
がん治療のブレイクスルーへ! 転移・再発した乳がんに対する 新規抗体医薬の臨床試験を実施
病的ペリオスチンを標的とする「PT0101」
研究成果のポイント
- 転移・再発した乳がんを対象に、乳がんの間質で分泌される「病的ペリオスチン」を標的とする抗体医薬「PT0101」を開発。世界初の臨床試験(First in Human試験)を開始
- 抗がん剤抵抗性を克服する新たな治療戦略として、難治性がんへの応用に期待
概要
大阪大学大学院医学系研究科(乳腺・内分泌外科学)島津研三教授らの研究グループは、十分な治療薬のないHER2陰性乳がんの転移・再発患者を対象に、乳がんの間質(がん細胞を取り囲む組織)で分泌される病的ペリオスチン(図 参照)に対する新規抗体医薬「PT0101」を用いて、大阪大学医学部附属病院で世界初の臨床試験(First in Human試験(Phase I/IIa))を開始します。
病的ペリオスチンは抗がん剤抵抗性を誘導する因子として、同研究科 先端分子治療学共同研究講座の谷山義明特任教授(常勤)により報告されました。その研究をもとに開発された病的ペリオスチンに対する特異的中和抗体「PT0101」は抗がん剤抵抗性を解除することが明らかにされています。
これにより、従来のがん治療では克服が困難であった抗がん剤抵抗性に対し、新たな治療戦略の可能性が広がります。今後、PT0101の臨床試験を進めることで、難治性がんに対する革新的な治療法の確立が期待されます。
図
・がん関連線維芽細胞や内皮細胞が、主に病的ペリオスチンを分泌
・抗がん剤により病的ペリオスチン分泌はさらに亢進
研究の背景
<転移性・再発性乳がんの治療に向けて>
近年、乳がんは治療薬が開発されて治療成績が大きく改善されています。しかし、乳がんが転移したり再発したりすると十分な治療薬がなく、特にHER2陰性乳がんでは予後が厳しいことが報告されています。
乳がん細胞が抗がん剤に抵抗する原因の1つとして、上皮系がん細胞が間葉系がん細胞に変わる「上皮間葉転換」が考えられています。しかし、この要因は不明でした。
そこで研究グループは、多数の臨床検体を用いて間葉系マーカーと最も相関する因子を探索し、ペリオスチンを発見しました。ペリオスチンは、さまざまな臓器に存在するタンパク質で、細胞の増殖や組織の修復に関わっています。近年、様々ながんで病的ペリオスチン(異常に増加したペリオスチン) ががんの進行や治療抵抗性に関与することが報告されています。しかし、その具体的なメカニズムは明らかになっておらず、治療標的としての応用は進んでいませんでした。
一方、ペリオスチンは選択的スプライシングという遺伝子の一部が選択的に削除されたり残ったりする現象によって、複数のスプライシングバリアントが生じることが報告されています。正常な状態で発現するペリオスチンと病的な状態で発現するペリオスチンを区別せずにすべて抑制すると、腫瘍が大きくなることが報告されており、ペリオスチンを標的とする臨床研究が行われることはありませんでした。
<ペリオスチンを標的に>
研究グループはこれまでに、病的ペリオスチンが主にがん間質(がんを取り巻く環境)のがん関連線維芽細胞から分泌され、抗がん剤によってさらに分泌が増加すること、がん細胞の転移や抗がん剤抵抗性を促すことを明らかにし、生理的ペリオスチンを抑制せず病的ペリオスチンのみを抑制することよって安全に抗がん剤抵抗性を改善できることを報告しました(参考文献1)。これにより、ペリオスチンを標的とした治療法の可能性が開かれました。
現在、世界的にがん間質を標的とした治療が注目されています。がん間質は、がん細胞を取り囲む組織であり、がんの生存や治療の効果に大きく影響を与えます。しかし、従来の治療法では主にがん細胞自体を攻撃するものが中心で、がん間質を標的とした治療は限られていました。この度、がん間質で分泌される病的ペリオスチンを標的とすることによって、がん間質を制御し、治療抵抗性を克服する新たな治療戦略が可能になりました。具体的には、病的ペリオスチンはがん間質にてがん関連マクロファージの誘導や血管新生作用などを誘導し、がんにとって居心地のよい環境を作り出します。さらには、がん細胞自体の上皮間葉転換を誘導し転移や抗がん剤抵抗性を促します。病的ペリオスチン中和抗体はこれらの悪性化を抑制する作用があります(参考文献2)。
臨床試験の内容
これらの知見をもとに、大阪大学発ベンチャー企業であるペリオセラピア株式会社と先端分子治療学共同研究講座との共同研究で病的ペリオスチンを特異的に中和する抗体医薬「PT0101」を開発しました。PT0101は、がん細胞とがん間質の両方に作用し、抗がん剤が効きにくいがんの治療に新たな可能性をもたらします。
今回、大阪大学医学部附属病院において HER2陰性乳がんを中心とした固形がんを対象に、世界初の臨床試験(First in Human試験) を開始します。
【臨床試験の概要】
・試験名:進行固形がん患者及びHER2陰性再発転移乳がん患者を対象とした抗ペリオスチン抗体
PT0101の第I/Ⅱa相、多施設共同、非盲検医師主導治験
・対象者:標準治療の実施・継続が困難である進行固形がん(Phase1)
HER2陰性転移・再発乳がん(Phase2a)
・治験薬:PT0101
・実施期間:2025年3月〜2028年5月(予定)
・予定症例数:Phase1 最大48例、Phase2a 32例
・治験責任医師:島津研三(大阪大学医学部附属病院 乳腺・内分泌外科)
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、がん間質を標的とした新たながん治療の可能性が開かれることが期待されます。
従来の治療法では、主にがん細胞を攻撃することに重点が置かれていましたが、がん間質が治療抵抗性や転移を促す重要な要因であることが明らかになったことで、より効果的な治療戦略の開発につながります。
また、病的ペリオスチンを特異的に阻害する抗体医薬「PT0101」 は、現在の治療では対応が難しい 抗がん剤抵抗性のがん患者に対する新たな治療選択肢となる可能性があります。特に、治療抵抗性の高い乳がんやその他の固形がんに対する臨床応用が期待されるため、今後の医療現場への貢献が期待されます。
さらに、本研究の成果は、がんの治療だけでなく、病的ペリオスチンが関与するその他の難治性疾患に対する治療法開発にも応用できる可能性があります。大阪大学医学部附属病院で進める世界初の臨床試験(First in Human試験) を通じて、安全性や有効性が確認されれば、がん治療の新たなパラダイムシフトとなる可能性があります。
参考文献
1. Periostin blockade overcomes chemoresistance via restricting the expansion of mesenchymal tumor subpopulations in breast cancer. Nakazawa Y, Taniyama Y, Sanada F, Morishita R, Nakamori S, Morimoto K, Yeung KT, Yang J.
Sci Rep. 2018 Mar 5;8(1):4013. doi: 10.1038/s41598-018-22340-7.
2. Expression of Periostin Alternative Splicing Variants in Normal Tissue and Breast Cancer. Kanemoto Y, Sanada F, Shibata K, Tsunetoshi Y, Katsuragi N, Koibuchi N, Yoshinami T, Yamamoto K, Morishita R, Taniyama Y, Shimazu K. Biomolecules. 2024 Aug 31;14(9):1093. doi: 10.3390/biom14091093.
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的がん医療実用化研究事業の支援を受けています。また、ペリオセラピア株式会社よりPT0101開発抗体が提供されます。
参考URL
島津 研三教授 研究者総覧
http://www.onsurg.med.osaka-u.ac.jp/greeting.html
用語説明
- 抗がん剤抵抗性
がん細胞が抗がん剤に対して耐性を持ち、治療の効果が減少または消失する現象を指す。
- 上皮間葉転換
もともと動かない性質を持つ上皮細胞が、動きやすい細胞(線維芽細胞などの間葉系細胞)へと変化する現象。この変化により、細胞同士のつながりが弱まり、周囲の組織へ移動しやすくなり、例えば、傷が治るときやがん細胞が転移するときに、この現象が関わっている
- 選択的スプライシング
1つの遺伝子から異なるmRNAを作り出す仕組みのこと。これにより、同じ遺伝子から複数のタンパク質が作られるため、遺伝子の情報を効率的に使い、多様なタンパク質を生み出すことができる。