自己免疫疾患患者における 複数回の新型コロナワクチン効果の違い

自己免疫疾患患者における 複数回の新型コロナワクチン効果の違い

治療薬や炎症がワクチン効果に与える影響

2025-10-12生命科学・医学系
医学系研究科助教加藤 保宏

研究成果のポイント

  • 自己免疫疾患(膠原病)の患者さん約300名の新型コロナワクチンを接種した後の抗体価を5回接種後まで追跡し、抗体価の推移の仕方が3つのグループに分けられることを明らかに。
  • これまでの研究では、ワクチンを繰り返し接種することで、治療薬や疾患の影響は小さくなると考えられていたが、複数回ワクチンを接種しても十分抗体価が上昇しない患者グループが存在し、使用している治療薬や炎症を反映するサイトカイン濃度に違いがあることがわかった。
  • 感染症予防戦略における個別のワクチン接種プログラムの確立に期待。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の山口勇太さん(当時:博士課程、現在:東京科学大学薬理学分野 助教)、網屋沙織さん(当時:博士課程、現在:市立池田病院呼吸器内科 主任医員)、加藤保宏 助教、熊ノ郷淳 総長(呼吸器・免疫内科学)らの研究グループは、自己免疫疾患(膠原病)患者の新型コロナウイルスに対するmRNAワクチン接種後の中和抗体価の推移を5回接種後まで追跡しました。その結果、中和抗体価の推移は3つのグループに分けられ、患者さんの中には繰り返しワクチンを接種しても十分抗体価が上昇しないグループが存在することを見出しました。さらに、治療薬や疾患の影響だけではなく、血清中のサイトカインを測定し免疫動態を解析することで、抗体価が十分に上昇しないグループでは、体内の炎症がワクチン効果に影響している可能性も見出しました。

これまでの研究では、ワクチンを繰り返し接種することで、治療薬や疾患の影響は小さくなるのではないかと考えられていました。

しかし、本研究成果は複数回ワクチンを接種しても依然として治療薬、あるいは患者自身の免疫動態がワクチン効果に影響している可能性を示唆しています。このことは患者さん一人一人の状態に応じた最適なワクチン戦略を構築するうえで、非常に重要な研究結果であると考えます。自己免疫疾患に対する新型コロナウイルス感染症予防策や治療戦略を考えるうえで、非常に有用な情報となることが期待されます。

本研究成果は、科学誌「Vaccine」(オンライン)に、2025年10月12日に公開されました。

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図. 5回接種までの中和抗体価の推移

研究の背景

自己免疫疾患患者では新型コロナウイルス感染症による重症化のリスクが健常者に比べて高いことが報告されており、ワクチンによる感染・重症化予防が重要です。自己免疫疾患やその治療薬はワクチンによる免疫反応を減弱させる可能性があり、ワクチン効果に影響する因子を明らかにすることは非常に重要です。我々は2022年に、ワクチンを2回接種してから約1年後までの抗体価の経過を追跡し、疾患や薬剤の影響を検討した論文を報告しました。今回、その発展的研究として、繰り返しワクチンを接種した場合の効果について検討を行いました。

研究の内容

本研究では、大阪大学医学部附属病院免疫内科に通院中の患者さんの血液サンプルを収集し、mRNAワクチン接種前後の新型コロナウイルスに対する中和抗体価の変化を解析し、抗体価の推移のパターンによるグループ化を行いました。その結果、患者さんは①2回接種で十分に抗体価が上昇する群、②3回接種後に抗体価が上昇する群、③3繰り返す接種でも抗体価が上昇しない群 の3グループに分けられました。

グループ②、③に割り付けられやすい因子としてアバタセプトの使用、またグループ②に割り付けられやすい因子として高齢、ミコフェノール酸モフェチルの使用、ANCA関連血管炎、関節リウマチがあげられました。一方で全身性エリテマトーデスはグループ②に割り付けられにくいという結果になりました。グループ③の患者さんは、他のグループと比較して血液中の炎症性サイトカインが高く、患者さんの免疫動態がワクチン効果に影響を与えていることが予想されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、アバタセプトを使用している患者さん、また血液中の炎症性サイトカインが高い患者さんではmRNAワクチン接種による抗体価が特に上がりにくいということがわかりました。病気のコントロールが安定している患者さんでは、ワクチン接種前に一定期間治療薬を休薬することや接種時期を慎重に検討することでワクチンの効果を向上させられる可能性があります。病気の状態や治療薬、年齢など一人一人の患者さんに応じたワクチン投与計画、感染予防対策を考える上で本研究成果が有用なものであると期待します。

特記事項

本研究成果は、2025年10月12日に科学誌「Vaccine」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Distinct trajectories of humoral immune responses after SARS-CoV-2 mRNA vaccination in autoimmune inflammatory rheumatic diseases: A group-based trajectory analysis
著者名:Yuta Yamaguchi MDa,e,f,q,l,*, Saori Amiya MDa,c,f,g*, Shoichiro Inokuchi MDb, Sayaka Nagaoc, Kazuma Kosaka MDa,f, Shinichiro Nameki MDa,f,h, Teruaki Murakami MDa,f,i, Yuko Yoshimine MDa,f, Yasutaka Okita MDa,f, Takahiro Kawasaki MDa,f,j, Takayoshi Morita MDa,k, Kohei Tsujimoto MDa,f,l, Jun Fujimoto MDd, Masayuki Nishide MDa,f, Sumiyuki Nishidaa,l,m MD, Masashi Narazakia,n MD, Yasuhiro Kato MDa,f,l,†, and Atsushi Kumanogoh MDa,c,f,l,o,p
所属
a. 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
b. 株式会社JMDC
c. 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)
d. 大阪けいさつ病院 免疫内科
e. 神戸大学大学院医学研究科 薬理学分野
f. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態
g. 市立池田病院 呼吸器内科
h. 大阪急性期・総合医療センター 免疫リウマチ科
i. 日本生命病院 呼吸器・免疫内科
j. Division of Rheumatology and Clinical Immunology, University of Pittsburgh
k. 奈良県立医科大学リウマチセンター
l. 大阪大学ワクチン開発拠点 先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)
m. 大阪大学大学院医学系研究科・医学部附属病院 産学連携・クロスイノベーションイニシアティブ
n. 大阪大学大学院医学系研究科附属 最先端医療イノベーションセンター(CoMIT)
先端免疫臨床応用学共同研究講座
o. 大阪大学先導的学術研究機構(OTRI) 生命医科学融合フロンティア研究部門
p. 日本医療研究開発機構 戦略的創造研究推進事業(AMED–CREST)
q. 東京科学大学薬理学分野
DOI:https://doi.org/10.1016/j.vaccine.2025.127771

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、日本医療研究開発機構–戦略的創造研究推進事業(AMED-CREST)事業、JSPS科研費、AMED SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群大阪府シナジーキャンパス(大阪大学ワクチン開発拠点)」(JP223fa627002)の支援を受けて行われました。

用語説明

サイトカイン

おもに免疫系細胞から分泌されるタンパク質で、細胞間に様々な影響を与える。

アバタセプト

関節リウマチで使用される生物学的製剤。免疫反応において重要な役割を担うT細胞の活性化を抑制することで、関節リウマチにおける異常な免疫反応を抑制する。

ミコフェノール酸モフェチル

全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患や、臓器移植後に使用される免疫抑制剤。DNAの原料である核酸の合成を阻害することで免疫細胞の活性化を抑制する。

ANCA関連血管炎

好中球に対する自己抗体(ANCA)が作られ、全身の血管が障害される自己免疫疾患。

全身性エリテマトーデス

自己抗体を特徴とする全身性の自己免疫疾患。