濾胞性制御性T細胞の“赤ちゃん”を発見! 重症感染症の免疫調節不全の仕組みを解明

濾胞性制御性T細胞の“赤ちゃん”を発見! 重症感染症の免疫調節不全の仕組みを解明

自己抗体産生と関連する新たな治療標的

2025-10-17生命科学・医学系
感染症総合教育研究拠点教授WING JAMES BADGER

研究成果のポイント

  • ヒト循環血中の濾胞性制御性T細胞(Tfr)のうち、30-50%が前駆型Tfr(preTfr)であることを発見し、重症感染症における免疫調節不全の新たなメカニズムを解明
  • これまでTfr細胞の分化(成長)段階は不明であったが、CD45RA+CXCR5+という特徴を持つpreTfrが成熟型Tfrへの分化準備状態(“赤ちゃん”状態)にあることを発見。また、重症COVID-19や敗血症の患者では、このpreTfrが特に減少する一方で、通常のナイーブ制御性T細胞は安定していることも判明
  • この成果により重症感染症における自己抗体の産生メカニズムの理解が進むことで、今後、ワクチン開発や自己免疫疾患の新たな治療法や、個別化医療への応用に期待

概要

大阪大学感染症総合教育研究拠点のJames Badger Wing教授らの研究グループは、ヒト血液中を循環する濾胞性制御性T細胞(Tfr)の分化段階に、新たに30~50%がナイーブ様表現型を持つ前駆型Tfr(preTfr)であることを世界で初めて明らかにしました。

preTfrはCD45RA+CXCR5+という特徴的な表現型を持つ細胞であり、培養下でも増殖しつつ免疫制御機能を維持できることが分かりました。これまでTfr細胞は、免疫応答を調節し、抗体産生を制御する重要な免疫細胞として知られていましたが、その発生過程は不明でした。

研究グループは、マスサイトメトリーおよびRNAシーケンス解析を用いて、刺激を受けたpreTfrがIL-1RAなどの成熟型Tfrに関連する抑制分子の発現を増加させることを明らかにしました。これにより、preTfrが成熟型Tfrに分化する準備状態にあることが示され、Tfr細胞の成長過程の理解が深まりました。

さらに、重症COVID-19および敗血症患者の血液を解析した結果、preTfrと成熟型Tfrのいずれもが著しく減少しており、この減少は抗インターフェロンγ自己抗体の増加と活性化非定型B細胞の増加と相関することを発見しました。

対照的に、通常のナイーブ制御性T細胞は影響を受けず、重症感染症においてはpreTfrが特に重要な役割を果たしていることが示されました。

これにより、重症感染症における自己抗体産生メカニズムの解明を進展させるとともに、ワクチン開発や自己免疫疾患治療の新たな標的の発見につながることが期待でき、免疫学の発展に貢献する画期的なものとして注目されています。

本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、2025年9月26日(木)に公開されました。

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図1. COVID-19におけるpreTfrの減少は自己抗体産生と相関する。 A) preTfrは成熟型Tfrへ分化し、IL-1RAを分泌して形質細胞の形成と抗体産生を抑制する。B) 重症COVID-19感染中、preTfr頻度は経時的に減少し(赤線)、一方で抗サイトカイン自己抗体レベルは増加する(緑線)。これはpreTfrの喪失が調節不全な自己抗体産生に寄与することを示唆している。画像はBiorender.comで作成。

研究の背景

制御性T細胞(Treg)は、転写因子Foxp3を発現し、免疫の恒常性維持において重要な役割を果たすことが知られていました。近年の研究で、Tregには性質の異なる多様なグループが存在することが明らかになり、その中でも濾胞性制御性T細胞(Tfr)は胚中心(Germinal center)という場所での免疫応答を制御する特殊な細胞群として注目されています。Tfrは胚中心において濾胞性ヘルパーT細胞(Tfh)を抑制することで、B細胞の成熟と抗体産生を調節し、自己抗体の産生を防ぐ役割を担っています。

TfrとTfhの比率の異常は関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患に関与していると考えられており、これらの細胞のバランスの乱れが病気の発症に影響を与える可能性が示唆されています。さらに、Tfrはワクチン応答やCOVID-19などのウイルス感染症においても重要な役割を果たすことが報告されており、重症COVID-19症例では、Tfr機能の変化が免疫応答の調節不全、過剰な抗体産生、自己抗体産生、炎症の増加と関連することが示されています。

しかし、ヒトの血液やリンパ組織にTfrは多く存在するにもかかわらず、その分化段階や前駆細胞の存在については不明な点が多く、特にCD45RA陽性のTfr細胞の機能的特性は十分に解明されていませんでした。

研究の内容

研究グループは、以前発表されたマスサイトメトリーデータ(Priest et al., 2024)を用いて、重症COVID-19患者、敗血症患者、健康対照者、そしてSARS-CoV-2 mRNAワクチン接種者から採取されたPBMCサンプルを再解析しました。その結果、ヒト末梢血中のTfrの30~50%がCD45RA+CD45RO−CXCR5+の表現型を持つナイーブ様前駆型Tfr(preTfr)であることがわかりました。

preTfrの機能特性を明らかにするため、健康なドナーのPBMCからpreTfrと通常のナイーブTreg(nTregs)を分離し、in vitro培養実験を行いました。preTfrは、nTregsと同様に長期間の増殖能を保持しながら免疫抑制機能を維持し、また、RNAシーケンス解析の結果、刺激を受けるとIL-1RA、IL-1R2などの成熟型のTfr関連抑制分子の発現が増加することが明らかになりました。さらに、preTfrは創傷治癒能も増強されており、nTregsとは異なる機能を持つことが示されました。

臨床サンプルの解析では、重症COVID-19患者や敗血症患者において、preTfrと成熟型Tfr(cTfr)が著しく減少する一方で、nTregsは安定していました。さらに重要なことに、preTfrの減少はCOVID-19後期における抗インターフェロンγ自己抗体の増加や活性化非定型B細胞の増加と相関しており、COVID-19による死亡率とも関連していました。対照的に、SARS-CoV-2 mRNAワクチン接種者では、接種後にpreTfrおよびcTfrの割合が増加しており、preTfrが制御された免疫応答に関与していることが示唆されました。

さらに、ヒト扁桃組織の解析により、preTfrはリンパ組織にも存在し、組織常在型Tfrへの移行初期段階にあることがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、重篤な感染症における免疫調節不全と自己抗体産生の新たなメカニズムが明らかになりました。preTfrが重症COVID-19や敗血症の早期段階から特異的に減少することは、これらの細胞が疾患の進行や予後に重要な役割を果たしていることを示唆しています。

また、preTfrの同定は、自己免疫疾患の治療への応用も期待されます。CD45RA陽性Tregは、その安定性と増殖能の高さから養子細胞療法への利用が検討されてきましたが、この集団がCXCR5陽性細胞と陰性細胞の2つのグループから構成されていることは、これまで認識されていませんでした。preTfrは高い安定性と免疫抑制能を持つ集団であり、特に自己抗体産生を伴う自己免疫疾患(全身性エリテマトーデスなど)の治療標的として有望です。

さらに、本研究はpreTfrの測定が重症感染症患者における自己抗体産生のリスク評価や、ワクチン応答のモニタリングにも有用である可能性を示しています。preTfr頻度の測定は、重症化リスクの早期予測や治療介入の最適なタイミングを判断するためのバイオマーカーとなることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2025年9月26日(木)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:"Human precursor T follicular regulatory cells are primed for differentiation into mature Tfr and disrupted during severe infections"
著者名:Janyerkye Tulyeu, Jonas N. Søndergaard, David G. Priest, Takeshi Ebihara, Hisatake Matsumoto, Mara A. Llamas-Covarrubias, Masaki Imai, Shinichi Esaki, Shinichi Iwasaki, Akimichi Morita, Sayuri Yamazaki, Shimon Sakaguchi, James B. Wing
DOI:https://doi.org/10.1126/sciadv.adv6939

参考URL

James Badger Wing教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0d19f8bd3f186a96.html

感染症総合教育研究拠点(CiDER) 研究者紹介
https://www.cider.osaka-u.ac.jp/researchers/james-wing/

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

濾胞性制御性T細胞

T follicular regulatory cells: Tfr、胚中心において、T濾胞性ヘルパー細胞(Tfh)を抑制することで、B細胞の成熟と抗体産生を制御する特殊な制御性T細胞亜集団。Foxp3とCXCR5を共発現し、自己抗体の産生を防ぐ役割を担う。

前駆型Tfr

precursor Tfr: preTfr、CD45RA+CD45RO−CXCR5+という表現型を持つナイーブ様T濾胞性制御細胞。末梢血中のTfrの30~50%を占め、成熟型Tfrへの分化準備状態にある。培養下で増殖能を保持しながら免疫制御機能を維持する。

マスサイトメトリー

CyTOF、金属同位体で標識した抗体を用いて、1細胞あたり40種類以上のタンパク質を同時に測定できる高次元シングルセル解析技術。従来のフローサイトメトリーと比較して、より多くのマーカーを同時に解析可能。

IL-1RA

インターロイキン-1受容体アンタゴニスト、インターロイキン-1の作用を阻害するタンパク質。Tfr細胞が分泌し、形質細胞の形成と抗体産生を抑制する働きを持つ。preTfrは刺激後にIL-1RAの発現を増加させる。

抗インターフェロンγ自己抗体

自分の免疫系が産生する、インターフェロンγに対する抗体。インターフェロンγは抗ウイルス免疫応答に重要なサイトカインであり、これらの自己抗体の存在は重症COVID-19と関連が示されている。