原子核の中性子皮の振動の分離観測に成功

原子核の中性子皮の振動の分離観測に成功

超新星爆発・中性子星など 宇宙の謎の解明へ重要な一歩

2012-6-19

<リリース概要>

大阪大学、甲南大学、千葉大学などから成る研究グループは、陽子ビーム を用いた高精度測定により、ジルコニウム90 原子核の中性子の皮の振動であるピグミー双極子共鳴 を分離観測することに初めて成功しました。ピグミー双極子共鳴の性質を詳しく解析することにより、超新星爆発の際の元素合成や中性子星の情報を引き出すことができると期待されます。これは、宇宙の元素合成過程や中性子星の大きさ・硬さなどの解明に近づくことに繋がります。

<研究の背景>

原子の中心に存在する原子核は、陽子・中性子と呼ばれる2種の粒子から構成されています。陽子より中性子の数が多い原子核では、原子核の表面に中性子から成る皮-中性子スキン-が存在しています。原子核にエネルギーの高い電磁波を当てることで、陽子の塊と中性子の塊の相対振動である巨大双極子共鳴 が起きることが知られていましたが、電磁波の波長が長い場合には中性子スキンとそれ以外の部分の相対振動と考えられるピグミー双極子共鳴が起きることが近年分かってきました。しかし,ピグミー双極子共鳴の測定は、同じ波長領域に陽子と中性子のスピンが振動する磁気共鳴状態 も存在するため困難でした。

同研究グループは大阪大学核物理研究センターサイクロトロン実験施設で、高速の陽子ビームが発生する電磁波を用いて、原子核の振動を高精度に測定する技術を開発しました。この手法をジルコニウム90原子核に適用し、ピグミー双極子共鳴を磁気共鳴状態と分離して単独観測することに成功しました。今後同実験手法を他の原子核にも用いることにより、ピグミー双極子共鳴の解明が一挙に進むことが期待されます。

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図:観測された強度の分布。
左側の山をピグミー双極子共鳴(PDR)と磁気共鳴状態(M1)の2つに分離した。右側の山は巨大双極子共鳴(GDR)に対応する。

<四半世紀に亘る論争に終止符>

この研究は図の左側の山を巡る四半世紀に亘る論争に終止符を打ちました。1980年代に行われた陽子ビームによる実験では左側の山は磁気共鳴状態であるとされました。一方、ガンマ線による実験では電気双極子共鳴(これが今回のピグミー双極子共鳴です)が強く検出されたのです。今回の実験では、ピグミー双極子共鳴が最も前方の陽子散乱で、磁気共鳴がそれより後方の陽子散乱で検出され、左側の山が2つの共鳴に見事に分離されると同時に、両方の競合的存在が明らかになりました。

<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)>

中性子の皮とそれ以外の部分の振動であるピグミー双極子共鳴は、我々の身の回りの物質を構成する元素が超新星爆発の際中に作られる元素合成過程や、観測可能な最高密度の天体である中性子星の性質に密接に関わっています。ミクロな大きさの原子核のピグミー双極子共鳴の性質を詳しく解析することで、宇宙の元素合成過程や中性子星の大きさ・硬さなどの解明に近づくと期待されます。

<特記事項>

C. Iwamoto, H. Utsunomya, A. Tamii, 他著, Physical Review Letters 誌に掲載予定。
2012年6月19日online / 6月22日冊子体

<参考URL>

用語説明

陽子ビーム

水素から電子を取り除くことによって得られる陽子(水素の原子核)を加速器を用いて高エネルギーにまで加速したビームのこと。

ジルコニウム90

原子核の1種で、陽子40個中性子50個から構成される。

ピグミー双極子共鳴

原子核の集団運動状態の1つ。巨大双極子共鳴より波長の長い電磁波で作られる。原子核の表面部分にある中性子の皮とそれ以外の部分との振動と考えられているが、その性質はまだ明らかになっていない。

巨大双極子共鳴

原子核の集団運動状態の1つ。原子核を構成する陽子と中性子のそれぞれの塊が互いに振り子の様に振動している状態。

磁気共鳴状態

原子核を構成する陽子や中性子の自転(スピン)方向が時間的に変化するような集団運動状態。