
顕微鏡で探る水素社会の未来 触媒研究への挑戦が導いた、グローバルな舞台
基礎工学研究科 システム創成専攻 博士後期課程3年 金 庚民さん
顕微鏡の魅力に魅せられ、「世界を大きく動かすグローバルな研究」に没頭している金さん。取り組むのは、「セリア(CeO₂)」と呼ばれる触媒が重要な役割を果たす「水性ガスシフト反応」の仕組み解明だ。
水から水素を生み出す水性ガスシフト反応は、次世代エネルギー社会を支える重要な化学反応として知られる。しかし、その反応の仕組みは長らく明らかになっていなかった。
反応は、どこで起きているのか―未解明の“現場”に迫る

これまでの触媒研究は、計算シミュレーションによって反応の様子を推定する研究が主流だった。スーパーコンピューターを用い、原子ひとつひとつの動きを理論的に説明する研究は数多く報告されている。一方で、その反応が実際の触媒表面でどのように起きているのかを実験で直接捉えた例はほとんどなかった。その点に、金さんは強い疑問と関心を抱いたという。
「理論では説明されてきた反応を、実際の触媒表面で“見る”ことはできないのか」。その問いが、金さんを原子レベルの実験研究へと向かわせた。「原子間力顕微鏡」を用い、セリア表面を原子レベルで直接観察することで、触媒反応が起きている“現場”を捉えることに挑戦。しかし、触媒として活性の高いセリアは表面が不安定で、実験に使える試料をつくるだけでも容易ではない。条件をわずかに変えながら試行錯誤を重ね、原子ひとつひとつが整った試料作製のために1年以上を要したという。
世界初の成果は、行動の先に
原子ひとつひとつを観察する実験には、精密かつ大規模な実験装置が不可欠だ。研究を進めるには、装置そのものを理解し、思い通りに扱えるようになる必要がある。金さんは研究を始めた当初から、その点を強く意識し、実験装置の立ち上げから関わることを選んだ。一般的には4年生から研究室に配属されるところ、研究への興味関心が高かった金さんは、3年生から装置開発に取り組むようになった。はじめ、装置は思うように動かず、改善を重ねる日々だったという。
さらに金さんは実験と同時に、環境づくりにも力を注いできた。学外研究機関との共同研究を積極的に進め、必要な測定環境を自ら切り拓くほか、研究費の獲得にも取り組み、研究を継続するための基盤を整えてきたのだ。
その積み重ねの先に、世界初の成果が生まれた。反応に深く関わるセリウムイオン(Ce3+)や欠陥サイトを、世界で初めて実際のセリア表面上で“実像”として捉えることに成功。計算シミュレーションが主流だった触媒研究において、実験によって反応の核心を直接捉え、研究ステージを大きく前進させた。
「リンダウ・ノーベル賞受賞者会議」への参加 世界へひらかれる研究を目指して
金さんのモチベーションの根底には、「最先端の研究をグローバルに展開していきたい」という想いがある。博士前期課程1年の際に参加した国際学会で、その想いはより強くなった。「英語がネイティブの研究者たちと話すと、どうしても言語でつまずいてしまう。自身の研究を英語で伝えきれないのが、自分的には許せませんでした」。そこから毎日30分の英会話を2年間続けるなど、研究と並行して語学学習を重ねてきた。研究成果を論文として出すだけでなく、「世界に影響を与える仕事がしたい」という姿勢が、行動を後押ししている。
水素社会の実現にとどまらず、金やプラチナといった希少な貴金属に頼らない触媒開発への可能性もひらく、金さんの研究成果。国際的にも高く評価され、海外の大学から招待講演を依頼されるなど、グローバルに注目を集めている。2024年には、ノーベル賞受賞者と若手研究者が交流する「リンダウ・ノーベル賞受賞者会議」に日本代表として参加。「最前線で研究を続けてきた研究者が、どんな問いを持ち、どんな姿勢で研究と向き合ってきたのか。交流を通して、直接話ができる絶好の機会だと思いました。世界トップレベルの研究者が集う場で、自分の研究をいかに魅力的に伝えるかを学べた経験は大きかった」と語る。共同研究者を探すという目的に加え、研究者としての在り方を学びたいという想いもあった。実際に、その場で出会ったアメリカ・インドの研究者との共同研究も動き出しているという。
理論で説明するだけでなく、実際に“見る”ことで確かめる。そして、その成果を世界と共有する。原子ひとつひとつに向き合うその探究心は、エネルギーや環境の未来を見据えている。国境を越え、次のフェーズへと踏み出す金さんの挑戦に、期待が高まる。

