運動のずれを直す司令はどこからくるのか!?

運動のずれを直す司令はどこからくるのか!?

手を伸ばす運動の「照準」を合わせる脳の仕組みを解明

2016-5-13

本研究成果のポイント

・手を伸ばす運動の「間違いの向きと大きさ」の情報が、運動直後に大脳の運動野に現れることを発見
・運動直後0.1秒以内に運動野を電気刺激すると、「照準」を変えることができることを証明
・電気刺激を使った新たな運動機能増進法やリハビリテーション法の開発につながることに期待

リリース概要

大阪大学大学院生命機能研究科ダイナミックブレインネットワーク研究室北澤茂教授と、情報通信研究機構脳情報通信融合研究センター井上雅仁研究員らは、手を伸ばす運動の「間違いの向きと大きさ」の情報が大脳の運動野 に現れることを明らかにしました。さらに、手を伸ばす運動直後0.1秒以内に、運動野に微小な電気刺激を与えると、少しずつ運動の「照準」を変化させうることを示しました。例えば、「目標の右に手がずれたこと」を伝える場所を刺激すると、次回の運動の照準は左にすこしだけ修正される、という具合です (図1) 。

本研究により、大脳の運動野にはあらゆる方向のずれに対応する神経細胞(ニューロン)があり、司令塔として、運動を行うたびに照準のずれを直すための信号を送り出していることが実証されました。

本研究の成果は、電気刺激を使って運動技能を向上させる新たな運動機能増進法やリハビリテーション法の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、2016年5月13日(金)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Neuron」電子版に掲載されました。

図1 運動野が誤差を検出して照準調整の指令を発していることがわかった

研究の背景

運動がうまくなるには練習が欠かせません。初めは下手だったのに、こつこつ練習を繰り返すとうまくなるのはなぜでしょうか?それは、運動の「間違い」を減らすように脳が「学習」するからです。この「間違い」を減らす学習には小脳と呼ばれる大脳の下後方にある場所が重要であることが知られています。この小脳には運動の「間違い」を知らせる信号が届いていることもわかっていました。しかし、その「間違い」の信号がどこから来るのかは不明でした。

北澤教授らの研究グループは、1990年ごろに提唱された学説(フィードバック誤差学習 )が想定したように、体を動かす司令塔である大脳皮質の「運動野」が「運動の間違いを直そうとして」発する信号が学習に用いられる「間違い」の信号だろうと予想して、サルを用いて、1)サルの「運動野」に間違いの信号があるかどうか、また2)その信号が本当に学習に用いられているかどうか、の2点を調べました。

研究の成果

まず、サルに目の前に現れる十字の目標に向かって手を伸ばさせました。その時に、わざと間違いを起こすように、コンピュータ制御したプリズム装置を使って、ランダムな方向に視野をずらす工夫をしました。こうすることで、目標が見える場所に手を伸ばしても、右や左に少しずれて手が到着します。この運動の前後の、運動野のニューロンの活動 を記録して、間違いの方向に応じた活動が生じているかどうかを調べました。すると、一次運動野 でも運動前野 でも、運動を間違えた方向に応じた活動が、運動の直後に生じていることが分かりました。また、それぞれのニューロンには誤差の守備範囲がありました。あるニューロンは「左にずれた」時によく活動して、別のニューロンは「右下にずれた」時によく活動する、といった具合です (図2) 。全体としては、あらゆる方向の誤差に対応していました。

図2 運動前野の「右下にずれたぞー」ニューロンの活動例
赤丸の大きさが活動の強さを表す。

次に、「間違いの方向」の信号が運動の修正に関わっていることを証明するために、微小な電気刺激を運動直後に加えてみることにしました。たとえば、「右上にずれたぞー」と報告するニューロンが修正に関わっているならば、このニューロンが活動した後は、運動の照準が少しだけ「左下」に修正されるはずです。結果は、北澤教授らの研究グループの予想通り、「右上にずれたぞー」ニューロンを運動の直後に刺激すると、次回の運動は少しだけ左下にずれました。これを30試行繰り返すと誤差が累積し、刺激をやめると、プリズム順応 の後と同様に、誤差は試行ごとに少しずつ減って、30回ぐらいかけて元に戻りました (図3) 。

さらに面白いことには、刺激のタイミングを0.1秒遅らせるだけで、電気刺激の効果は生じなくなってしまいました。「運動直後の0.1秒」がとても貴重な時間なのです。この時間に届いた信号のいうことだけを聞いて照準を変えるのです。運動の失敗を即座に直そうとする信号が効率のよい学習には必要なのです。

図3 「右上に間違えたぞー」ニューロンの電気刺激で生じた左下への「照準」の変化
運動終了直後に200ms間の電気刺激を繰り返すと、平均0だった誤差が左下(Y軸の負方向)に徐々に増加した(31試行目から60試行)。電気刺激を切ると誤差は徐々に指数関数的に減少した(61から90試行)。

これらの結果から、
1)運動野が「間違えたぞ」という信号を運動直後に発すること
2)この「間違えたぞ」信号が原因となって運動の「照準」が調整されること
3)運動直後の0.1秒以内に発せられた「間違えたぞ」信号だけが有効であること
が明らかになりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、電気刺激を使って運動技能を向上させる新しい運動機能増進法やリハビリテーション法の開発につながることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2016年5月13日(金)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Neuron」電子版に掲載されました。

タイトル:Error signals in motor cortices drive adaptation in reaching
雑誌:Neuron
著者名:井上雅仁、内村元昭、北澤茂

大阪大学大学院生命機能研究科 ダイナミックブレインネットワーク研究室(北澤研究室)
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/jpn/general/lab/181/

用語説明

運動野

大脳皮質の中で、電気刺激を加えることで骨格筋が動く領域のこと。本研究では、中心溝の直前にある一次運動野 とさらにその前に位置する運動前野 の2か所を研究の対象とした。間違いの信号を発する機能に関しては、両者に大きな差はなかった。

フィードバック誤差学習

なめらかで習熟した運動制御を脳が学習によって獲得する仕組みについての理論。日本の川人ら(Kawato, Frukawa, Suzuki 1987; Kawato, Gomi 1992)が提唱した。慣れない運動をするときには、感覚フィードバックに頼って、誤差を見てから運動を修正する。この運動の修正信号が教師信号として小脳に送られて、運動制御信号を改善するように学習が進むと想定した。

ニューロンの活動

ヒトの大脳皮質にはおよそ150億個の神経細胞(ニューロン)があって、1個あたりおよそ1000個のニューロンから信号を受け取って信号を送り出す。ニューロンは受け取った信号の和がある一定の値(しきい値、閾値)を超えると、1/1000秒の間数十ミリボルト(1.5V 乾電池の1/20ぐらい)の大きさのパルス信号を発する。これが活動電位と呼ばれる信号で、大脳皮質では最大で1秒間に200発の活動電位を発生することができる。本研究では、微小な電極を使ってサルの運動野のニューロン1つ1つの活動電位を計測して解析した。

一次運動野

大脳を前後に分ける中心溝の直前にある運動野で、脊髄まで長い軸索(ニューロンから伸びる電線のような通信線)を投射して、随意運動の指令を発する領域。一次運動野を電気刺激すると、刺激部位に応じて異なる体の領域が動く。いわば、筋肉のリモコンの押しボタンが並んでいる領域である。この領域やここから伸びる軸索が脳梗塞や脳出血などで損傷すると、反対側の体を動かすことができなくなる。

運動前野

一次運動野の直前に位置するもう一段階高次の運動野。ガラスの向こうに置いたリンゴを、ガラスの横から回り込んで取るときなど、運動の軌道を工夫して計画するときに必要になる。

プリズム順応

眼の前に楔型のプリズムを置くと、光が屈折して目標が見える位置(虚像の位置)がずれる。この状態で目標に手を伸ばすと、虚像の位置に手を伸ばすので、目標を外してしまう。しかし、何回も繰り返すうちに、誤差は減る。この状態でプリズムをはずすと、今度は逆向きの誤差が生じて驚く。このようなプリズムを使った視野の変化に伴って生じる運動の調整をプリズム順応と呼ぶ。プリズム順応は小脳障害で消失することが知られている。本実験では、コンピュータで2枚のプリズムの向きを調整して、毎回違う方向に誤差が生じるように工夫して実験を行った。