2016年2月8日

本研究成果のポイント

・ストレスが記憶に及ぼす長期的影響を解析するための新たなガラス器内実験系を樹立した
・動物実験では検討困難だったストレスの直接影響を細胞レベルで長期的に検討できる
・ストレスによる記憶障害の機構解明に寄与し、予防法・治療法の開発にも有用

リリース概要

大阪大学大学院生命機能研究科の冨永恵子准教授らの研究グループは、ガラス器内で培養した脳切片※1 で長期記憶と相同な現象を再現し、ストレスがこれを阻害することを明らかにしました。冨永准教授らは、脳の切片を培養し、繰り返し刺激を加えると神経結合(シナプス※2 )が新たに誕生するという、長期記憶の成立と相同な現象を発見し、その仕組みを解析してきました。今回、記憶に影響を及ぼすことが知られているストレス状況を再現すると、シナプス新生が阻害されることを明らかにしました。ヒトや動物には、ストレスを緩和するための防御機構が何重にも備わっているため、動物実験の結果は、実験者が加えたストレスの影響なのか動物の防御反応の影響なのかを判定することが難しく、あい反する結果も報告されてきました。しかし、ガラス器内の実験系※3 では、実験者が加えたストレスの影響を直接検討することができます。

培養は長期に維持でき、長期的影響を検討できることから、ストレス性記憶障害の治療法や予防法の開発に有用と期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「サイエンティフィック・レポーツ」に、1月14日付で公開されました。

研究の背景

ヒトの臨床や動物実験で、過剰ストレスが記憶の獲得や維持を阻害することはよく知られていますが、これをガラス器内で再現し、神経細胞レベルで解析する試みは多くありませんでした。とくに長期的な影響を検討する試みは、望まれてはいましたが、行われてはいませんでした。

長期記憶の成立機構を研究している冨永恵子准教授・小倉明彦教授らの研究グループは、げっ歯類の海馬(大脳皮質の一部分)の切片を培養に移し、これに短期記憶の誘発刺激を繰り返し与えると、数日をかけてゆっくりとシナプスが新生し、以後数週間以上維持されるという長期記憶と等価な現象が起こることを発見して、その仕組みを解析してきました。今回、同グループの齋藤慎一大学院生らは、生体でのストレス状況をガラス器内で再現するため、グルココルチコイド(いわゆるストレスホルモン)をこの培養脳切片に投与したところ、シナプス新生が阻害されることを発見しました。これは、ストレスが記憶の固定・維持を阻害する状況を、ガラス器内に再現したことに相当します。

実験に用いた培養海馬切片中の神経細胞
胞の突起からポチポチとトゲのように突き出しているのがシナプス構造

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

動物はストレスに対する防御機構を何重にも備えているため、動物実験では、加えたストレスの直接の影響を見ているのか、動物が防御機構を発動したための二次的影響をみているのか、判断が困難でした。しかし培養系では、実験者が加えた操作の直接影響を検討できます。これを利用すれば、ストレスの長期影響だけでなく、刺激や薬剤の長期効果を直接評価することが可能になります。また、長期記憶成立の仕組みや、それを人為的に引き起こす物質などの検討が進展することも期待されます。

特記事項

本研究成果は、2016年1月14日に英国科学誌「サイエンティフィック・レポーツ」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“An in vitro reproduction of stress-induced memory defects: Effects of corticoids on dendritic spine dynamics. Sci. Rep. 6, 19287 doi: 10. 1038/ srep19287.”
著者名:斎藤慎一、木村聡志、安達直樹、沼川忠広、小倉明彦、冨永恵子

なお、本研究は、国立精神・神経研究センターの沼川忠広室長(現・熊本大学)、安達直樹研究員(現・関西学院大学)の協力を得て行われました。

用語説明

※1 培養脳切片
成熟した脳を薄切した切片は、酸素と栄養をふんだんに与えても、せいぜい数時間しか生かせません。神経細胞はたくさんの突起を出しているので、切ったときにたくさんの傷を受けてしまうからです。しかし、新生仔脳の神経細胞はまだ突起を伸ばしていないため、切ってもダメージが少なく、その後何週間も生かし続けることができます。そして、固有の遺伝プログラムにしたがって互いに結合し、脳内と相同な回路をガラス器内で構築します。これを培養脳切片といいます。

※2 シナプス
神経細胞は互いに「結合」して回路網を作りますが、この結合は本当にくっついてしまうわけではありません。2つの神経細胞は、ごく狭い隙間を隔てて対面し、一方が神経伝達物質という分子を放出し、他方がそれを受容体という分子で受け取って反応することで、情報伝達を行います。この対面部分をシナプスといいます。

※3 ガラス器内実験系
研究者はイン・ビトロという表現を使いますが、要するに、動物の体内においておく(その状態をイン・ビボといいます)のではなく、動物体外に取り出して実験者のコントロール下においた標本という意味です。

参考URL

研究内容(大阪大学大学院生命機能研究科HP内)
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/jpn/events/achievement/saito-ogura-20160114/

大阪大学大学院生命機能研究科 小倉研究室
http://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/bio_web/lab_page/ogura/home.html

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