関連する歯肉縁上細菌叢の分類学的特徴
糖尿病および糖移行と有意に関連した分類群。緑から赤へのグラデーションは各指標を独立変数、細菌の存在量を従属変数としたMaAsLin2による線形混合モデルで定量した関連の大きさと方向を示す。すべてのモデルは年齢、唾液流量、う蝕歯数、歯周炎の重症度で調整。

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図4. 集中的血糖管理が糖移行と歯肉縁上細菌叢に及ぼす影響
(A) 血糖管理による血液・唾液間フルクトース移行と歯肉縁上細菌叢におけるフルクトースPTS遺伝子量の変化。(B) 血糖管理による菌種レベルの変化。MaAsLin 2モデルからβ係数を算出。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、血糖管理は歯周病だけでなく、むし歯予防にも欠かせないことが示され、今後の医科歯科連携の発展が期待されます。また、腺唾液は全唾液よりも正確に全身状態を映し出し、生活習慣病や心代謝リスクのモニタリングに活用することも期待されます。

特記事項

掲載誌:Microbiome
論文名:Diabetes alters the supragingival microbiome through plasma‑to‑saliva migration of glucose and fructose
著者:Akito Sakanaka*, Masahiro Furuno, Asuka Ishikawa, Naoto Katakami, Moe Inoue, Shota Mayumi, Daiki Kurita, Hitoshi Nishizawa, Kazuo Omori, Naohiro Taya, Emiko Tanaka Isomura, Mashu Kudoh, Hiroki Takeuchi, Atsuo Amano, Iichiro Shimomura, Eiichiro Fukusaki, and Masae Kuboniwa*
*:共同責任著者
DOI:10.1186/S40168-025-02256-X

なお、本研究は、AMEDの課題番号JP18gm0710005、JSPS科研費JP22H03300、JP22H00487、JP22K10311、JP21K18281の支援を受け、大阪大学大学院工学研究科生物工学専攻(福﨑研)、同大学院医学系研究科内分泌・代謝内科(下村研)との共同研究により実施されました。

参考URL

用語説明

腺唾液

唾液腺(顎下腺・舌下腺)開口部から分泌されたばかりの唾液。口の中の細菌や食事成分などと混ざる前の純粋な唾液で、全身の状態をより正確に反映すると考えられています。血液から移行した成分も含むため、健康状態の評価や疾患の早期発見への応用が期待されています。

メタボロミクス解析

糖やアミノ酸などの代謝物(メタボライト)を網羅的に調べる手法。医療や食品、環境など幅広い分野で使われています。特に医療分野では、代謝物は遺伝子やタンパク質の最終的なアウトプットを反映することから、体の変化を鋭敏に捉える表現型に最も近いバイオマーカーと考えられています。

ショットガンメタゲノム解析

人体や環境中の細菌叢のDNAを網羅的に解読し、菌の種類だけでなく、その細菌叢が持つ機能遺伝子まで明らかにできる手法です。

PTS (phosphotransferase system)

細菌が糖を取り込む際に働く輸送システムで、グルコースやフルクトースなど様々な糖を細胞内に取り込みながら同時にリン酸化します。この仕組みにより、細菌は糖を効率的にエネルギー代謝へ利用できます。