感染やワクチンにおける免疫記憶に必須な B細胞シグナル因子を発見

感染やワクチンにおける免疫記憶に必須な B細胞シグナル因子を発見

2021-12-16生命科学・医学系
免疫学フロンティア研究センター招へい教授チョバン ジェヴァイア

研究成果のポイント

  • 感染症やワクチンで抗体をつくるB細胞が免疫を長期にわたって記憶するために必須の分子とそのメカニズムを解明しました。
  • B細胞の抗体応答の抗原特異性や長期記憶を司る胚中心B細胞の形成において、細胞内シグナル分子である「TBK1」が必須であることをマラリア感染とワクチン免疫の動物モデルで証明しました。
  • 免疫記憶の理解が深化し、マラリアなどの感染症の治療薬開発、ワクチン開発研究におけるB細胞(抗体)応答の免疫記憶増強などによる技術向上への貢献が期待されます。

概要

東京大学医科学研究所のリー ミシェル(LEE, Michelle)特任助教、チョバン ジェヴァイア(COBAN, Cevayir)教授(大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授 兼任)らは、同研究所のチームや大阪大学、オックスフォード大学などとの共同研究にて、抗体をつくるB細胞が免疫を記憶するために必須の分子を同定し、マラリア感染の防御やワクチンの効果に重要な役割を担うことを動物モデルで証明しました。

感染やワクチンの免疫は「二度なし」すなわち一度免疫がつくと長期に記憶されることが知られています。この長期記憶は、治療薬やワクチン開発の鍵を握っています。しかしその詳細なメカニズムは不明なことが多く、免疫学に残された最大の謎の一つでした。

リー特任助教、チョバン教授らの研究チームは、抗体を産生するB細胞とその成熟と記憶の形成の鍵を握るとされるリンパ組織の濾胞(ろほう)を詳細に解析し、自然免疫などに関わる細胞内シグナル因子として知られているTank Binding Kinase-1(TBK1)が、マラリア感染においてリンパ組織内に存在する胚中心B細胞のみで強く活性化されていることを発見しました。

そこでB細胞のみにTBK1遺伝子を欠損したマウスを作成し、マラリア原虫を感染させたところ、リンパ組織内に存在するマラリア原虫に特異的な胚中心B細胞が誘導されず、再度のマラリア原虫感染で死亡してしまい、免疫記憶ができなくなっていました。同様の現象がワクチンの実験モデルでも示され、胚中心B細胞のTBK1がB細胞の免疫記憶にも重要であることを世界で初めて証明しました。

これらの結果は、マラリアなどの感染症やワクチンの研究で重要な免疫記憶の謎に迫る知見であり、今後の治療薬やワクチン開発にも貢献すると期待されます。

本研究成果は、米国東部時間2021年12月15日(水)、米国の国際医科学雑誌「Journal of Experimental Medicine」オンライン版に公開されました。

研究の背景

感染やワクチンの免疫は「二度なし」すなわち一度免疫がつくと長期に記憶されることが知られています。新型コロナウイルスによるパンデミックにおいては、感染症に対する生体の応答、特に抗体をつくるB細胞やその反応がどのくらい続くかといった免疫の記憶に関する研究に注目が集まっています。しかし、B細胞の抗体応答における免疫記憶のメカニズムには不明な点が多く、現代免疫学に残された最大の謎ともいえます。

また世界で毎年数十万人の子供たちが命を落とすマラリア感染症は未だに有効なワクチンがなく、感染を繰り返す感染症ですが、有効な免疫を誘導するメカニズムや免疫記憶をマラリア感染が回避する機序など、不明な点が多くさらなる解明が求められています。

研究チームは、マウスのマラリア原虫感染モデルにおいて自然免疫反応で重要なTBK1というシグナル分子の役割を解明することを目的に今回の研究を開始しました。TBK1は抗ウイルス免疫における自然免疫反応に重要なシグナル因子として知られていましたが、感染やワクチン接種後の抗体応答を司るB細胞ではその役割が不明で、過去の論文でワクチン接種後にB細胞のTBK1遺伝子の発現が上昇しているといった報告はありましたが、その詳細な機能含めTBK1のB細胞、特に免疫の記憶を司るリンパ組織に存在する胚中心B細胞における免疫記憶での役割は明らかにされていませんでした。

そこで東京大学医科学研究所マラリア免疫学分野のリー特任助教とチョバン教授は、同研究所の石井健教授、井上純一郎特任教授、津本浩平教授(工学部兼任)らのチームと大阪大学免疫学フロンティア研究センターの黒崎知博特任教授(常勤)、審良静男特任教授(常勤)、坂口志文特任教授(常勤)らのグループ、英国オックスフォード大学のA. Katharina Simon教授らのグループとの共同研究を進め、いくつかの重要な知見を見出しました。

研究の内容

まず、研究チームはマウスを用いたマラリア原虫感染モデルにおいて、感染後にリンパ節に形成される濾胞構造に注目しました。濾胞形成には胚中心B細胞が重要な役割を果たしますが、濾胞内の胚中心B細胞でのみTBK1が強くリン酸化され、活性化されていることが判明しました。

次に、TBK1の機能を生体で詳細に解析するため、B細胞のみでTBK1を欠損したマウスを作成し、マラリア原虫を感染させたところ、初期の抗体反応は正常だったにもかかわらず、リンパ組織の濾胞内の胚中心B細胞が顕著に減少していることを発見しました。非致死性のマラリア原虫の再度の感染でマウスが死亡してしまうことからB細胞特異的なTBK1欠損マウスでは、B細胞の免疫記憶が欠如していることが証明されました。

これらの結果を解析したところ、興味深いデータが得られました。まず、B細胞のみでTBK1を欠損させたマウスではB細胞のホメオスターシス(恒常性)、すなわち通常のB細胞の発生、分化には異常がなく、血中の抗体量も野生型と同等でした。一方で、B細胞のTBK1の欠損マウスではリンパ組織の濾胞内の胚中心B細胞が通常より強く活性化されており、抗原からのシグナル(B細胞受容体BCR)や副刺激(CD40)によるRelB、IRF4、Mycといったシグナル分子の発現が上昇していました。これはTBK1が濾胞B細胞において抑制的に働くことによって濾胞B細胞の増殖、分化、成熟のバランスをとるために重要な役割を担っていることを示しています(図)。

さらにワクチン接種のモデルで誘導される抗体産生や胚中心B細胞の分化、成熟においてもB細胞内のTBK1が必須であることも示し、TBK1の胚中心B細胞の分化、成熟による免疫記憶の形成維持の機能はマラリア感染のみの特異的なものではなく、一般化されうることも示しました。

20211216_1_1.png

図. リンパ組織の濾胞構造に存在する胚中心B細胞におけるTBK1の役割
通常のマウス(Wild type)とB細胞のみでTBK1を欠損したマウス(Tbk1-deficient)での感染後やワクチン接種後におきる変化を示す。横軸に胚中心B細胞の発生から成熟までの時間軸、縦軸にそれぞれのB細胞シグナル分子の発現量(もしくは活性化度合い)を表す。CD40-BCR signalingは抗原受容体(BCR)と副刺激受容体(CD40)の活性化の意、Pはリン酸化(Phosphorylation)つまり活性化を意味し、GCはGerminal Center(胚中心)の略。

今後の見通し

今回研究チームは、自然免疫や慢性炎症が引き起こすがん化、オートファジー、神経変性といった現象に深く関わると考えられているTBK1が、長期にわたる免疫記憶、とくにリンパ組織の濾胞内の胚中心B細胞の分化、成熟に必須であることをマウスの動物モデルにてマラリア感染、ワクチン接種のモデルで証明しました。これらの結果はB細胞のTBK1をターゲットとしたマラリア原虫感染やワクチン接種における免疫記憶の向上にむけた創薬やワクチン開発に寄与することが期待されます。

一方、TBK1がターゲットとなる病態、疾患も次々に明らかになりつつあり、がん、神経変性疾患、老化などでTBK1をターゲットとした創薬、阻害剤開発研究が進んでいます。現在臨床でも、TBK1阻害剤として知られるアムレキサノクス(Amlexanox)が喘息や、生活習慣病による肥満などに有効であり、一部承認薬として使用されています。今回の論文の成果はこのようなTBK1阻害剤の使用にも、今後、免疫応答への影響の有無を留意していく必要があることを示しています。

特記事項

発表雑誌
雑誌名:Journal of Experimental Medicine(12月15日オンライン版)
論文タイトル:B cell intrinsic TBK1 is essential for germinal center formation during infection and vaccination in mice
著者:Michelle S. J. Lee, Takeshi Inoue, Wataru Ise, Julia Matsuo-Dapaah, James B. Wing, Burcu Temizoz, Kouji Kobiyama, Tomoya Hayashi, Ashwini Patil, Shimon Sakaguchi, A. Katharina Simon, Jelena S. Bezbradica, Satoru Nagatoishi, Kouhei Tsumoto, Jun-Ichiro Inoue, Shizuo Akira, Tomohiro Kurosaki, Ken J. Ishii, Cevayir Coban
DOI:10.1084/jem.20211336

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました

JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「細胞外微粒子に起因する生命現象の解明とその制御に向けた基盤技術の創出」(研究総括:馬場 嘉信 名古屋大学 大学院工学研究科 教授)
研究課題名:「細胞外核酸の免疫学的評価法確立と生理学的意義の解明」
研究代表者:石井 健(東京大学医科学研究所 教授)
研究期間:平成30年10月~令和6年3月

JSTはこの領域で、核酸を含む微粒子もしくは細胞外に核酸を誘導しうる微粒子群に対する免疫学的生体応答の仕組みと生理的意義を探求することを目的とし、細胞外核酸を一分子レベルで計測する技術や、その生体内での制御技術の開発を目指します。

日本医療研究開発機構(AMED)
事業名:感染症研究革新イニシアティブ(J-PRIDE)(~2019年度)
研究課題名:マラリア感染における脳特異的免疫病態の解明
(研究代表者:Coban Cevayir)
研究期間:平成29年8月~令和2年3月

用語説明

リンパ組織における長期記憶を司る胚中心B細胞

B細胞の免疫記憶を司る重要な組織はリンパ節で、抗体 の抗原特異性やその記憶に重要な役割を担うのがリンパ組織の濾胞構造に存在する胚中心(Germinal Center)です。古くから解剖学的に知られていた構造であり、抗体の親和性向上やクローン選択といった免疫機能の向上と記憶に深くかかわっていることが免疫学の研究で明らかになっています。しかし、濾胞内にて胚中心B細胞がどのように濾胞を形成し、増殖し、また成熟するのか不明な点が多く残っています。特にマラリア原虫の長期、もしくは頻回に感染する場合の抗体の成熟化、免疫記憶の形成において、その逃避、回避のメカニズムの解明は、治療薬やワクチン開発の鍵を握っていると言えます。

TBK1

TANK-binding kinase 1 (略してTBK1) は細胞内に存在するリン酸化酵素の一種で、自然免疫、オートファジー、がん化、神経変性疾患などに関わる細胞内の重要なシグナル伝達分子の一つとして知られています。セリンスレオニンキナーゼとしてウイルス感染の際に自然免疫細胞によるウイルス核酸の認識によってリン酸化を介して活性化し、インターフェロン産生などの抗ウイルス作用に必須であることが明らかになっていますが、B細胞での役割はほとんど明らかになっていませんでした。

マラリア

マラリアはマラリア原虫によって引き起こされる感染症で、アフリカを中心に世界中で毎年40万人前後の子どもを含む死亡者が報告されている重大な感染症の一つです。有効なワクチンは存在せず(一部有効なワクチンが最近承認されましたが、いまだに不十分です)、承認されている治療薬も耐性株の発生により有効性が乏しく、効果的なワクチンと治療薬の開発には、その病態形成と慢性化のメカニズムの解明が望まれています。