
精子の運動を担うタンパク質を発見
男性不妊の理解に新たな知見
研究成果のポイント
- 鞭(べん)毛形成不全に起因する不妊患者で変異が報告されていた精子のCFAP91タンパク質が、精子鞭毛の形成に不可欠であることを解明。
- 近接するタンパク質を見つける最新の標識技術を用いて、CFAP91に近接する未知のタンパク質としてEFCAB5を同定。EFCAB5は精子の運動性を制御することを発見。
- CFAP91とEFCAB5の役割解明により、精子の運動異常に起因する男性不妊の原因究明や診断法の開発に繋がることが期待。
概要
大阪大学大学院薬学研究科のWang Haotingさん(博士後期課程)、大阪大学微生物病研究所の宮田治彦准教授、伊川正人教授らの研究グループは、近接するタンパク質を見つける技術を用いることで、精子の運動性を制御するタンパク質EFCAB5を発見しました。
精子の鞭毛にはラジアルスポークと呼ばれるタンパク質複合体が存在し(図1)、精子の運動制御に重要だと考えられています。しかし、複合体構造を保ったままラジアルスポークを取り出すことは難しいため、その構成タンパク質を生化学的に調べるのは困難でした。
今回研究グループは、近くにあるタンパク質をビオチンで標識する技術を用いることで、ラジアルスポークのタンパク質CFAP91に近接するタンパク質としてEFCAB5を同定しました。さらにEFCAB5が精子の運動性を制御することを明らかにしました。本研究成果は、精子運動性低下による男性不妊の原因究明や診断法の開発に繋がると期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、9月10日(水)18時(日本時間)に公開されました。
図1. 精子鞭毛の断面
ラジアルスポークは車輪のスポークのように鞭毛の中心と外側を繋ぐ構造である。
研究の背景
精子は泳いで卵子にたどり着き、さらに卵子を囲む障壁を通過する必要があります。そのため、精子が正しく動くことは受精に重要です。精子の運動装置である鞭毛には、ラジアルスポークと呼ばれる構造があり(図1)、鞭毛の動きを調節しています。ラジアルスポークは複数のタンパク質で構成されていますが、その複合体構造を保ったまま精製するのが難しいため、生化学的な同定は容易ではありませんでした。
研究の内容
発見1: CFAP91は精子鞭毛の形成に重要
研究グループは、ラジアルスポークの構成タンパク質であるCFAP91に着目しました。これまでに、鞭毛形成不全に起因する不妊患者でCFAP91をコードする遺伝子に変異が報告されており(Martinez et al., J Med Genet, 2020)、CFAP91が鞭毛形成に関与することが示唆されていました。
そこで、CFAP91をコードする遺伝子であるCfap91を欠損するマウスを作製したところ、ヒトと同様に鞭毛形成異常を示し(図2)、精子は全く運動性を示しませんでした。また、Cfap91を欠損したマウスは雄性不妊であることも分かりました。以上の結果から、CFAP91が精子鞭毛の形成と運動に重要なことが明らかになりました。
図2. マウス精子の形態
発見2: CFAP91に近接するタンパク質としてEFCAB5を同定
BioID2は近接するタンパク質にビオチンを標識する酵素です。CFAP91-BioID2融合タンパク質をコードする遺伝子をCfap91欠損マウスに導入したところ、鞭毛形成が回復しました(図2)。このことから、このマウスの精子のラジアルスポークにはCFAP91の代わりにCFAP91-BioID2が存在していることが分かります。この精子をビオチン存在下で培養すると、CFAP91-BioID2に近接するタンパク質がBioID2によってビオチン標識されます(図3)。ビオチン標識されたタンパク質を調べたところ機能未知のタンパク質であるEFCAB5が見つかりました。
図3. ビオチン標識
CFAP91にはBioID2が融合している。CFAP91の近くのタンパク質はBioID2によりビオチン標識されるが、離れたタンパク質Xは標識されない。
発見3: EFCAB5は精子の運動と生殖能力を制御
EFCAB5をコードする遺伝子であるEfcab5を欠損したマウスを作製しました。Efcab5欠損雄マウスと通常の雌マウスを交配させると、生まれる子どもの数が少なくなりました。さらに精子の運動性を調べたところ、Efcab5欠損精子では前進運動性が有意に低下しました (図4)。雄マウスの生殖能力の低下は精子の運動性異常に起因すると考えられます。さらにEFCAB5がヒトの精子にも存在することが分かりました。
図4. 精子の運動軌跡
Efcab5欠損精子は円を描くように泳ぎ、前進運動性が低下している。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
日本を含む先進諸国では6組に1組のカップルが不妊に悩んでおり、その半数は男性に起因すると言われています。精子数の減少や形態異常を伴うケースを含めると、男性不妊の約8割に精子の運動性低下が関与すると言われています(Curi et al., Arch Androl, 2003)。本研究ではCFAP91およびEFCAB5が精子鞭毛の形成や運動に重要なことが明らかになり、男性不妊の原因究明や診断に新たな視点が加わりました。
特記事項
本研究成果は、2025年9月10日(水)18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
タイトル: “Proximity Labeling of Axonemal Protein CFAP91 Identifies EFCAB5 that Regulates Sperm Motility”
著者名: Haoting Wang, Keisuke Shimada, Anh Hoang Pham, Yuki Oyama, Maki Kamoshita, Hiroko Kobayashi, Seiya Oura, Norikazu Yabuta, Masahito Ikawa, Haruhiko Miyata
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-025-63705-7
なお、本研究は、JST 創発的研究支援事業「雌の生殖路における精子機能調節機構(JPMJFR211F)」、AMED 医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業(先端国際共同研究推進プログラム ASPIRE)「次世代生殖補助医療に資する国際共同研究(JP23jf0126001)」の一環として行われました。そのほか本研究は、日本学術振興会(科研費:JP23K05831、JP22H03214、JP23K18328、JP25K02773、JP19H05750、JP21H04753、JP21H05033、JP23K20043)、公益財団法人 武田科学振興財団、アメリカ国立衛生研究所(NIH)、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の支援を得て行われました。
参考URL
大阪大学微生物病研究所 遺伝子機能解析分野HP
https://egr.biken.osaka-u.ac.jp/
用語説明
- 鞭毛
細胞の表面から突出する細長い運動器官で、細胞の遊走や物質の移動に関わります。
- ラジアルスポーク
鞭毛に存在するタンパク質複合体で、運動制御において重要な役割を果たします。
- 近くにあるタンパク質をビオチンで標識する技術
あるタンパク質に特殊な標識酵素(BioID2)をくっつけると、その周りに存在するタンパク質だけが目印(ビオチン)でマーキングされます。これにより、直接引き離すことが難しい複雑な構造の中でも、「誰と誰が隣同士にいるのか」を調べられます。
