高効率で熱を電気に変換する新物質(YbSi2)を発見

高効率で熱を電気に変換する新物質(YbSi2)を発見

排熱発電高効率化や自動車の燃費向上への応用に期待

2017-12-14工学系

研究成果のポイント

・室温付近で既存材料と同程度の高い熱電変換出力因子 を示す新物質:イッテルビウムシリサイド(YbSi 2 )を発見。
・既存材料で高い熱電特性を示す物質には、毒性・希少性・資源偏在の問題があった。
・YbSi 2 は無毒で資源豊富なシリコンがベースであり、排熱を利用した直接発電システムや、自動車の燃費向上への応用に期待。

概要

大阪大学大学院工学研究科の黒崎健准教授のグループは、株式会社日立製作所と共同で、室温付近で既存材料と同程度の高い熱電変換出力因子を示す新物質:YbSi 2 を発見しました (図1) 。これにより、様々な場所に多量に存在する排熱を回収し高品位な電気エネルギーとして再利用する熱電発電技術の実用化が期待できます。

本研究成果は、2017年12月12日付でWiley-VCH社が発行するphysica status solidi (RRL)-Rapid Research Letters誌にオンライン出版されました。

図1 (a)YbSi 2 の結晶構造概観、(b)a軸方向からの描像、(c)c軸方向からの描像。

研究の背景と成果

シリコン(Si)とイッテルビウム(Yb)から構成される化合物:YbSi 2 が、固体中のYbの価数変動 に起因して、金属的に高い電気伝導率(σ)を示しながらも50μVK 以上という高い熱起電力(ゼーベック係数:S)を示す ことを発見しました。この結果、YbSi 2 の熱電変換出力因子(S 2 σ)は、既存熱電材料の性能に匹敵するほど巨大化しました。これまで約半世紀にわたって、室温付近における熱電変換出力因子(S 2σ)の最大値は、ビスマス・テルライド(Bi 2 Te 3 ) ※4 が示す3×10 -3 Wm -1 K -2 程度とされていたところ、YbSi 2 はそれに肉薄する2.2×10 -3 Wm -1 K -2 の値を示しました。 (図2)

図2 YbSi 2 の熱電特性の温度依存性、(a)ゼーベック係数、(b)電気伝導率、(c)出力因子。
既存熱電材料のうち室温付近で最も高い熱電特性を示すBi 2 Te 3 についての値を比較のため記している。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

熱電発電技術は、小型・軽量、高信頼性、メンテナンスフリーといった特徴から、これまでは主に惑星探査機に搭載される原子力電池 の電源として利用されてきました。今回、無毒で資源量も豊富なシリコンをベースとする材料で熱電変換出力因子の大幅な向上が達成されました。このことは、様々な場所で多量に捨てられている低品位な熱エネルギーを回収し高品位な電気エネルギーとして再利用する技術(いわゆる、熱電発電技術)の実用化を加速させるものです。具体的には、工場やごみ焼却施設からの排熱を利用した直接発電システムや、自動車の燃費向上のための排熱回生システム 等への応用が考えられます。

特記事項

本研究成果は、2017年12月12日付でWiley-VCH社が発行するphysica status solidi (RRL)–Rapid Research Letters誌にオンライン出版されました。

掲載論文:Ytterbium silicide (YbSi 2 ): A promising thermoelectric material with a high power factor at room temperature
著者:Sora-at Tanusilp, Yuji Ohishi, Hiroaki Muta, Shinsuke Yamanaka, Akinori Nishide, Jun Hayakawa, and Ken Kurosaki
DOI:10.1002/pssr.201700372.

本研究には、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」からの研究助成の一部が使われています。

参考URL

大阪大学大学院工学研究科 環境・エネルギー工学専攻 環境エネルギー材料工学領域
http://www.see.eng.osaka-u.ac.jp/seems/seems/index.html

用語説明

熱電変換出力因子

熱電変換材料では、固体のゼーベック効果を利用して温度差から直接電力を生み出します。このときの発電性能(出力)を決定するのが、熱電材料の出力因子と呼ばれるパラメータです。出力因子は、材料のゼーベック係数 S と電気伝導率 σ を使って、 S 2 σ として表されます。なお、この出力因子を材料の熱伝導率 κ で割ってそのときの絶対温度 T をかけると熱電材料の性能指数 ZT が得られます。

固体中のYbの価数変動

YbSi2中でのYbの価数変動:

YbSi 2 中のYbはYb 2+ とYb 3+ の二つの価数をとっていると考えられています。この価数変動に起因して、フェルミ準位付近の電子の状態密度が変化し、結果、ゼーベック係数が高くなっていることが推察されています。

高い熱起電力

高い熱起電力<電気伝導率とゼーベック係数のトレードオフの関係>:

一般的に、電気伝導率が高ければゼーベック係数は低くなり、逆に、電気伝導率が低ければゼーベック係数は高くなるというトレードオフの関係が存在します。それゆえ、長年、熱電材料の出力因子 S 2 σ を大幅に向上させることは困難であるとされていました。ところが、我々が発見したYbSi 2 では、固体中のYbの価数変動に起因して、金属的に高い電気伝導率を有しながらも50μVK -1 以上という高いゼーベック係数が発現し、結果、巨大出力因子が発現しました。

ビスマス・テルライド

ビスマス・テルライド(Bi2Te3) :

既存熱電材料のうち、室温付近で最も高い性能を示すものはビスマス・テルライド(Bi 2 Te 3 )ですが、構成元素であるテルル(Te)の毒性と希少性やビスマス(Bi)の資源偏在性が問題となっています(右表)。熱電発電技術の広範な産業化のためには、無毒で資源量が豊富な元素(例えば、シリコン)から構成される高効率熱電変換材料の開発が望まれています。

原子力電池

原子力電池<熱電発電の応用(現状)>:

惑星探査機においては、Pu-238(プルトニウム238)のα崩壊(半減期87.7年)で生じる崩壊熱を熱電発電技術によって直接電気エネルギーに変換して利用しています。現状、熱電発電効率は低いものの、数十年間安定して電力を供給できるため、惑星探査機や僻地における電源として活用されています。

排熱回生システム

排熱回生システム<熱電発電の応用(将来展望)>:

平均すると、全一次エネルギーの約三分の二が熱として捨てられています。特に自動車においては、総投入エネルギーの約七割が未利用熱エネルギーとなっています。このため、自動車からの排熱を回収し電気エネルギーとして再利用できる熱電発電が、近年注目を集めています。