体内で多量の水素を発生させるシリコン製剤が慢性腎臓病の悪化やパーキンソン病の進行を抑制する可能性

2020-6-18生命科学・医学系

研究成果のポイント

・体内で24時間以上にわたり多量の水素が発生するシリコン製剤を開発(2019年10月25日発表)
・今回、ラットを用いた動物実験で、シリコン製剤が慢性腎臓病の悪化を抑制できる可能性を発見
・マウスを用いた動物実験で、シリコン製剤がパーキンソン病の進行を抑制できる可能性を発見
・根本的な治療法がない難治性疾患であるパーキンソン病や、1,300万人もの患者がいる慢性腎臓病の予防と治療に期待

概要

産業科学研究所の小林悠輝特任助教と小林光教授が開発したシリコン製剤を用いて、大阪大学大学院医学系研究科の小山佳久助教、島田昌一教授(神経細胞生物学)と今村亮一准教授(泌尿器科学)は、パーキンソン病や慢性腎臓病の悪化を抑制できる可能性を世界で初めて発見しました。

本研究グループが開発したシリコン製剤は、太陽電池等に使用されているシリコンウェーハの原料であるポリシリコン粉末原料から、単純なプロセスで製造できます。シリコン製剤は、中性に近い水と反応して多量の水素が24時間以上発生し続けます。そのため、シリコン製剤によって、体内で常時発生して細胞を酸化するヒドロキシルラジカル(OHラジカル)を消滅できると考えました。ラットやマウスを用いる動物実験の結果、シリコン製剤の摂取により細胞の酸化が抑制されると共に、抗酸化力(還元力)が向上しました。さらに、細胞の酸化が大きな原因となっている慢性腎臓病とパーキンソン病が、シリコン製剤の摂取によって防止できる可能性を見出しました。

本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、4月3日に公開されました。

研究の背景

細胞の酸化、すなわち身体がさびることによって、色々な疾患が発症します。細胞の酸化の最も大きな原因は、代謝等で体内に発生する悪玉活性酸素のOHラジカルです。代謝は常時行われているために、OHラジカルを効果的に消滅させることは大変困難でした。例えば、水素水では1L中に含まれる水素量は、最大(飽和濃度の水素水)でも気体換算で18mLにすぎません。さらに、一般の水素水の濃度は飽和濃度よりもかなり低くなっています。また、吸収され各器官に輸送された水素は、1時間程度でなくなってしまうと報告されています。したがって、細胞が酸化される結果発症する種々の疾患を、水素水の摂取によって防止するには無理があると思われます。本研究グループは細胞の酸化を防止するには、多量の還元剤を常時体内に存在させる必要があると考え、還元剤である水素を体内で常時発生させることが有効であると発想しました。

慢性腎臓病、パーキンソン病は、酸化ストレス が関与することが知られており、根本的な治療法がない難治性の疾患です。慢性腎臓病は日本だけで1,300万人もの患者がおり、重症化すれば透析治療が必要となります。透析患者は34万人に達しており、今後益々患者数が増加する可能性があります。透析治療には1人あたり年間約600万円を要しており、34万人の透析患者に要する治療費は、年間約2兆円と莫大です。

今回、産業科学研究所の小林教授らは体内で水素を発生させるシリコン製剤を開発し、その製剤について、酸化ストレスが関与する疾患に対する効果を医学系研究科の島田教授らが検証しました。

本研究の成果

1)体内で水素を発生させるシリコン製剤の開発

2019年10月25日の研究成果プレスリリースで発表したとおり、研究グループは、体内で水素を発生させるシリコン製剤を開発しました(https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20191025_1)。今回は、このシリコン製剤が国内で1,300万人もの患者がいる慢性腎臓病や根治療法がないパーキンソン病を予防・治療できる大きな可能性を見出しました。

シリコン製剤は水と反応して水素を発生しますが、アルカリ性環境で水素発生量と発生速度が顕著に増加するという性質を持っています。したがって、シリコン製剤を摂取すれば、酸性環境の胃では水素が発生しませんが、弱アルカリ性の膵液が分泌される腸内で水と反応して、水素が発生します。 (図1) に示すように、膵液と類似したpH8.3、36°Cの環境下で、1gのシリコン製剤から400mL以上の水素が24時間以上発生し続けます。この発生水素量は、飽和水素水22L以上に含有される水素量に相当します。以前公表したことに加えて、腸内で発生した水素は効率よく吸収され、悪玉活性酸素のOHラジカルを消滅しました。

図1 シリコン製剤と弱アルカリ性水溶液との反応による水素発生

2)ラット慢性腎臓病モデルに対する効果

今回の研究成果として、ラットの腎臓の5/6を摘出する慢性腎不全モデルラットを作成し通常食を与えた場合、徐々に腎不全が進行しました。 (図2) はモデル作成後8週間目の腎組織所見ですが、 図2左 のように、尿細管の拡張、炎症細胞の浸潤と線維化、糸球体硬化が起こりました。一方、シリコン製剤含有食を与えていたラットの腎臓では 図2右 のように腎不全の発症は抑制されていました。腎臓の機能指標である血清クレアチニン値や尿蛋白量は、通常食を与えたラットでは上昇していましたが、シリコン製剤含有食を与えたラットでは上昇は抑制されており、腎機能が良好に保持されていることがわかりました。

図2 シリコン製剤の慢性腎臓病に対する効果(慢性腎不全モデルラットを使用)

3)マウスパーキンソン病モデルに対する効果

さらに、マウスパーキンソン病モデルに対する効果も検証しました。マウスの脳の線条体の左後方部分に、6-ヒドロキシドーパミンを注入して、片側パーキンソンモデルを作製しました。ドーパミン細胞の神経終末を染色した場合、通常食では左側後方部だけでなく、左側中央部や前方部のドーパミン細胞の神経終末も破壊されていることがわかりました (図3左) 。

一方、シリコン製剤含有食を与えていたマウスでは、6-ヒドロキシドーパミンを注入した後方部はドーパミン神経終末が変性していましたが、中央部や前方部のドーパミン神経終末の変性は軽度でした (図3右) 。ロータロッド試験(回転速度が時間と共に増加する丸太上にマウスが滞在できる時間を測定)によって、通常食のマウスの滞在時間は非常に短く、運動能力が著しく低下していることがわかりました。一方、シリコン製剤含有食を与えていたマウスの滞在時間は、正常マウスとほぼ同じであり、運動能力が保持されていることがわかりました。また、マウスのドーパミン神経系の左右差を評価するアポモルフィン誘発回転試験で、通常食のマウスでは一方向に繰り返し回転することがわかりました。一方、シリコン製剤含有食を与えていたマウスではアポモルフィン投与後の回転数は低く、左右の足の動きのバランスが保たれていることが見いだされました。つまり、シリコン製剤は、ドーパミン細胞の変性を抑制し、運動能力の低下を抑制できることが示されました。

図3 シリコン製剤のパーキンソン病に対する効果(片側パーキンソンモデルマウスを使用)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、シリコン製剤を含有する餌をラットやマウスに与えた場合、慢性腎臓病やパーキンソン病の悪化を抑制できることがわかりました。

酸化ストレスが大きな原因となって起こる疾患には、現在根本的な治療法がないパーキンソン病、潰瘍性大腸炎等、さらに患者数が非常に多い慢性腎臓病(国内に1,300万人)、糖尿病(1,000万人)等が挙げられます。本研究グループが開発したシリコン製剤は、酸化ストレスを効果的に抑制できるため、これらの疾患の根本的な治療法になると期待できます。さらに、酸化ストレスは老化を促進させます。シリコン製剤によって、酸化ストレスを低減させることで、健康長寿が実現できると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年4月3日(金)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】"Renoprotective and neuroprotective effects of enteric hydrogen generation from Si- based agent"
【著者名】Yuki Kobayashi 1 ※, Ryoichi Imamura 2 ※*, Yoshihisa Koyama 3 , Makoto Kondo 3 , Hikaru Kobayashi 1 *, Norio Nonomura 2 & Shoichi Shimada 3 * (※同等貢献、*責任著者)
【所属】
1.大阪大学 産業科学研究所
2.大阪大学 大学院医学系研究科 泌尿器科学
3.大阪大学 大学院医学系研究科 神経細胞生物学
DOI 番号:10.1038/s41598-020-62755-9

研究者のコメント

本研究で開発したシリコン製剤は、腸管内で腸液等の水分と反応することによって発生する水素のみが体内に吸収され、シリコン製剤自体は吸収されない。その結果、副作用は観測されていない。さらに、生体の酸化によって発症する数多くの疾患に大きな効果があると考えられる。シリコンも水との反応で生成するシリカも無毒であり、シリコン製剤は食品としての使用が認められているため、食材にもなり得る。

参考URL

産業科学研究所 小林研究室HP
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/fcm/index.html

用語説明

酸化ストレス

主にヒドロキシルラジカルによって、細胞が酸化・変質する。活性酸素、特にヒドロキシルラジカルの生成が生体の抗酸化防御機能を越えた状態を酸化ストレスという。