室温で異方性ホール効果を示す新物質の発見

室温で異方性ホール効果を示す新物質の発見

世界で初めて2次元/1次元ハイブリッド超格子を実現

2022-9-1工学系
産業科学研究所教授末永和知

お読みいただく前に

今回の研究成果は、物質の構造についてのお話です。

原子が格子状に規則正しく並んだ物質を、とくに結晶とよびます。2種類以上の結晶格子が、これまた規則的に並ぶと、“結晶格子の格子”ができるので、これを超格子といいます。たとえば江崎玲於奈博士による半導体超格子は、2種類の半導体格子を周期的に積み上げて新しい性能を生み出しました。

今回我々は、最近注目されている薄膜状の2次元物質(遷移金属カルコゲナイド)の間に、鎖状の1次元物質を規則的に配列させることに成功しました。これは2次元物質と1次元物質のハイブリッド超格子でおそらく世界的にも他には例がありません。この新物質は室温で異常なホール効果を示しました。この性質は2次元/1次元ハイブリッド超格子特有のものとみられ、今後は低電力デバイスへの応用などに期待できそうです。

研究成果のポイント

  • 380K(107℃)まで面内異方性ホール効果を示す新しいタイプのバナジウム系2次元/1次元ハイブリッド超格子を発見した。
  • 従来の超格子は、例えば2次元超格子など同じ次元の物質同士で形成されていたが、今回は2次元物質と1次元物質を組み合わせた超格子(ハイブリッド超格子)を初めて実現した。
  • 今回、室温で安定に見出された異方性ホール効果は低電力デバイスの実現に大いに貢献する。今後、これまでにない異次元超格子を創成すれば、その特異な周期性・異方性に起因するさまざまな新機能発現につながる可能性がある。

概要

大阪大学産業科学研究所の林永昌招へい准教授、末永和知教授らの研究グループは、シンガポール南洋理工大学、北京大学などと国際共同研究を行い、全く新しいバナジウム系2次元(2D)/1次元(1D)ハイブリッド格子構造を合成することに成功しました。特殊な走査型透過電子顕微鏡を用いてその特異なハイブリッド超格子構造を解明し、この新物質が380Kの高温でも予想外の面内異方性ホール効果を示すことを明らかにしました(図1)。

従来の超格子は半導体超格子に代表されるように、同次元の物質同士で形成されていました。2次元物質(膜状)と1次元物質(鎖状)を組み合わせた周期的な積層構造を持つ異次元ハイブリッド超格子は実現されていませんでした。

シンガポール南洋理工大のZheng Liu教授とJiadong Zhou教授らの研究グループは、化学気相成長法により2次元VS2薄膜と、その3倍の格子周期を持つ1次元VS鎖配列が積み重なった超格子を合成しました(図1c)。末永教授らの研究グループは、独自に開発した走査型透過電子顕微鏡を用いて、この新規ハイブリッド超格子の原子構造解析と電子状態分析を行いました(図1b)。ホール効果の測定(図1a)は、北京大学Xiaosong Wu教授の研究グループが行いました。

本研究成果は、英国科学誌「Nature」に、9月1日(木)午前0時(日本時間)に公開されました。

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図1. 異方性ホール効果を示す新しい超格子構造を発見。(a) 異方性ホール効果、(b) 2D-VS2/1D-VS超格子構造の走査透過電子顕微鏡(STEM)による断面像。(c) 2D/1Dハイブリッド超格子のモデル図。

研究の背景

1920年代から、2種類以上の異なる物質を交互に積み重ねると、元の物質とは異なる性質を持つ複合材料が得られる可能性が指摘されてきました。エピタキシャル成膜法の進歩により、1層あたりの厚さが数原子から数ナノメートルの超格子材料が実現され、ナノスケールによる量子効果で超格子物質は新しい性質を持つことが江崎玲於奈博士らによって実験的にも示されていました。近年、単原子層からなる2次元材料(グラフェン、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)など)を人工的に積み重ねることで、異なる超格子構造を形成できるようになりました。ただしこれらの手法は、同じ次元の材料(例えば2次元物質同士)を積み重ねて超格子を形成することに限定されていました。

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図2. (a)異なる2次元物質から構成される従来の超格子構造模型。(b)新しく発見された2次元物質(膜状)と1次元物質(鎖状)からなる超格子構造模型。

今回行われた共同研究では、シンガポール南洋理工大のZheng Liu教授らのグループが五酸化バナジウム(V2O5)とヨウ化カリウム(KI)を混合し、化学気相成長法を用いて硫黄ガス流量を低く、かつ反応温度を高く(750〜800℃)調節した場合、針状薄片が成長することを確認しました(図3a)。この針状物質は、通常の化学気相成長法による均質な多角形の物質(図3b)とは異なるものでした。

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図3. 成長条件を変えて化学気相成長させたV(バナジウム)系TMDCの光学顕微鏡像。(a)低硫黄ガス流量による針状物質の成長。(b)高硫黄ガス流量によるによる均一な薄膜成長。

この針状のV(バナジウム)系TMDCは、水・酸素・酸・塩基に敏感で劣化しやすいため、この物質の構造解析は非常に困難でした。林永昌招へい准教授は、溶媒や水、薬品への曝露を最小限に抑え、試料の構造を壊さずにそのまま観察することに成功し、末永教授らが開発した超高真空低加速電圧走査型透過電子顕微鏡(日本電子社製トリプルC3-STEM)を利用することで、針状物質の原子配列を明らかにしました。それによると、この新物質は2次元構造を持つVS2膜と1次元構造を持つVS鎖が積み重なった超格子を形成しており、前例のないハイブリッド構造を持つことがわかりました。図4aと図4bに、対応する原子モデルの上面図と断面図を示します。1次元VSの並列周期は、2次元VS2単位胞のちょうど3倍です。図4cは、2層のVS2で1層のVS鎖を挟んだ上面からのSTEM像とシミュレーション像です。コントラストが明るく見えるのが周期的なVS鎖の配列に対応します。電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いた状態分析を行って、VS2膜とVS鎖それぞれのバナジウム(V)原子の電子状態を調べたところ、VS鎖のV原子のL端のエネルギー損失吸収端微細構造はVS2構造のそれよりも赤方偏移を示し、VS鎖のV原子の価数(2+)はVS2膜のV原子の価数(4+)と異なることが明らかになりました。すなわち2次元膜中のV原子と1次元膜中のV原子は異なる電子状態・スピン状態を持つことがわかりました。

図4. (a) VS2-VS超格子の積層構造を上から見たところ。赤と黄色のボールはV原子とS原子を表す。(b) VS2-VS超格子の側面から見た原子モデル。緑の四角形は超格子の単位セル。(c,d)2次元膜/1次元鎖/2次元膜(VS2/VS/VS2)と2次元膜/1次元鎖/2次元膜/1次元鎖/2次元膜(VS2/VS/VS2/VS/VS2)超格子構造から得られた実際のSTEM像とシミュレーション像。 (e) V原子のL吸収端のエネルギー損失吸収端微細構造。

この電子状態の異なる1次元VS配列の存在により、ハイブリッド超格子は面内でも異方的な磁気抵抗効果を示すことが示唆されました。結果として、磁場(B)がVS鎖方向に平行(y方向)または垂直(x方向)な場合、ホール抵抗(ρxy)の挙動が大きく変化し、従来とは異なる面内ホール効果が生じます(図5a)。面内ホール効果は380K(107℃)まで持続し(図5b)、これは他のTMDCよりも高い温度であり、ハイブリッド超格子を利用した低電力デバイスの実現に可能性を拓くものです。

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図5. (a) 異方性ホール効果。(b) 異なる温度での面内ホール効果。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、従来の超格子材料に「異なる次元性の組み合わせ」という新たな可能性を付加する成果です。これを機に、これまでにない異次元超格子を創成すれば、その特異な周期性・異方性に起因する新機能発現につながる可能性があります。例えば今回、室温で安定に見出された異方性ホール効果は低電力デバイスの実現に大きく寄与します。またハイブリッド超格子中に存在する1次元ナノ空隙は、さまざまな物質を高密度に内包できると考えられるため、ストレージ材料やセンサーデバイスなどに応用できます。さまざまな2次元物質(膜状)と1次元物質(鎖状)を自在に組み合わせることができれば、新規の物理的・化学的性質が期待されるため、ナノサイエンス・ナノテクノロジー分野にもたらす貢献は大きいと期待します。

特記事項

本研究成果は、2022年9月1日(木)午前0時(日本時間)に英国科学誌「Nature」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Heterodimensional superlattice with room temperature anomalous Hall effect”
著者名:Jiadong Zhou, Wenjie Zhang, Yung-Chang Lin, Jin Cao, Yao Zhou, Wei Jiang, Huifang Du, Bijun Tang, Jia Shi, Bingyan Jiang, Xun Cao, Bo Lin, Qundong Fu, Chao Zhu, Wei Guo, Yizhong Huang, Yuan Yao, Stuart S. P. Parkin, Jianhui Zhou, Yanfeng Gao, Yeliang Wang, Yanglong Hou, Yugui Yao, Kazu Suenaga, Xiaosong Wu, and Zheng Liu

なお、本研究は、JST戦略的創造研究推進事業CREST「原子・分子の自在配列・配向技術と分子システム機能」(研究総括・君塚信夫(JPMJCR20B1))、科学研究費補助事業・学術変革領域研究(A)「2.5次元物質科学:社会変革に向けた物質科学のパラダイムシフト」(領域代表・吾郷浩樹)の一環として行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 04 質の高い教育をみんなに
  • 08 働きがいも経済成長も
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

ホール効果

電流の流れているものに対し、電流に垂直に磁場をかけると、電流と磁場の両方に直交する方向に起電力が現れる現象。

超格子

複数の種類の結晶格子の重ね合わせにより、その周期構造が基本単位格子より長くなった結晶格子。

走査型透過電子顕微鏡

透過型電子顕微鏡の1つ。集束レンズによって細く絞った電子線プローブを試料上で走査し、各々の点での透過電子を検出することで像を得ます。

化学気相成長法

気相中での制御された化学反応によって基板表面に固体材料の薄膜をエピタキシャルに堆積する方法。

電子エネルギー損失分光法(EELS)

入射電子が試料物質との相互作用によりエネルギーを失った非弾性散乱電子を分光することで、試料の元素組成や化学結合状態を解析する手法。

エネルギー損失吸収端微細構造

高エネルギー損失領域においては内殻電子励起の吸収端微細構造を解析することで、試料の電子状態の情報が得られます。

磁気抵抗効果

試料に磁場を印加した時に(例えば磁石を近づけた時に)、試料の電気抵抗が変化する(電気の流れ易さが変わる)現象。