物理現象のデータから保存則を発見するAIを開発

物理現象のデータから保存則を発見するAIを開発

コンピュータ支援工学や物理シミュレーションの高度化に期待

2023-4-27工学系
基礎工学研究科准教授松原 崇

研究成果のポイント

  • 物理現象のデータから保存則を発見する人工知能(AI)アルゴリズムを開発
  • 単に表層的な動きを学習するだけでなく、同時に保存則を発見・保証することで、より長時間に渡り正確な計算機シミュレーションを実現
  • 計算機を用いた工業製品の設計や物理シミュレーションの高速化・高度化に貢献することが期待される

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の松原崇准教授、神戸大学大学院理学研究科の谷口隆晴教授(研究当時システム情報学研究科)らの研究グループは、深層学習(人工ニューラルネットワーク)を用いてデータから物理現象を学習するとともに、その保存則を発見することで、長時間に渡り正確な計算機シミュレーションを可能にする新しい人工知能アルゴリズムを開発しました。

これまでも、データから物理現象を模倣する人工知能技術は盛んに研究されてきました。これらの技術は、未知の現象や複雑な現象を高速に計算機シミュレーションすることで、工業製品の設計や物理シミュレーションに貢献することが期待されています。しかし従来の技術は、対象を表層的に模倣しているだけであるため、長期的にはシミュレーションがうまくいかないことが知られていました(図1中央)。

今回、松原准教授らの研究グループは、エネルギー保存則、運動量保存則、質量保存則といったさまざまな保存則に共通する数学的性質を、人工ニューラルネットワークに組み込むことにより、物理現象のデータからさまざまな保存則を発見する方法を開発しました。また、この方法で学習した機械学習モデルを用いた計算機シミュレーションを行うことで、発見した保存則によって、長期的に安定して正確な結果が得られることを確認しました(図1右)。この成果は、計算機を用いた工業製品の設計や制御、気象や災害の予測に必要な物理シミュレーションなどの高速化・高度化に貢献することが期待されます。

本研究成果は、人工知能に関する国際会議「The Eleventh International Conference on Learning Representations」で、5月3日(水)18時半(日本時間)に発表されました。

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図1. 左から二重振り子の軌跡、通常の人工ニューラルネットワークでの学習結果、本研究で開発された手法による学習結果。通常の人工ニューラルネットワークでは、振り子の長さが一定という法則を発見できず、誤差が蓄積していく。 

研究の背景

人工知能技術である人工ニューラルネットワークを用いて、データから未知の物理現象をモデル化し、その将来的な変化を予測する研究が盛んに行われています。この研究には、気候予報の高解像度化、感染症伝播の予測の高精度化、物理シミュレーションの高速化による機械設計などの効率化などの応用が考えられます。

しかし、単に表層的な予測ではあまり良い精度が出ないことが知られており、近年は特にデータから背後に存在する物理方程式まできちんと学習しようとする研究が、盛んに実施されています。その方法の中には、対象となる物理現象が持つ「保存則」に注目したものがあります。エネルギー保存則、運動量保存則以外にも、物理的な制約(ホロノミック制約)による「保存則」などが存在します。保存則は、ある量が時間を経ても変化しないことを意味しています。そのため、保存則が発見できれば、超長期的な現象の予測が高精度に行えます。しかし、一般にデータから学習したい対象は未知の物理現象であるため、どの種類の保存則があるか分からず、このような方法は使えません。そこで、データから自動的にどのような保存則があるか発見し、それを用いてシミュレーションを行う技術が求められていました。

研究の内容

研究グループでは、データから任意の種類の保存則を発見し、それを満たすような計算機シミュレーションを可能にする手法を開発しました。これは、計算機シミュレーションで既知の保存則を満たすために従来用いられてきた射影法と離散勾配法というテクニックを、人工ニューラルネットワークに応用することで実現しました。計算機シミュレーション実験において、エネルギー保存則、運動量保存則、質量保存則、ホロノミック制約、キルヒホッフの法則といったさまざまな保存則を同一の手法で発見できることを示しました。また発見された保存則を数式に変換すると、実際に運動量の方程式と一致することを確認しました。このことは、計算機シミュレーションの高度化だけでなく、未知の物理法則を数式として発見するという自然科学的な貢献ができる可能性があることを示唆しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、計算機シミュレーションを用いた工学分野、自然科学及び医学分野における物理シミュレーションの高速化・高度化が期待され、工業製品の設計の効率化や制御の改善、気象や災害の予測精度の向上などにつながる可能性があります。また物理法則の発見といった自然科学への貢献も期待されます。

特記事項

人工知能に関する国際会議「The Eleventh International Conference on Learning Representations」に、5月3日(水)18時半(日本時間)に発表されました。

タイトル:“FINDE: Neural Differential Equations for Finding and Preserving Invariant Quantities”
著者名:Takashi Matsubara, and Takaharu Yaguchi

なお、本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR21C7)、CREST(JPMJCR1914)、JSPS 科学研究費助成事業(19K20344、20K11693) の一環として行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

深層学習(人工ニューラルネットワーク)

データから対象が持つ入出力関係を学習し、それを模倣する機械学習アルゴリズムであり、人工知能を実現する手段の一つです。単純な計算の膨大な組み合わせでできており、十分なデータさえあれば理論上あらゆる現象を模倣できますが、実際にはデータ量の限界があるため、学習に際してさまざまな工夫が必要になります。

保存則

物理現象は対象の状態(位置・速度・物質の量など)が時間的に変化していきますが、その時に変化しない要素があります。このようにある要素が変化しない性質を保存則と言います。例えば、エネルギー、運動量、物質の総質量などでそれぞれ、エネルギー保存則、運動量保存則、質量保存則と呼ばれます。その他にも、ロボットの手の位置が腕の長さに制約されるようなホロノミック制約、電気回路の接点に流れる電流や閉路にかかる電圧の和がゼロとなるキルヒホッフの法則など、さまざまな制約からも保存則は生まれます。

射影法と離散勾配法

射影法は、計算機シミュレーションの予測結果が誤差によって保存則を破ってしまうときに、強制的に保存則を満たす状態に戻す(射影する)方法です。離散勾配法は、物理の方程式を最初から計算機シミュレーションに適した形に変更しておくことで、保存則を破るような誤差が生じないように未来の状態を予測する方法です。