血液の抗酸化システムを支えるセレノプロテインの新たな知見

血液の抗酸化システムを支えるセレノプロテインの新たな知見

加齢性造血のさらなる病態理解に期待

2025-2-3生命科学・医学系
生命機能研究科教授井上大地

研究成果のポイント

  • 抗酸化タンパク質であるセレノプロテイン群過酸化脂質蓄積の抑制を介して造血幹細胞の幹細胞性の維持とBリンパ球の分化成熟に重要な役割を果たすことを見出した。
  • セレノプロテインを合成できないモデルマウスは加齢性造血(加齢とともに造血機能が低下する現象)の特徴を示したことから、加齢性造血と酸化ストレス制御機構との関連性について生体レベルで明らかになった。
  • 過酸化脂質が蓄積したB前駆細胞はミエロイド系列への分化スイッチをきたす一方で、食餌によりB細胞減少が改善されることを解明。加齢性造血や分化機構に新たな視点を与える成果といえる。

概要

大阪大学大学院医学系研究科 井上大地教授、山嵜博未助教(がん病理学/神戸医療産業都市推進機構)、京都大学大学院医学研究科 青山有美さん(大学院生/血液内科学/神戸医療産業都市推進機構)らの研究グループは、京都大学大学院医学研究科の高折晃史教授、東京理科大学生命医科学研究所の伊川友活教授らとの共同研究により、抗酸化タンパク質であるセレノプロテイン群が造血幹細胞の幹細胞性の維持とBリンパ球の成熟において重要な抗酸化機構を担い、造血系の老化形質を抑制していることを見出しました(図1)。

これまでに、加齢に伴い造血幹細胞の機能が低下することや、Bリンパ球が減少することが報告されていますが、セレノプロテイン群など生体防御としての抗酸化システムの役割については十分に解明されていませんでした。

今回、研究グループは造血系におけるセレノプロテイン合成破綻モデルの詳細な解析により、加齢に伴う変化や細胞の酸化ストレスへの感受性の違い、それらの薬剤や食餌による制御の可能性など、セレノプロテイン群を軸とした病態理解を飛躍的に高めました。これらの成果は、加齢性造血の病態理解にとどまらず、老化バイオマーカー、血液若返り、腫瘍性造血への治療介入、あらゆる臓器の加齢性変化の描出につながるものと期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Blood」(オンライン)に、2月1日(土)0時(日本時間)に公開されました。

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図1. セレノプロテイン合成破綻モデルは加齢性造血を再現(Created with BioRender.com)

研究の背景

わたしたちの骨髄では、造血幹細胞を頂点として、各前駆細胞を経て成熟血液細胞がバランスよく産生され恒常性が維持されています。しかし、高齢者では、造血幹細胞の機能低下や分化の偏りによるBリンパ球の減少が生じることが知られています。生体は常に酸化ストレスに晒されており、複数の抗酸化防御機構が存在します。加齢に伴うそれらの破綻により、造血幹細胞に活性酸素種や過酸化脂質が蓄積することが近年の報告から示されてきましたが、酸化ストレス制御機構が血液細胞の運命制御および加齢性造血に果たす役割については十分には解明されてきませんでした。

研究の内容

研究グループでは、まず、高齢者と若年者の造血幹細胞を比較し、抗酸化タンパク質群であるセレノプロテイン群およびその合成酵素の遺伝子発現が高齢者において低下していることを見出しました。セレノプロテイン群は「21番目のアミノ酸」と呼ばれるセレノシステイン(Sec)を有するタンパク質群であり、ヒトにはGPX4など25種類存在します。セレノシステインは終止コドンとなるはずのUGAでコードされ、その特殊な翻訳にはセレノシステインtRNAを必要とします(図2)。そこで、セレノプロテイン群の造血制御における役割および加齢性造血への寄与について明らかにすることを目的として、造血細胞特異的にセレノシステインtRNA遺伝子をコードするTrsp遺伝子を欠失させたセレノプロテイン合成破綻モデルを用いて血液細胞の詳細な解析を行いました。

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図2.セレノプロテインは特殊な翻訳システムにより合成される。セレノシステイン(Sec)は終止コドンとなるはずのUGAでコードされ、その翻訳にはセレノシステインtRNAを必要とする。セレノシステインtRNA遺伝子をコードするTrsp遺伝子欠失によりセレノプロテインは合成破綻をきたす。(Created with BioRender.com)

まず、Trsp欠失マウスの血液細胞ではセレノプロテイン群の顕著な発現低下を認め、モデルマウスとしての妥当性を確認しました。同マウスでは、造血幹細胞の幹細胞性や移植後造血再構築能の低下、Bリンパ球や赤血球の成熟障害といった加齢性変化を再現していました。また、Trsp欠失造血幹細胞やB前駆細胞は若齢マウスにもかかわらず、老化血液細胞に類似した遺伝子発現パターンを示すことを見出しました。

さらに、Trsp欠失造血幹細胞を体外培養すると、過酸化脂質の蓄積を伴い速やかな細胞死を生じることを明らかにしました。代表的なセレノプロテインであるGPX4は、過酸化脂質の蓄積によって誘導される鉄依存性の細胞死「フェロトーシス」を強力に抑制することが知られています。実際に、Trsp欠失造血幹細胞で観察される細胞死はビタミンEやFerrostatin-1などのフェロトーシス阻害剤の添加により回避されました。また、Trsp欠失マウスは加齢やビタミンE欠乏飼料により、過酸化脂質の蓄積を伴いBリンパ球成熟障害が加速すること、対照的に、ビタミンE過剰飼料の投与により改善することを見出しました。これらの結果から、セレノプロテイン群が過酸化脂質蓄積の抑制を介して造血幹細胞の維持とBリンパ球の成熟に寄与することが明らかになりました。

興味深いことに、Trsp欠失B前駆細胞は好中球関連遺伝子の異所性発現を認め、対照的にBリンパ球関連遺伝子の発現低下やpro-B細胞以降の成熟障害を示しました。Trsp欠失マウス由来のB前駆細胞由来を野生型マウスに移植して分化運命を観察すると、驚くべきことに形態・機能とも好中球に類似した細胞が生じました。これらのことから、過酸化脂質が蓄積したTrsp欠失B前駆細胞は、正常な分化経路を辿れず、異系統であるミエロイド系列への分化スイッチを起こすことが示唆されました(図3)。

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図3. Trsp欠失B前駆細胞を用いた移植実験。CD45.2陽性コントロールマウスもしくはTrsp欠失マウスのB前駆細胞をCD45.1陽性野生型マウスに移植し1か月後に骨髄中のCD45.2陽性細胞の表面マーカーを解析した。Trsp欠失マウス由来の細胞では、Bリンパ球マーカー陽性細胞が減少し、骨髄球系マーカー陽性細胞の出現がみられた。(Created with BioRender.com)

さらに、野生型老齢マウス由来のB前駆細胞を用いた移植実験においても、同様のBからミエロイド系列への分化スイッチが観察されました。

このように、幹細胞性の顕著な障害、内因的なB細胞減少、ミエロイド系列への分化スイッチ、セレノプロテイン合成経路の抑制、脂質過酸化およびフェロトーシスへの脆弱な防御機構といった観点から、Trsp欠失マウスは生理的老化と造血形質において少なからぬ共通点を持つことを見出しました。加齢性形質の全てがセレノプロテイン合成経路の破綻で説明できるわけではありませんが、脂質過酸化の抑制やセレノプロテインを介した抗酸化システムが若年者の健康な造血を維持する上で不可欠であることを初めて証明した研究といえます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、セレノプロテインをはじめとする酸化ストレス制御機構の観点から、加齢性造血のさらなる病態理解が深まることが見込まれます。今後、ヒトや生体モデルでの検証がさらに進むにつれて、老化バイオマーカー、血液若返り、骨髄異形成症候群急性骨髄性白血病など腫瘍性造血への新たな治療介入、あらゆる臓器の加齢性変化の描出につながっていくものと予想されます。その一方で、本研究は(1)どのセレノプロテインが、(2)どの細胞背景で、(3)どのように効いているのか、という本質的な問いを投げかける研究ともいえます。臨床医学としての加齢医学、血液内科学にとどまらず、腫瘍生物学、実験動物学、生化学の観点からもさらなる研究の進展が今後期待されます。

特記事項

本研究成果は、2025年2月1日(土)0時(日本時間)に米国科学誌「Blood」(オンライン)に掲載されました。

タイトル: “Selenoprotein-Mediated Redox Regulation Shapes the Cell Fate of HSCs and Mature Lineages”
著者名:Yumi Aoyama1,2,*, Hiromi Yamazaki1,3,*,†, Koutarou Nishimura1,3, Masaki Nomura1,4, Tsukasa Shigehiro5, Takafumi Suzuki6, Weijia Zang1,2, Yota Tatara7, Hiromi Ito1, Yasutaka Hayashi1,8, Yui Koike1, Miki Fukumoto1, Atsushi Tanaka1,9, Yifan Zhang1,2, Wataru Saika1,10, Chihiro Hasegawa1,11, Shuya Kasai7, Yingyi Kong12, Yohei Minakuchi13, Ken Itoh7, Masayuki Yamamoto6,14, Shinya Toyokuni12,15, Atsushi Toyoda13, Tomokatsu Ikawa5, Akifumi Takaori-Kondo2, Daichi Inoue1,2,3,16,†.(*同等の寄与、†責任著者)
所属:
1. 公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構 先端医療研究センター 血液・腫瘍研究部
2. 京都大学大学院医学研究科 血液内科学
3. 大阪大学大学院医学系研究科 がん病理学
4. 京都大学iPS 細胞研究財団
5. 東京理科大学 生命医科学研究所 免疫アレルギー部門
6. 東北大学大学院医学系研究科/東北メディカル・メガバンク機構 分子医化学分野
7. 弘前大学大学院医学研究科 バイオメディカルリサーチセンター 分子生体防御学講座
8. 東京科学大総合研究院 難治疾患研究所 バイオデータ科学部門  計算システム生物学分野
9. 京都桂病院 血液内科
10. 滋賀医科大学 内科学講座 血液内科
11. 大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学
12. 名古屋大学大学院医学系研究科 病理病態学生体反応病理学
13. 国立遺伝学研究所 ゲノム・進化研究系 比較ゲノム解析研究室
14. 東北大学 未来型医療創成センター
15. 名古屋大学 低温プラズマ科学研究センター
16. 大阪大学 先導的学際研究機構(OTRI)
DOI:https://doi.org/10.1182/blood.2024025402

本研究は、日本学術振興会(JP22J22398, JP22KJ1980, JP21K08432, JP22H04922 (AdAMS), 16H06279 (PAGS), JP23K07824, JP24H00866, JP20H00537, JP23H00430, JP24K21298)、科学技術振興機構(JPMJCR23B7, JPMJCR19H)、日本医療研究開発機構 (AMED) (JP23ama221126, JP24ama221135)、 日本血液学会、米国血液学会、内藤記念科学振興財団、小野医学研究財団、小野薬品がん・免疫・神経研究財団、三菱財団、細胞科学研究財団、、小林がん学術振興会、武田科学振興財団、中外創薬科学財団、がん研究振興財団、 白血病研究基金を育てる会、高松宮妃癌研究基金、持田記念医学薬学振興財団、 MSD生命科学財団、 先進医薬研究振興財団の支援によって行われました。データ解析において東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターのスーパーコンピュータ「SHIROKANE」を利用しました。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 病理学講座がん病理学教室
https://www.med.osaka-u.ac.jp/introduction/research/pathology/cancer

神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センター血液・腫瘍研究部
https://www.fbri-kobe.org/laboratory/research5/

井上大地教授 Researchmap
https://researchmap.jp/nekosuke

用語説明

セレノプロテイン群

微量元素セレンを含むタンパク質の総称。ヒトでは25種類、マウスでは24種類が同定されており、抗酸化作用を担うものがほとんどである。セレンは、「21番目のアミノ酸」と呼ばれるセレノシステイン(Sec)の形でセレノプロテイン中に取り込まれる。セレノプロテインの抗酸化作用は、反応性が高く活性中心であるSecによって発揮される。

過酸化脂質

活性酸素種によって酸化された膜リン脂質。過酸化脂質の蓄積は、フェロトーシスとよばれる鉄依存性細胞死を引き起こす。

造血幹細胞

骨髄の中に存在し、赤血球・白血球(リンパ球や好中球など)・血小板などのあらゆる血球細胞を作り出す大元の細胞。造血幹細胞は、さまざまな細胞に分化する能力(多分化能)と、自らと同じ細胞を複製する能力(自己複製能)をもっており、これらの能力によって持続的に血液を造り出している。

Bリンパ球

体内に侵入した病原体を排除するための抗体を産生することができる免疫細胞であり、体液性免疫を担う。

酸化ストレス

様々な要因で生じた活性酸素種レベルが細胞の抗酸化システムの処理能力を超え、酸化に傾いた状態。DNAやタンパク質、脂質を化学的に酸化修飾して損傷を与え、疾患をもたらす要因となる。

B前駆細胞

造血幹細胞から分化し、抗体産生能力を持つBリンパ球を生み出す前駆細胞。

活性酸素種

酸素分子より活性の高い酸素種であり、過酸化水素やヒドロキシラジカルなどがある。活性酸素種は、細胞内のエネルギー通貨ATPを産生するためのミトコンドリアでの酸素呼吸において絶えず発生しているが、その他の発生源としては、感染、薬剤、喫煙などの外的要因も知られている。

終止コドン

タンパク質の生合成を停止させるために使われているmRNA上の塩基配列。終止コドンは、UAA、UAG、UGAの3つが存在し、通常いずれも対応するアミノ酸とtRNAが存在しないため、翻訳の終結シグナルとしてはたらく。

tRNA

transfer RNA、運搬RNA。約80ヌクレオチドの短いRNA分子であり、翻訳の過程でアミノ酸をリボソームまで運ぶ役割を担う。アミノ酸の種類ごとに対応するtRNAが割り当てられており、mRNA上の遺伝情報(コドン)と結合することで対応するアミノ酸を伸長中のタンパク質へと導入することができる。

骨髄異形成症候群

造血幹細胞における遺伝子変異などが原因で、異常を持つ造血細胞の増殖や造血細胞の形態異常をきたす腫瘍性疾患であり、正常な血液細胞が造られなくなる。高齢者に多く、一部が急性骨髄性白血病に移行する。

急性骨髄性白血病

未熟な造血細胞ががん化した悪性疾患。骨髄芽球とよばれる幼若な細胞に造血の場である骨髄が占拠され、機能的な細胞への分化が抑制されるため、免疫機能の低下、貧血、出血傾向などを呈する。高齢者に多い。