本邦初のブエロ・バリェホの研究書、河竹賞奨励賞受賞

本邦初のブエロ・バリェホの研究書、河竹賞奨励賞受賞

権力・暴力と抵抗の分析で内戦後のスペイン演劇研究前進!

2015-6-22人文学系

本研究成果のポイント

・演劇界における権威ある学術賞:河竹賞奨励賞を受賞
・20世紀を代表するスペインの劇作家アントニオ・ブエロ・バリェホの作品を分析した日本初の研究書
・フランコの独裁制時代の検閲事情を紹介。今後、スペイン演劇に対する関心が日本でも高まることに期待

リリース概要

大阪大学大学院言語文化研究科言語社会専攻の岡本淳子講師は、2014年9月に出版した『現代スペインの劇作家アントニオ・ブエロ・バリェホ―独裁政権下の劇作と抵抗』(大阪大学出版会)が評価され、2015年度の日本演劇学会河竹賞奨励賞を受賞しました(6月21日授賞式・受賞講演)。1969年に始まった河竹賞においてスペイン演劇関連の著作が受賞するのは初めてのことです。

フランコの独裁政権下で執筆活動を続けながら数々の有名な賞を授与されたスペインの国民的劇作家の作品を綿密に分析した研究書が、日本演劇学会の権威ある賞を受けたことにより、今後、スペイン演劇、とりわけこれまで日本で馴染みの薄かったスペイン内戦後の演劇に対する関心が日本でも高まることが期待されます。加えて、本書は、演劇作品を媒介として歴史を見直すこと、権力や暴力、それに対する抵抗について考えることを改めて世に問うきっかけになるはずです。

図1 岡本淳子著 『現代スペインの劇作家 アントニオ・ブエロ・バリェホ―独裁政権下の劇作と抵抗』

図2 裏表紙には、画家志望であったブエロ・バリェホが描いたゴヤの絵からの素描。背景は直筆原稿。

河竹賞とは

日本演劇学会初代会長河竹繁俊博士を記念し、1969年に故人の遺志で創設された権威ある学術賞です。2008年からは若手研究者激励のため、河竹賞奨励賞が新設されました。

過去には、歌舞伎研究・批評家で紫綬褒章を叙勲した渡辺保氏や、歌舞伎研究家で芸術選奨文部科学大臣賞受賞者の中村哲郎氏、読売文学賞や芸術選奨文部科学大臣賞を受賞している演劇評論家の大笹吉雄氏(3氏ともに本賞)などが受賞しています。

研究の背景

日本におけるスペイン文学研究は、スペイン内戦勃発直後に銃殺されたガルシア・ロルカで止まってしまっている感があります。独裁政権成立後、画家志望であった一人の青年がロルカ以後のスペイン文学を牽引することになったことは日本ではあまり知られていません。その青年、フランコ政府に逮捕され、死刑宣告を受けた過去を持つアントニオ・ブエロ・バリェホ(1916-2000)は、検閲と折り合いをつけながら次々と作品を発表、セルバンテス賞や国民文学賞という主要な賞を受賞するスペインの重要な劇作家となります。

彼の作品は国家権力や暴力、抑圧と抵抗を描いているにもかかわらず、なぜ独裁政府によって上演を許可され、受容されたのでしょうか?本書ではそのような矛盾がなぜ生じたかを明らかにするべく、当時の検閲事情を踏まえてブエロ・バリェホの主要な7作品を分析し、彼の戦略的な劇作法を論じています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

1.権力や暴力と抵抗の関係について考える動機づけに

ブエロ・バリェホの作品は、正義が悪を根絶するという大義を掲げた戦いも、家族や友人という小さな共同体で起こり得る暴力行為も、それを引き起こす根源的な心理構造は同じであると訴えていることが、本書で明らかにされました。戦争という特殊空間での殺戮に加えて、家族間あるいは仲間内での日常空間における暴力や殺人のニュースが後を絶たない昨今、ブエロ・バリェホ作品に注目することは権力や暴力と抵抗の関係といった非常に重要なテーマについて考える動機づけになります。

2.文学/演劇作品と検閲の関係についての問題提起

フランコ時代の検閲に関する研究は日本でなされていませんでしたが、本書では独裁制時代の検閲について概観し、ブエロ・バリェホ作品の検閲報告書に書かれた検閲官のコメントなども紹介しています。文学/演劇作品と検閲との関係という、これまであまり取り上げられてこなかった研究に発展させていくことの可能性を提示しています。

3.無名の人々の声が響く、真の歴史にアプローチ

本研究は、文学/演劇作品を通して歴史を知ることの重要性を提起しています。後世に残る正史は権力を持つ者によって編集されるのが常ですが、正史から除外された無名の人々の当時の生活や彼らの心のうちを作品内に記録し、人々の記憶に残すことは、真の歴史を伝えることでもあります。ブエロ・バリェホは画家のベラスケスやゴヤを主人公にした歴史劇の中だけでなく、現代劇においても歴史が伝えてきたこと、伝えるべきことを常に意識していた作家です。文学/演劇作品は、編集された歴史ではなく、無名の人々の生の声が響く、真の意味での歴史にアプローチする一手段となり得ることを本研究が証明しています。

4.日本におけるブエロ・バリェホ作品上演への可能性

本書での作品解釈によって日本の劇団がブエロ・バリェホ作品を上演する可能性を開き、上演の際に助けとなります。来年2016年はブエロ・バリェホ生誕100周年の年になります。その年に、『現代スペインの劇作家アントニオ・ブエロ・バリェホ―独裁政権下の劇作と抵抗』で扱った作品の翻訳を出版することを計画しています。これまで日本で上演されてきたスペイン演劇は、黄金世紀(17世紀)の古典劇、18世紀の『ドン・フアン・テノーリオ』、そしてロルカ作品に限られていると言っても過言ではありません。ロルカの象徴的作品とは異なり、ブエロ・バリェホ作品は社会派リアリズムと呼ばれ、どちらかと言えば、『セールスマンの死』で有名な、アメリカの劇作家アーサー・ミラーの作品と同系列に分類されます。ブエロ・バリェホ作品が広く知られることにより、日本におけるスペイン演劇のレパートリーの多様化が期待できます。

参考URL

言語文化研究科言語社会専攻
http://www1.lang.osaka-u.ac.jp/ls/

研究者総覧(岡本淳子講師)
http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/