液面に浮かべたゲル粒子でスロー地震を再現

液面に浮かべたゲル粒子でスロー地震を再現

断層粒子のやわらかさと流体のながれが地震の質を変える?

2025-12-1自然科学系
理学研究科教授桂木 洋光

研究成果のポイント

  • スロー地震の統計的な特徴がやわらかい粒子と流体との混合体で実験的に再現できることを発見
  • 身近な材料であるやわらかいゲル粒子と液体を用いた室内実験によって、これまで困難だったスロー地震の模擬実験系の確立に成功
  • 発見から20年以上が経ち、未だ謎多きスロー地震の仕組みについて新たな可能性を示すとともに、スロー地震と通常の地震の発生機構の違いの解明への発展に期待

概要

大阪大学大学院理学研究科の佐々木勇人さん(博士後期課程2年)と桂木洋光教授の研究グループは、スロー地震が示す複数の統計的な特徴が流体と柔らかい粒子の混合体によって生み出されうることを世界で初めて明らかにしました。

これまでスロー地震(図1)を再現した実験的研究は、地震を引き起こす断層すべりの「ゆっくりさ」に注目しているものがほとんどでした。一方で、スロー地震が通常の地震とは異なるとされる顕著な点はむしろ、地震観測に基づく統計的な特徴です。しかし、スロー地震の統計的な特徴については、実験によってほとんど再現・解明されていませんでした。

今回、研究グループは、身近な材料であるやわらかいゲル粒子を液面に浮かべた層を断層に見立てて、すべり実験を行うことにより(図2)、地中深くで起こるスロー地震と同様の統計性が再現されることを発見しました。これにより、スロー地震と通常の地震との間の関係性について理解が進むとともに、スロー地震の性質を利用した断層帯の監視方法の研究などにつながっていくことが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、12月1日(月)19時(日本時間)に公開されました。

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図1. 日本列島の断面図とスロー地震の発生域

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図2. 実験装置

研究の背景

これまで、通常の地震とは統計的な特徴が異なるスロー地震という現象が存在することが、地震波やGPSなどの観測によって知られていました。

特徴① スロー地震というのは、その名の通り、同じ規模の通常の地震に比べて長い時間をかけてゆっくりと発生する現象で、秒スケールで生じる通常の地震に対してスロー地震は年単位で継続することもあります(図3左上)。
特徴② また、スロー地震は通常の地震と比べて、大規模の地震に対して小規模の地震の発生頻度が極端に多い場合があることがわかっています(図3右上)。

統計的な特徴が異なるということは、背後にある地震発生の仕組みが根本から異なっていると予想されます。しかし、この2つの統計的な特徴の差がなぜ生じるのかについては、スロー地震の発見から20年以上経過した現在でも謎のままです。特に、地震が起こる断層の粒子層を模擬した実験研究の多くは大掛かりな装置が必要で、実験装置内の一部で発生した地震時の粒子の動きを直接観察することは困難でした。そのため、これまでの実験研究は地震発生時のすべりの「ゆっくりさ」のみを根拠にして「スロー地震を再現できた」という報告が多かったのです。

研究の内容

研究グループでは、粒子を直接観察しながらすべりを発生させる実験によって、地震波やGPSなどの観測によって捉えられているスロー地震の2つの統計的な特徴そのものを再現することに成功しました。図3の上段は観測によって得られたスロー地震の統計的特徴で、図3の下段は今回の実験で得られた統計的特徴です。両者の大きさや時間の規模は全く異なりますが、図の赤で表示されるスロー地震の性質と実験結果はとても類似していることが見て取れます。

具体的に行った実験は、断層の粒子の代わりにやわらかいゲル粒子を用いて液体の表面に層として浮かべ、粒子層の中央部と外縁に変形を加えて断層すべりを起こすというものです。一見すると地震を引き起こす断層とは全く関係がない実験のように思われますが、スロー地震発生域の環境を本質的に再現することを狙った実験になっています。スロー地震発生域の断層は地下深くにあり、多くの流体を含み変質したやわらかい粒子層が、変形を加えるプレートに挟まれている状況に対応づけられると考えています(図2)。

さらに、実験中には粒子を直接撮影して、スロー地震の統計的な特徴がどのような粒子の動きで実現しているかを調べました。この結果より、通常の地震を引き起こす断層と比較して、断層内部の粒子がやわらかいことと流体が存在していることによって地震の質が変わり、スロー地震が発生しているという新たな仮説を提案しました。

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図3. スロー地震の観測事実(上)とそれを再現した本研究の実験結果(下)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果に基づけば、観測されたスロー地震の統計を調べることで直接見えない断層内部の粒子や流体の様子を監視することができる可能性があります。スロー地震は通常の破壊的な地震の震源域と隣接していることが多く(図1)、スロー地震を通した断層状態の監視が通常の地震の確率的評価に役立つと期待されます。また、これまで謎だったスロー地震発生の仕組みについて、実験だけでなく実際の観測や岩石観察による仮説の検証が進められていくことになるでしょう。

特記事項

本研究成果は、2025年12月1日(月)19時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Origin of slow earthquake statistics in low-friction soft granular shear”
著者名:Yuto Sasaki and Hiroaki Katsuragi
DOI:https://www.doi.org/10.1038/s41467-025-65230-z

なお、本研究は、公益財団法人日本科学協会笹川科学研究助成2024-6006、JSPS科研費JP23H04134、JP24H00196の助成を受けて行われました。

参考URL

佐々木勇人(博士後期課程)個人HP
https://sites.google.com/view/yuto-sasaki

桂木洋光(教授)研究室HP
http://life.ess.sci.osaka-u.ac.jp/index.shtml

用語説明

スロー地震

通常の地震に対して、同じ規模で比べるとより長い時間をかけてゆっくりと発生する傾向を示す地震現象の総称。

流体

力が加えられた時に、破壊せずに流れることで変形する物体の総称。液体や気体だけでなく、超臨界流体や塑性流動する固体も含まれる。

断層すべり

地面や地下の岩石において、その両側がずれている部分を断層という。断層がずれ動きすべることで地震が発生する。実際の断層は厚みのない面ではなく厚みのある層であり、破砕した粒子や岩塊と流体からなる。