2019年9月12日

研究のポイント

・金属銅の表面を色素分子で修飾するだけで、スピン流-電流変換機能を発現させることに成功した。
・白金やビスマス等の重金属を用いたスピンホール素子と同等の高効率スピン変換性能を分子/金属接合界面で初めて実証した。
・分子の高い設計自由度を利用した電子部品の創出が可能となる。

研究の概要

東京大学物性研究所の一色弘成助教、三輪真嗣准教授(大阪大学大学院基礎工学研究科 招へい准教授兼任)、大谷義近教授(理化学研究所創発物性科学研究センターチームリーダーを兼任)、理化学研究所の近藤浩太上級研究員らの研究グループは、東京大学大学院工学系研究科、同大学院新領域創成科学研究科、大阪大学および金沢大学のグループと共同で、青や緑の顔料で有名な色素分子フタロシアニン※1を金属銅の表面に塗るだけで、スピン流※2を電流に変換する機能が発現することを実証しました。さらにこの変換機能は、銅表面の膜厚がフタロシアニン分子1層の時に最大化することを見いだし、白金やビスマスといった重金属を用いたスピンホール素子と同等の性能を有することを示しました。

スピン流-電流変換はスピントロニクスの要素技術一つであり、近年、異種物質接合界面で起こる電流とスピン流の相互変換現象が注目を集めています。本成果は、これまでにない有機分子と金属の接合界面を用いて、スピントロニクス応用の要となるスピン変換機能を発現しました。今後は、分子の持つ高い設計自由度を使った新規電子デバイスの実現が期待されます。

本研究成果は、2019年9月12日にNano Letters 誌に掲載予定されました。

研究の背景

電子の持つ電荷に加えて、スピン(原子スケールの磁石)の性質を積極的に利用するスピントロニクス研究が世界的に活発に進んでいます。特に、スピン流の生成・検出は、スピントロニクス応用において最も重要な要素技術の一つです。近年、固体無機材料の界面においてスピン流と電流が非常に効率的に相互変換されることが示され、注目を集めています。本研究では無機材料と比べて圧倒的に大きな設計自由度を有しながら、スピントロニクスの分野では未開拓な有機材料の分子に着目しました。有機分子を用いて高効率なスピン流-電流相互変換を実証すれば、スピントロニクス応用に新たな可能性が切り拓かれます。

研究内容

今回、東京大学物性研究所を中心とする研究グループは、道路標識の青色顔料としても利用されている色素分子であるフタロシアニンと金属銅の接合面においてスピン流から電流への高効率な変換を実証しました。実験では、図1aの配置でフタロシアニン分子の一種である鉛(II)フタロシアニン分子を銅表面に蒸着した界面に、スピンポンピング法※3によってスピン流を注入しました。注入されたスピン流は電流に変換され、結果として図1bのような電圧信号が観察されました。変換係数※4は0.4ナノメートルと見積もられ、白金やビスマスといった重金属で報告されている変換係数の最大値に匹敵することが分かりました。このようなスピン流-電流変換が起こるのは、図2に示すような電子のスピンの向きと運動量が直交する電子状態(スピン-運動量ロッキング)が界面に実現しているためと考えられます。スピン-運動量ロッキングのある界面にスピン流を注入すると、図2bのように、電子は運動量を獲得して電流が流れます。分子修飾のない銅表面ではスピン-運動量ロッキングの効果が非常に小さいことが知られています。したがって、今回の結果は、金属銅が分子で修飾されたことにより銅表面の電子状態が大きく変調され、新たなスピン機能が発現したことを強く示唆しています。このような鉛(II)フタロシアニン分子と銅界面のスピン-運動量ロッキング状態は、第一原理計算※5による電子スピン状態の解析においても再現されました。

次に、変換効率の最大化に必要な条件を明らかにするため、分子層の厚み(膜厚)を系統的に変化させた試料を作製し、スピン流-電流変換由来の電圧信号の変化を計測しました(図3a)。この結果、単一分子層(1ML)が形成されたときに電圧信号は最大になることが分かりました。分子膜厚が約5層(5ML)以上で、信号は完全に消失しました。この分子膜厚依存性の起源を明らかにするため、鉛(II)フタロシアニン分子を銅表面上に蒸着して、走査型プローブ顕微鏡法※6による観察で分子の吸着構造を調べました(図3b,c,d)。それにより単一分子膜は、表面に平坦に吸着した鉛(II)フタロシアニン分子が周期的に配列した構造であることが判明しました。この周期的な格子は分子膜厚が1層のときに支配的になり、分子の量がそれより多くても少なくても配列が乱れることが分かりました。これらの実験結果から、分子修飾によって金属表面に新たなスピン変換機能を発現させるためには、分子膜の吸着構造が重要であることを明らかにしました。

図1 分子/金属界面のスピン流-電流変換
a:分子の模型と素子構造の概略図
b:スピンポンピングにより誘起された分子/金属界面のスピン流-電流変換の信号

図2 界面のスピン流-電流変換
a:界面の電子状態のフェルミ準位等高線
b:スピン流注入による電流の生成の模式図

図3 分子層の構造と膜厚依存性
a:スピン流-電流変換信号の分子膜厚依存性(MLは分子層を表す)
b:単一分子層で覆われたCu(111)界面の走査型プローブ顕微鏡像(水色の枠は1つの分子を表す.白線は5ナノメートルを表す)
c:1.9MLの場合
d:1つの分子を拡大した高分解能像(左。白線は1ナノメートルを表す)と、鉛(II)フタロシアニン分子の構造式(右)

社会的意義

本研究では、高効率なスピン流-電流変換を分子/金属界面で初めて実証しました。さらに、単分子膜の形成が、スピン機能の発現に重要な役割を果たしていることが分かりました。これらの成果により、スピントロニクス応用に新たな可能性が拓かれました。今後は、分子の高い設計自由度を利用した新規スピン流デバイスの実現が期待されます。

特記事項

雑誌名:Nano Letters
論文タイトル:Realization of spin dependent functionality by covering a metal surface with a single layer of molecules
著者:Hironari Isshiki, Kouta Kondou*, Sei Takizawa, Koki Shimose, Takeshi Kawabe, Emi Minamitani, Naoya Yamaguchi, Fumiyuki Ishii, Akitoshi Shiotari, Yoshiaki Sugimoto, Shinji Miwa and Yoshichika Otani**
DOI番号:10.1021/acs.nanolett.9b02619
アブストラクトURL:https://dx.doi.org/10.1021/acs.nanolett.9b02619

本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域「ナノスピン変換科学」研究計画班「A01:磁気的スピン変換(研究代表者:大谷義近)」(No.JP26103002)の一環として行われました。また、日本学術振興会の科学研究費補助金若手研究(B)(No.JP17K14077)と基盤研究(A)(No.JP18H03880)、文部科学省科学研究費補助金新学術領域(No.JP26102017,JP17H05180,JP18H04481)、および科研費(No.JP15H03561,JP17H05215,JP18H01807)の支援を受けて実施しました。

用語解説

※1 フタロシアニン
新幹線の車体の青色で有名な有機顔料の一種で、平面・環状の構造を持つ分子です。環の中心に様々な元素を取り込んで安定な錯体を形成することができます。中心元素を置換すると様々な性質を持たせることができるため、基礎研究でも広く用いられています。

※2 スピン流
電子は電荷の他に、磁性の起源となるスピンという性質を有しています。電荷の流れを電流と呼ぶのに対し、スピンの流れをスピン流と呼びます。

※3 スピンポンピング法
磁場の中に強磁性体を置くと、その磁化は磁場の方向を軸に歳差運動を始めます。歳差運動と等しい周期を持つ交流磁場を印加すると、強磁性共鳴が励起されます。強磁性体に非磁性体を隣接させると、強磁性共鳴の角運動量緩和が交換結合を通じて伝搬します。これは、スピン角運動量が隣接する非磁性体に流れ込む、非磁性体へのスピン流注入に対応します。

※4 変換係数
界面の、3次元スピン流密度から2次元電流密度への間の変換の係数。単位は長さの次元で表されます。

※5 第一原理計算
物質を構成する原子の数や種類、初期構造を入力値とし、量子力学に基づいた方程式を解くことで、電子の振る舞い(電子状態)や物質の構造・性質を経験的な情報を使わずに求める計算です。

※6 走査型プローブ顕微鏡法
原子レベルに尖らせた探針を試料表面に1ナノメートル以下の距離になるまで近づけて、物理量(電流、力など)を計測しながら、探針を試料表面に沿って走査することで、表面の形状や電子状態をマッピングする手法です。これによりサブナノメートル(10億分の1メートル以下)の分解能で表面を観ることができます。

参考URL

大阪大学 大学院基礎工学研究科
https://www.es.osaka-u.ac.jp/ja/

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