百日咳の咳発作発症メカニズムを解明

百日咳の咳発作発症メカニズムを解明

2022-3-31生命科学・医学系
微生物病研究所教授堀口安彦

研究成果のポイント

  • これまで全く不明であった百日咳の咳発作発症メカニズムを解明するために、百日咳の咳発作を再現するマウス咳発症モデルを確立した。
  • 百日咳菌の産生する3種類の病原因子が宿主のブラジキニン−TRPV1経路を活性化することで咳発作を誘発することを発見した。
  • 百日咳は、百日咳菌(Bordetella pertussis)がヒトの気道に感染することによって起こる、特徴的な咳発作を伴う呼吸器感染症です。国立感染症研究所によると、2018、2019年には1万人以上の患者が報告されています。
  • 本成果により、百日咳の咳発症メカニズムに基づいた咳発作抑制法の開発に繋がることが期待される。

概要

大阪大学微生物病研究所の平松征洋助教、堀口安彦教授(感染症総合教育研究拠点兼任)らの研究グループは、百日咳の咳発作発症メカニズムを世界で初めて明らかにしました。本研究グループは、百日咳における咳発作には百日咳菌の産生する3種類の病原因子が関与することを突き止め、これらの因子が宿主のブラジキニン産生を増強し、TRPV1の興奮感受性を高めることで咳発作が容易に起こる状態を作り出していることを発見しました。百日咳の咳発作発症メカニズムが解明されたことで、その知見に基づいて、患者に多大な負担を掛ける咳発作の抑制法が開発されると期待されます。本研究成果は、米国科学誌「mBio」オンライン版に3月31日(木)23時(日本時間)に公開されました。

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図. 百日咳の咳発作発症メカニズム

研究の背景

百日咳は、百日咳菌(Bordetella pertussis)がヒトの気道に感染することによって起こる、特徴的な咳発作を伴う呼吸器感染症です。患者は、感冒症状を呈するカタル期から顕著な咳が見られる痙咳期を経て多くは回復期を迎えますが、乳幼児の重篤例では咳発作によるチアノーゼ、呼吸停止を起こし、最悪の場合には死に至ります。百日咳は1950年代に始まるワクチンの開発・普及によって制御されていましたが、近年では、ワクチンが広く普及した先進国においても乳幼児期に接種したワクチン効果の減弱した成人層の感染やワクチン成分と抗原性の異なる抗原変異株の出現などで患者数が増加しており、いわゆる再興感染症の一つに挙げられています。日本国内でも、これまでの百日咳の発生動向調査が指定医療機関(小児科)の定点把握であったところ、近年の患者数の増加傾向を鑑みて、2018年からは成人を含む全数把握疾患に指定されています。国立感染症研究所によると、2018、2019年には1万人以上の患者が報告されています。

百日咳の治療にはマクロライド系抗生物質が第一選択薬として菌の排除に使用されますが、典型的な咳発作が認められてからの咳に対する改善効果は低く、一般的に呼吸障害を改善するその他の療法(鎮咳剤、吸入ステロイドなど)にも、百日咳に効果を期待できるものはありません。そのため、発症後の咳発作に有効な治療薬が望まれていますが、百日咳の咳発症メカニズムが不明であるために、最も効果の期待できる原因療法に繋がる研究は全く進んでいませんでした。さらに、我が国を含む世界各国でマクロライド耐性百日咳菌の分離が報告され、米国疾病予防センター(CDC)が本菌の薬剤耐性化を潜在的脅威として注意を喚起していることもあり、百日咳に対する原因療法の開発は急務の課題とされています。

研究の内容

百日咳の咳発作に関する研究が進まない原因として、百日咳菌がヒトのみを宿主とするために、百日咳の咳発作を再現する汎用性の高い動物モデルが確立できていない点が挙げられます。そこで、本研究では、百日咳の咳発作を再現する実験小動物モデルの確立に着手し、C57BL/6マウスに大量の百日咳菌を感染させることで、再現よく咳発作を起こすことを発見しました。さらに、百日咳菌の感染だけでなく、菌体破砕液の経鼻投与によってもマウスの咳発作が誘発されたことから、このモデルを用いることで、菌の感染効率とは独立して百日咳の咳発作を解析することが可能となりました。

このマウス咳発症モデルを用いて、百日咳菌の菌体破砕液中に含まれる咳誘発因子の同定を試みた結果、本菌の産生するリポオリゴサッカライド(LOS)Vag8百日咳毒素が協調して咳発作を引き起こすことを突き止めました。

上記3種類の病原因子がどのようにして咳発作を引き起こすか解析したところ、LOSはtoll様受容体4(TLR4)を介して炎症性メディエーターであるブラジキニンの感染局所での濃度を増加させ、Vag8はブラジキニンの生成系路の抑制因子であるC1インヒビターを阻害することによりブラジキニンの生成レベルを高めていました。ブラジキニンは咳発作を誘発するTRPV1の興奮感受性を増大させることが知られていますが、百日咳毒素は、TRPV1の感受性を負に制御するGiタンパク質の機能を遮断することでTRPV1の興奮性をさらに高め、咳発作が容易に起こる状態を作り出していることが分かりました。また、咳発症メカニズムを明らかにする過程で、ブラジキニンの受容体とTRPV1のアンタゴニスト(拮抗薬)が百日咳の咳発作を抑制することが分かったため、ブラジキニン−TRPV1経路の阻害が咳発作の治療に繋がることも示されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

これまで百日咳の咳発作発症メカニズムが不明であったために、本症の病状の緩和には対症療法で処置せざるを得ない状態が続いており、原因療法の開発が望まれていました。上述のように、百日咳における咳発症メカニズムが解明されたことで、その知見に基づいた咳発作抑制法の開発に繋がることが期待されます。

特記事項

本研究成果は米国科学誌mBioオンライン版に3月31日(木)23時(日本時間)に公開されました。

タイトル:“The mechanism of pertussis cough revealed by the mouse-coughing model”
著者名:Yukihiro Hiramatsu, Koichiro Suzuki, Takashi Nishida, Naoki Onoda, Takashi Satoh, Shizuo Akira, Masahito Ikawa, Hiroko Ikeda, Junzo Kamei, Sandra Derouiche, Makoto Tominaga, Yasuhiko Horiguchi

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の支援を受け、大阪大学、生理学研究所、星薬科大学の共同研究チームによって実施されました。

参考URL

微生物病研究所分子細菌学分野
http://www.biken.osaka-u.ac.jp/laboratories/detail/1

用語説明

ブラジキニン

炎症性メディエーターの一種で、9個のアミノ酸から構成されている。血漿や組織で産生され、特異受容体を介して血管拡張、浮腫、痛みなどの原因となることがわかっている。

TPRV1

2021年ノーベル医学生理学賞の対象となったTransient Receptor Potential(TRP)の一種であり、温度・化学刺激センサーとして知られている。また、近年では、咳反射経路にも関与することが報告されている。

C57BL/6マウス

BALB/cマウスとともに世界的に広く使用されるマウス系統。

リポオリゴサッカライド(LOS)

一般のグラム陰性細菌の産生するリポポリサッカライド(LPS)に相当する百日咳菌の糖脂質であり、内毒素(エンドトキシン)とも呼ばれる。

Vag8

百日咳菌の産生する病原性関連遺伝子(virulence-associated gene)の一つとして同定された。宿主のC1インヒビターに結合し、その機能を阻害することが最近報告された。

百日咳毒素

標的細胞の三量体GTP結合タンパク質のGiタンパク質(サブユニット)を不活性化することで、Giを介した細胞内情報伝達経路を遮断する。これまで、百日咳においては白血球増多症、ヒスタミン増感などの諸症状に関係することが知られていた。

toll様受容体4(TLR4)

LOS(LPS)の構成成分であるリピドAを認識する受容体。自然免疫の発動に関与する。

C1インヒビター

ブラジキニンの生成過程であるカリクレイン−キニン系を負に制御する因子。第XIIa因子や血漿カリクレインの作用を阻害することでブラジキニンの生成を抑制している。

Giタンパク質

種々の細胞内情報伝達系路のスイッチの役割を果たす三量体GTP(グアノシン三リン酸)結合タンパク質に存在する成分(サブユニット)。Giタンパク質(サブユニット)は細胞内のアデニル酸サイクラーゼを抑制する(Giのiは”inhibitory”の頭文字)ことが知られている。