マウスの骨粗鬆症が紅茶成分の投与で改善 マクロファージの運命決定に関与する新たな生体システムの解明

マウスの骨粗鬆症が紅茶成分の投与で改善 マクロファージの運命決定に関与する新たな生体システムの解明

破骨細胞の誕生は代謝状態に依存する

2015-2-24

概要

細胞はいつ、どうやって自分の運命を知るのでしょうか。従来の理解によると、様々なサイトカイン・成長因子が細胞の分化・運命を制御すると考えられてきました。

この度、大阪大学免疫学フロンティア研究センターの西川恵三助教と石井優教授らの研究グループは、免疫に関するマクロファージ系細胞の1つで関節リウマチなどの慢性炎症で骨を破壊・吸収する破骨細胞への分化・運命決定が、サイトカインだけでなく、その細胞の置かれた環境(特に代謝状態)が細胞内のエピジェネティクス を調節することで巧妙に調節されるという、全く新しい概念を明らかにしました。

研究の背景

細胞を取り巻く外部環境からの刺激は、細胞の生存や増殖だけでなく、細胞分化の運命を決定する重要な要素となります。例えば、骨吸収活性を介して骨の恒常性を維持したり、慢性炎症時に過剰な骨破壊を誘導するマクロファージ系細胞である破骨細胞の形成には、骨芽細胞や周辺の免疫細胞が発現するRANKLやM-CSFなどのサイトカインによって制御されることが明らかにされてきました。一方で、細胞周囲の栄養環境(酸素や糖など)も、細胞にとって必須の要素となります。栄養素を取り込み、代謝経路を通じて産生されるエネルギーや様々な細胞構成成分(代謝産物)は、細胞の種類に依らない普遍的な重要性を担っていることがよく知られていますが、これらは単に細胞のエネルギー状態を制御しているだけなのでしょうか。本研究では、細胞の運命決定・機能変化には、その細胞が置かれている代謝状態が関与することを初めて示しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

破骨細胞の分化にかかわる新たな様式が分かることで、新たな骨破壊抑制薬の開発につながることが期待されます。近年、全国民の4人に1人が65歳以上の超高齢社会を迎えている本邦では、加齢に伴う骨粗鬆症の患者数増加が大きな社会問題となっています。特に、エピジェネティクス制御酵素Dnmt3aの阻害剤TF3を用いた研究成果は、本機構が骨疾患において新たな創薬標的として有望であることを示しています。同時に、TF3は食品由来因子であるため、食事やサプリメントによって骨破壊を予防する新たな試みも考えられます。

詳しい解説

1.マクロファージ系破骨細胞における好気的代謝の役割

ミトコンドリアは、酸素を消費する代謝経路(好気的代謝)の担い手であり、重要なエネルギー産生器官として知られています。生体内に存在するエネルギー需要の高い細胞は、ミトコンドリアを生合成し豊富にもつことで、細胞内代謝のプログラムを変化させることが多々見受けられます。その細胞の一つに破骨細胞があり、実際に、ミトコンドリアに富んだ破骨細胞内の好気的代謝は非常に高い状態にあることが知られています。この破骨細胞で特化した好気的代謝の役割を明らかにするにあたって、破骨細胞の網羅的なメタボローム解析を行い、破骨細胞分化に伴って上昇する代謝産物の同定を試みました。その結果、メチオニンの代謝産物であるS-アデノシルメチオニン(SAM)が上昇することを見出しました (図1) 。ミトコンドリアの電子伝達系に対する阻害剤を用いた実験の結果、破骨細胞の好気的代謝を介して、SAMの産生が高まることが明らかとなりました。また、SAM合成酵素に対する阻害剤を用いた解析によって、SAMの産生が破骨細胞分化に重要であることを見出しました。

2.破骨細胞分化と細胞内代謝を結びつけるエピジェネティク制御

SAMがかかわる分子メカニズムを明らかにするために、SAMの標的分子の同定を試みました。破骨細胞の分化過程で取得したトランスクリプトームデータを用いて、破骨細胞の分化に伴って発現が誘導されるSAM代謝酵素を探索したところ、DNA上のシトシン残基にメチル基を転移する酵素Dnmt3aを同定しました。Dnmt3aは、これまで、胚発生や神経細胞の分化における役割が知られていましたが、骨代謝にかかわる機能は明らかにされていませんでした。コンディショナルノックアウトの手法を用いて、破骨細胞特異的にDnmt3a遺伝子を破壊したマウスを調べたところ、破骨細胞の数と骨吸収が減少し、骨量が著しく増加することが分かりました (図2) 。これは、Dnmt3aの働きが失われたことで破骨細胞の分化促進が行われないためだと考えられます。詳細な解析を進めた結果、破骨細胞分化におけるDnmt3aの役割が明らかとなりました。すなわち、Dnmt3aは、(1)自身がもつDNAメチル基転移の酵素活性を介して、DNAのメチル化によって遺伝子の発現制御にかかわること、(2)中でも、破骨細胞分化の抑制にかかわる転写因子Irf8の発現を抑制することで、破骨細胞の分化促進にかかわること、(3) Irf8の発現抑制にかかわるDNAメチル化制御にはDnmt3aとSAMによる協調的作用が重要であることを明らかにしました。

3.破骨細胞の代謝エピジェネティク制御を標的とした骨破壊抑制治療

近年のがん治療薬の開発研究において、エピジェネティク制御を創薬標的として利用する試みが進んでいます。そこで、本研究成果で明らかにした破骨細胞分化にかかわるDNAメチル化制御に注目し、新たな創薬標的としての是非を検討しました。破骨細胞の異常な活性化が病因とされる慢性疾患の一つとして、骨粗鬆症が知られています。そこで、本研究では、卵巣を摘出する手術によって骨粗鬆症を発症させた閉経後骨粗鬆症モデルマウスを用いて治療実験を行いました。卵巣を摘出後、病態モデルマウスでは骨吸収が亢進し、骨量の減少が認められます。これに対して、破骨細胞特異的にDnmt3a遺伝子を破壊したマウスでは、骨破壊が抑制されることが明らかとなりました (図3) 。この結果から、Dnmt3aが骨破壊抑制治療の創薬標的となることが考えられます。そこで、次に、Dnmt3aの酵素活性を阻害する化合物を探索したところ、紅茶に含まれる3,3’-二没食子酸テアフラビン(TF3)が有力な候補化合物となることを見出しました。実際に、TF3を用いた治療実験に取り組んだ結果、骨破壊を有意に改善することが明らかとなりました。

特記事項

本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」研究領域(宮坂昌之研究総括)における研究課題「次世代の生体イメージングによる慢性炎症マクロファージの機能的解明」(研究代表者:石井優)の一環として行われました。

掲載論文・雑誌

Keizo Nishikawa, Yoriko Iwamoto, Yasuhiro Kobayashi, Fumiki Katsuoka, Shin-ichi Kawaguchi, Tadayuki Tsujita, Takashi Nakamura, Shigeaki Kato, Masayuki Yamamoto, Hiroshi Takayanagi and Masaru Ishii.
DNA methyltransferase 3a regulates osteoclast differentiation by coupling to an S-adenosylmethionine– producing metabolic pathway.
Nature Medicine 2015年 2月24日(火) 午前1時 オンライン掲載(ロンドン時間: 2月23日16時)

参考図

図1 破骨細胞の好気的代謝に依存したS-アデノシルメチオニン(SAM)の産生と機能
骨髄細胞由来の単球・マクロファージ系の細胞に対して、RANKL(破骨細胞分化因子)とM-CSF(マクロファージコロニー刺激因子)を処理することで破骨細胞の分化誘導を行い、これに伴って産生が高まる代謝産物を探索したところ、SAMの上昇が観察されました(左図)。このSAMの上昇は、ミトコンドリア呼吸鎖の阻害剤(Antimycin AやOligomycin)によって阻害されることから、好気的代謝に依存することが示唆されます。次に、SAMがもつ破骨細胞分化における役割を明らかにするために、SAM合成酵素の阻害剤(Cycloleucine)を用いた実験を試みました。その結果、SAM合成を阻害することで、破骨細胞分化が抑制されました(右図)。

図2 破骨細胞特異的にDnmt3a遺伝子を欠損したマウスの骨表現型
Dnmt3aの遺伝子座にloxpが挿入されたfloxマウスとRank遺伝子座にCreが挿入されたCreマウスを交配することで、破骨細胞特異的にDnmt3a遺伝子を欠損したマウスを作出しました。マイクロCT並びに骨形態計測による解析の結果、長管骨内の破骨細胞数の減少とともに、海綿骨の増加が観察されました。

図3 閉経後骨粗鬆症病態モデルマウスを用いた、紅茶由来成分TF-3(3,3’-二没食子酸テアフラビン)の治療効果の解析
グラフ縦軸は、左から順に、骨密度、骨中破骨細胞数、貪食された骨表面の割合、そして骨中ミネラル量を示す。
野生型及びDnmt3a遺伝子欠損マウスに対して卵巣摘出手術を行い、作出した閉経後骨粗鬆症モデルマウスに対してTF-3を投与することで治療実験を実施しました。卵巣摘出によって誘導される破骨細胞数の増加と骨量低下に対して、Dnmt3a遺伝子の欠損マウスは抵抗性を示しました。さらに、TF-3の投与によっても、同様に破骨細胞数の増加と骨量低下に対して阻害効果が観察されました。

参考URL

用語説明

エピジェネティクス

本稿では、「DNAのメチル化修飾により、塩基配列に変化がないまま遺伝子発現のオン/オフが切り替わること」をさします。