
\持続可能な触媒反応の実現に新たな一歩!/ 有機ガリウムの光駆動レドックス反応を開発
典型元素を基盤とする新規触媒設計への道を拓く
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院工学研究科の大学院生・向井虹渡さん(博士後期課程)、兒玉拓也助教、鳶巣守教授らの研究グループは、典型元素である有機ガリウム種が光照射によって遷移金属のような2電子酸化還元反応を示すことを明らかにしました。
これまで、遷移金属はd軌道と呼ばれる電子の軌道を活用して電子を可逆的に授受できるため、多彩な酸化還元(レドックス)反応の触媒として活用されてました。一方、典型元素はd軌道が反応に関与しないため、価数変化を伴う反応の制御は難しいと考えられてきました。
研究グループはこの課題を克服するため、電子を一時的に保持・授受できるレドックス活性配位子の1種である「フェナレニル(Phenalenyl)型配位子」を開発し、さらに可視光を利用して電子移動を駆動する新しい戦略を採用しました。その結果、13族元素である3価ガリウム種が可視光照射によって1価へと可逆的に変化することを世界で初めて実証しました。さらに、この反応を1,3-ジエンとイソシアニドの反応に応用することで、医薬・機能性材料の基本骨格であるフェニレンジアミンを合成する新しい光反応の開発にも成功しました(図)。本成果は、希少で高価な遷移金属に代わる、典型元素を活用した持続可能な触媒反応の実現に向けた重要な一歩となります。
本研究成果は、米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」に、11月28日(金)午後10時(日本時間)に公開されました。
図. ガリウム(Ga)の(I/III)レドックス反応を利用した(4+1+1)光環化付加型フェニレンジアミン合成
研究の背景
遷移金属は、d軌道を利用して電子を可逆的にやりとりできるため、酸化還元を伴う化学変換の触媒として利用されてきました。一方で、アルミニウムやガリウムなどの典型元素はd軌道が反応に関与しないため、これまで酸化還元反応を有機合成へ応用することは困難と考えられてきました。例えば、13族元素である1価ガリウム種は、σ結合やπ結合と反応して2電子酸化により安定な3価ガリウム種へと変化します。一方、その逆反応(還元過程)は熱力学的に不利であり、通常は進行しません。近年、持続可能な化学プロセスの実現に向けて、希少で高価な遷移金属に代わる、典型元素を用いた触媒反応の開発が強く求められています。研究グループはこの課題に対し、典型元素でも可逆的な酸化還元を実現する新しい手法として、「光」と「レドックス活性配位子」に着目しました。
研究の内容
研究グループは、電子を一時的に受け渡しできる構造を持つフェナレニル型配位子を導入した1価の有機ガリウム種を開発しました。フェナレニル型配位子は、電子の授受が容易でかつ可視光を吸収できる特性を持つため、光によって電子移動を誘起することが可能です。この1価ガリウム種は、1,3-ジエンと反応して環状の3価ガリウム種を与えますが、青色LED光を照射すると、ガリウム–炭素結合が可逆的に切断され、1価ガリウム種が再生することが明らかになりました。さらに、イソシアニド存在下ではこの結合切断過程を利用してイソシアニドが挿入反応を起こし、二重挿入体からは1,2-フェニレンジアミン骨格が生成されることを発見しました。この反応は、一般的な(2+2+2)型や(4+2)型とは異なり、可視光駆動による(4+1+1)環化付加反応として位置付けられ、ガリウムの2電子酸化還元反応を有機合成へと応用した初の例となります。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、ガリウムの酸化還元を光で制御し、有機合成反応に応用できることを初めて示した成果です。これにより、これまで遷移金属や14、15族元素に限定されていた酸化還元化学の概念を、13族元素にまで拡張しました。さらに、可視光照射という温和で環境負荷の少ない条件下で反応が進行することから、持続可能な触媒設計や光エネルギーを活用した新しい有機合成法の開発につながる可能性があります。特に、希少金属資源への依存を低減し、典型元素を活用する反応プロセスの実現に向けた重要な一歩として位置づけられます。
特記事項
本研究成果は、2025年11月28日(金)午後10時(日本時間)に米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Synthesis of Phenylenediamines via (4+1+1) Photocycloaddition of 1,3-Dienes and Isocyanides Enabled by a Gallium(I)/(III) Redox: The Key Role of a Phenalenyl-Based Ligand”
著者名:Nijito Mukai, Takuya Kodama and Mamoru Tobisu
DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.5c15802
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業「典型元素とπ電子の協奏が拓く革新的物質機能材料創成」(課題番号:JPMJFR236I)および日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「炭素資源変換を革新するグリーン触媒科学」(課題番号:JP23H04901)の一環として行われました。
参考URL
兒玉助教 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/cdf4081e0ada99d6.html
大阪大学先導的学際研究機構 触媒科学イノベーション研究部門
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/ics_otri/publication/
SDGsの目標
用語説明
- d軌道
原子の中で電子が存在する場所(軌道)の1つで、遷移金属の性質決定に重要な役割を果たす。d軌道の電子は結合や酸化還元反応に関わることが多く、遷移金属が多彩な化学反応を示す理由の1つとなっている。
- 典型元素
元素周期表で1族、2族、13族から18族に属する元素の総称。アルミニウム、ガリウム、ケイ素、リン、硫黄などが含まれる。近年、これらの元素を用いた遷移金属を使わない新しい触媒反応や電子材料の開発が進められている。
- 遷移金属
元素周期表で3族から12族に属する元素の総称。触媒として有用な元素が多く存在するが、典型元素に比べ一般に希少で高価という欠点がある。
- フェニレンジアミン
ベンゼン環に2つのアミノ基(–NH₂)が結合した化合物の総称。医薬品、染料、プラスチックの原料として広く利用されている。また、電子を与えやすい性質を持つことから、金属錯体の合成やレドックス材料の設計にも用いられている。
- レドックス活性配位子
配位子とは、金属などの中心元素のまわりに結合している有機分子や原子団のことを指す。通常、電子のやりとり(酸化還元)は中心元素が担うが、レドックス活性配位子は自ら電子をやりとりできるため、中心元素の酸化数を変えずに新しい酸化状態や反応性を引き出すことができる。
- フェナレニル(Phenalenyl)型配位子
芳香族ケトンの一種である9-ヒドロキシフェナレノンを母体とする有機分子を配位子として利用したものであり、レドックス活性配位子の一種と分類される。
- (4+1+1)環化付加反応
複数の分子や原子団が結合して新しい環状構造を形成する環化付加反応の1つ。「(4+1+1)」は、反応に関与する原子数の組み合わせを表しており、4個の原子を含む分子片と、1個の原子や分子片が2つ、合計3成分が結合して6員環を形成する反応を意味している。本成果では、1,3-ジエンが4個の原子を含む分子片に、2組のイソシアニドがそれぞれ1個ずつの分子片に相当する。


