
高効率な室温りん光を示す分子液体を開発
高速りん光が拓く、レアメタルフリーな柔らか発光材料
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院理学研究科の大島祐也さん(研究当時:大学院生)、岡田りかさん(研究当時:大学院生)、谷洋介助教(研究当時)(現:名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所・特任准教授)らの研究グループは、同研究科・井上正志教授らのグループ、同研究科・中野元裕教授らのグループ、九州大学大学院理学研究院の宮田潔志准教授らのグループと共同で、室温で液体状態の有機分子から世界最高効率のりん光を得ることに成功しました(図1)。りん光は、有機ELやバイオイメージングなどに有用な発光現象の一種です。
これまで高効率なりん光を得るには、イリジウムや白金などのレアメタルを使うことが必要と考えられていましたが、レアメタルは安定供給に課題があります。また、有機分子でも、結晶状態であれば高効率なりん光を示す例が報告されていましたが、自由な形態をとることができる液体状態の有機分子では、高効率なりん光を得ることは困難でした。
今回、研究グループは、独自に開発した高速りん光を示す分子を液体化することで、世界最高効率の室温りん光を示す有機分子液体を開発しました。これにより、高速りん光に基づく材料開発の有効性が示され、変形に強い発光材料が必要なフレキシブルディスプレイなどへの応用が期待されます。
本研究成果は、英国王立化学会の「Chemical Science」に、9月3日(水)18時(日本時間)に公開されました。
図1. 開発した分子液体の分子構造と、室内光および紫外光を当てた時の写真。
研究の背景
りん光は有機ELやバイオイメージングに有用な発光機能の1つで、古くから研究されてきました。これまでは、室温で高効率なりん光を得るにはイリジウムや白金などを使うことが重要であり、それらレアメタルを含まない有機分子では効率の良いりん光は得られないと考えられていました。近年になって、有機分子でも、結晶状態であれば高効率なりん光を示しうることが認識され始めましたが、自由な形態をとることができる液体状態の有機分子では、高効率なりん光を得ることは依然として困難でした(図2)。
谷助教らの研究グループはこれまでに、有機分子のりん光は極めて“遅い”現象であり、これが効率低下の要因であると考え、従来より一桁以上高速なりん光を示す有機分子「チエニルジケトン」を開発しました。この分子自体は固体でしたが、これを溶媒に溶かした溶液状態とすることで、世界最高効率の室温りん光を示すことができました。
図2. 研究の背景と本研究の位置づけ
研究の内容
研究グループでは、高速りん光を示すチエニルジケトン骨格に、2つのジメチルオクチルシリル基を導入することで、室温で実質的に安定な分子液体を合成することに成功しました。
さらに同分子液体は、室温・空気中で5.6%、酸素を除いたアルゴン雰囲気下では25.6%という高効率な室温りん光を示しました。これは従来の分子液体の室温りん光よりはるかに高効率です。詳細な評価の結果、そのりん光速度定数は6,900 s–1と、元の分子同様の高速りん光であることがわかりました。またこの分子は、非常に高濃度である液体状態でも、希薄な溶液状態とほとんど同じ発光スペクトルを与えました(図3)。その結果、吸収スペクトルと発光スペクトルのピークトップの差は、250nmを超える大きな値が得られました。一般的に、凝集状態では分子の発光特性は損なわれることが多いため、この結果はジメチルオクチルシリル基の導入の有効性を示すものと言えます。
図3. 開発した分子液体およびその溶液状態の吸収(左)および発光(右)スペクトル。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、レアメタルを用いずに高効率なりん光を示す有機分子液体の開発が加速され、高い柔軟性が求められるフレキシブルディスプレイやウェアラブルデバイスなどへ応用されると期待されます。
特記事項
本研究成果は、2025年9月3日(水)18時(日本時間)に英国王立化学会の「Chemical Science」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Fast and efficient room-temperature phosphorescence from metal-free organic molecular liquids”
著者名:Yosuke Tani, Yuya Oshima, Rika Okada, Jun Fujimura, Yuji Miyazaki, Motohiro Nakano, Osamu Urakawa, Tadashi Inoue, Takumi Ehara, Kiyoshi Miyata, Ken Onda, and Takuji Ogawa
DOI:https://doi.org/10.1039/D5SC03768
なお、本研究は、JSPS科研費(23H03955, 22H02159)、泉科学技術振興財団、矢崎科学技術振興記念財団、豊田理化学研究所の支援により実施されました。
参考URL
谷 洋介 特任准教授 researchmap
https://researchmap.jp/tani-y/
名古屋大学 機能有機化学研究室
https://orgreact.chem.nagoya-u.ac.jp/members/tani-yosuke/index.html
井上 正志 教授 researchmap
https://researchmap.jp/rheology_1
中野 元裕 教授 researchmap
https://researchmap.jp/moto_nakano
宮田 潔志 准教授 researchmap
https://researchmap.jp/kiyoshimiyata
九州大学 分光分析化学研究室
http://www.chem.kyushu-univ.jp/Spectrochem/
用語説明
- りん光
発光の一種。高エネルギー状態の分子が、電子スピン(自転のようなもの)の向きを変えながら発する光をりん光と呼ぶ。りん光を示す有機分子はごく限られているが、発光が長く続く・酸素センサーとしてはたらく・有機ELの理論効率が高いなど、優れた特徴をもつ。
- 分子液体
特に室温付近で固体(結晶)ではなく液体状態をとる分子。分子が溶媒に溶けた溶液と区別するため、分子液体と呼ぶことがある。
- レアメタル
イリジウムや白金などの一部の金属は、電子機器などの重要資源である一方、産出量が少なく、特定の国に偏在しているため、レアメタルと呼ばれる。安定供給が課題で、リサイクルや代替材料の開発が求められている。
- 高速りん光
りん光の速さとは、りん光の生じやすさ(頻度)の指標であり、光の速度(一秒間に進む距離)とは異なる概念。正確には、りん光速度定数とよぶ。一般的に有機分子のりん光速度定数は1秒間にたかだか1~100回程度であるが、研究グループは最近、1秒間に5,000回程度という高速りん光を示す分子を開発した。
- 有機EL
電圧をかけることで発光する素子のうち、有機物を含むもの。ディスプレイや照明に使われる。りん光は、より一般的な発光である蛍光に比べて、電力を光に変換する効率(の理論的な上限)が高いという利点がある。しかし、実用化されているりん光材料はイリジウムを含んでおり、代替材料の開発が求められている。
- ジメチルオクチルシリル基
炭素8つからなるオクチル基という長い炭素鎖を含む、ケイ素置換基。
- 実質的に安定
融点が室温より高い温度に見られれば、室温付近では液体相が熱力学的に安定と言える。一方、明確な融点が見られない場合、液体状態が過冷却かどうかを断言するのは難しい。今回の分子は様々な熱測定によっても結晶化しなかったが、融点も明確でないため、実質的に安定と表現している。
- りん光速度定数
りん光の生じやすさの指標。「レアメタル」参照。
