
未来考究 CROSS TALK ― つながりへと発展し得る出会いを生みだし、育てる方法とは。
人と人、組織と組織がつながれるのは、偶然/必然の「出会い」があってこそ。
今回の対談では、研究者たちがこれまでにどのような出会いを体験してきたのかを尋ねると同時に、その出会いをオープンに受け止めるための環境、マインドづくりに向けて、大学が果たすべき役割についても議論を深めました。
○座談会参加者
田中敏宏 理事・副学長(教育)(材料工学)
渡邉幹夫 教授(臨床免疫学・臨床検査学/ふたご)
松垣あいら 准教授(生体材料工学)
吉野剛史 特任准教授(常勤)(発生学)
山ノ井克俊 教授(複素解析学)
近藤久美子 教授(アラビア文学)
距離や属性を超え、「違い」と出会うことが、成長や成果を生む。
田中:今回も所属の枠を超えた幅広い専門分野から、研究者の方々にお集まりいただきました。これまで3号にわたって、産学官の「つながり」をテーマに掲げてきたOURGですが、今回はつながりのスタート地点となる「出会い」にフォーカスを当てたいと考えています。先生方は日々の研究にあたって、どのような出会いを大切にされていますか?
吉野:学会などで自分の研究成果を発表した際に、「おもしろいですね」と声をかけてくださる方との出会いは、やはり大切ですね。近しい分野の方々との出会いではありますが、その会の参加者や声をかけるタイミングがあったかどうかなど、偶然の要素が重なっていることを考えると、これもひとつの一期一会。そこから話が盛り上がり、相手方の学術発表会にご招待いただく機会につながることもあります。
松垣:私が主軸としているバイオマテリアルの研究は、「人の身体に限りなく近い素材」という最終ゴールを達成するまでに、途方もなく時間がかかる分野なんです。
渡邉:安全に人の身体に使用できる、ということを実証するまでに、クリアすべき過程や項目がたくさんあるためですね。
松垣:そうなんです。理論ができあがって、マウスで実証して、技術を羊などの大型動物に転用して、臨床医から意見をもらって……。過程が多くなる分、研究が進むにつれてステークホルダーもどんどん増えていきます。そのどれかひとつでも欠けてしまえば研究が完成することはないため、プロセスの中で生まれる出会い一つひとつがとてもありがたいですし、大切にしていきたいなと思っています。
山ノ井:数学の研究は、自身の頭の中で完結することがほとんどではあるのですが、数年前からフランスの若手数学者の方との共同研究にチャレンジしています。出会いのきっかけは、先方から届いた一通のメールでした。現在は毎日のようにメールやzoomでコミュニケーションをとって、意見を出し合いながら研究を進めています。よくよく考えると、彼と直接会ったのは1度きり。ネットを介して出会い、つながり続けているという不思議な関係性ですね。
田中:デジタルの力を活用することで遠く離れた地にいる研究者の方とも、隣近所にいるような感覚で共同研究に取り組める。これは近年になって特に活発になってきている、新たな出会い方、つながり方だと言えますね。
近藤:文化や言語が異なる国、人との出会いは、人の視野や考え方を飛躍的に広げる起爆剤。山ノ井先生のようにデジタルの力を生かしていくこともひとつの手段ですが、一方で、実際に現地に足を運ぶ、目で見て、手で触れて、直接的に現地の人たちと出会うことも大事だと、私は思っています。阪大生と海外の大学に通う学生が共同で参加するカップリングインターンシップ(CIS)の指導を担当した際、特にリアルな出会いの重要性を強く感じました。
吉野:CISとは、どのような教育活動なのでしょうか?
近藤:参加するのは文系、理系学部に通う阪大生と、現地の大学生たち。異なる知識、視点を融合させながら、社会を知り、国際交流を深めることを主な目的としたインターンシップとなっています。
田中:日本と海外、ふたつの大学から学生が参加するため「カップリング」と名付けられていますね。
近藤:指導を担当した年は、カタールの首都ドーハを訪れました。インターンシップでは、現地の日系企業から課題を与えられ、学生全員でその解決をめざします。阪大からはアラビア語専攻の学生2名と工学部の学生2名が、カタール大学からは工学部の学生4名が参加していました。文系の学生にとっては、工学的知識を求められる課題は全くの専門外。工学系の学生は、知識はあってもアラビア語がわからない。そんな状況ですから、最初はなかなか議論が進まないんです。でもだんだんと文系の学生が通訳を行って、工学系の学生同士が課題解決のプランを練る、という協力体制が出来上がっていくんですね。
吉野:文系や理系、国籍をミックスして行うCISでなければ起こり得ない化学反応が起こっていくと。
近藤:そうなんです。議論を通じて学生同士の距離が一気に縮まって、最終日には食事中のおしゃべりが止まらないほど、学生たちの仲が深まっていました。
山ノ井:属性が全く異なる人同士の出会いには、最初は戸惑いがつきものです。でも、だからこそ、あえてそれをやってみる。想像を超えた成長や成果は、その壁や戸惑いを超えた先に、生まれてくるものだと思います。
大学に求められているのは、出会いをつながりに変えるための、場所づくり、機会づくり。
渡邉:ツインリサーチセンターに関わり始めて以来、これまでに多くのふたごの方々と出会ってきました。その上で私は、出会いをつながりに変え、育てていくことを、とても大事に思っています。データ収集のために血液をいただいたり、インタビューをさせていただいたり。そういったことを気持ちよく引き受けていただける強い信頼関係は、一朝一夕では到底育たないため、出会いをつながりに変え、継続していくということがとても重要なんです。
近藤:感情や感覚も含めて、気持ちの良いつながりをつくっていくことが大切ですよね。ふたごの方々とは、日頃どのようにリレーションシップを維持されているんですか?
渡邉:代表的なものでいうと、コロナ前は1年に1回「ふたごフェスティバル」という集まりを開催していました。ツインリサーチセンターにご協力いただいている方々にお集まりいただく、交流会のようなものですね。これがまたおもしろくて。阪大とふたごの方々とのつながりが深まるだけでなく、その場でふたごを育てている親御さん同士が悩みを共有して仲良くなる、といった現象も生まれています。
田中:ツインリサーチセンターを経由して、人の出会いが生まれている点がおもしろいです。
渡邉:私は医学科の同窓会運営にも携わっていて、ここでもつながりを継続させることの重要性を度々感じています。卒業してから特に接点がなかったのに、ある日突然寄附のお願いだけが届く。こういったかたちでは、信頼関係は育たないと思うんです。学生の頃から同窓会の存在を感じられる機会を設けたり、卒業後もつながりを維持できる施策を実施したり。そうやって地道につながり続けることで、卒業した後も阪大を大切に思ってくれる人が増えていくのではないかと思います。
松垣:社会で活躍する同窓生とのつながりは、産学連携、産学共創に発展し得る、貴重な財産になっていきそうですね。
渡邉:「場づくり」「関係性づくり」は研究の枠に収まらない活動になってくるので、費用や人手の確保が難しいとは思うのですが、つながりをあたためた結果として新たな研究、発見が生まれることはあるはず。このような場や機会の持続可能性を高めるような施策、支援の体制を大学側が整えていくことが必要になってきているのではないでしょうか。
田中:とても貴重なご意見だと思います。具体性の高い研究の支援だけでなく、人同士の交流や対話といった、研究の手前にある活動にも注目していかなければなりませんね。
学びの環境を整え、出会いに対してオープンな人材を育成していく。
田中:先生方が研究者になっていらっしゃるのも、ある意味その分野やテーマとの出会いがあったからこそ。今の自分に至るきっかけをくれたとも言えるような、思い出深い出会いはありますか?
山ノ井:研究しているテーマとの出会いがまったくの偶然で、ある種運命的なものがあったので、強く記憶に残っていますね。学部1年生の時、とある必修授業が休講となってしまって。時間を持て余した私は、大学院の授業に潜り込んだんです。そこで行われていたのが、現在研究している複素関数論に通じる数学の講義。全てを理解できたわけではなかったですが、この時「おもしろい」と思った気持ちが心のどこかに残っていて、今現在も取り組んでいる研究テーマの選定に影響を与えたのではないかと思います。
田中:大学生当時の山ノ井先生が、自分に与えられた学びの外に出た、ある意味イレギュラーな出会いを求めたからこそ、今があると。そんな風に、自ら出会いを求めるオープンな姿勢と好奇心を持った人材を育てていくことも、大学の使命のひとつです。しかしこれがなかなかに達成難度の高い目標。学生全員をそういうマインドに導けているかといえば、まだまだ道半ばだと感じています。
山ノ井:最近の学生はもしかすると、他学科や他分野の授業に潜り込む、ということを「してはいけない」と感じているのかもしれないですね。あとはやはり単位にならない授業に対してはモチベーションが上がらないため、「専門外だけどこの授業もとってみよう」というチャレンジ精神が湧きにくいのではないでしょうか。
渡邉:私が担当している保健学科をはじめ、医学系の学科は国家資格などの取得に向けて絶対に落とすことのできない必修単位が非常に多いんです。学生たちを見ていると、そういった授業で一杯一杯になっていて、いい意味での余所見、領域外の知識との出会いを求める動きをできていないことがほとんどだと思います。
松垣:ある程度学びの軸が出来上がっている修士や博士課程の学生には、専門分野の外に興味を広げてほしいという思いがあるので、研究室の学生たちにもそういった指導を心がけています。ただ、修士や博士の学生も授業と研究で非常に忙しいため、学部生同様になかなか余裕を持てないようです。やはり大学側が、学生たちに自然と自分の視野や領域を広げられるような仕組みを提供していく必要があるのではないでしょうか。
田中:先生方のご意見、ごもっともかと思います。学生たちが物理的に出会いに積極的になれない、モチベーションが上がらないという状況は、大学側の教育システムを見直して、改善していかなければならない問題。解決策のひとつとして、阪大では主に博士課程の学生に対して、総合大学の強みを活かし「学際融合・社会連携を指向した双翼型大学院教育システム (Double-Wing Academic Architecture: 通称DWAA)」の推進を2021年からスタートさせています。
田中:DWAAは、大学のみならず産業界や地域にもつながりを広げ、社会のイノベーション創出で活躍できる人材の育成を目標とした教育システム。このシステムを通じて、専門分野を深めながらも、他の領域での出会いを求め、それを楽しみながら知を広げられる人を育てていきたいと考えています。
誰がどんな力をもっているか。マッチングが、可能性を解き放つ。
吉野:そういった教育システムが動き始めているということを、今のお話で初めて知りました。
田中:システム自体はあるものの、まだまだ周知しきれていない部分が課題ですね。
渡邉:田中理事がおっしゃった「周知」の部分。ここが、産学共創につながる出会いを生んでいくにあたっても、非常に重要なポイントになっていると思います。ツインリサーチセンターをはじめ、大学の持っている知見や技術を使いたい、一緒にプロジェクトを行いたいと思ってくださる企業は社会の中に無数にあるはず。ただ、そういった方々全員と出会えているかといえばそうではない。それは、私たちがどんなデータやスキルを持っているか、ということを、世の中に対して周知できていないからだと思うんです。
近藤:自分をPRしていく、という部分はアカデミアの苦手分野かもしれませんね。
渡邉:そうなんです。例えば、今日私は初めて吉野先生や松垣先生にお会いしましたが、お二人の研究テーマについてのお話を聞いたことで、いくつか「ツインリサーチセンターのデータを有用に使っていただけるんじゃないか」というアイデアが湧いてきています。このように、「つながりたい」という想いは、相手の背景情報を知った後で生まれてくるものだと思うのです。
山ノ井:研究者と研究者、研究者と産業界の方々をうまくマッチングさせるプラットフォームのようなものがあれば、知る、出会う、つながるという一連の流れを増やしていけるかもしれませんね。
松垣:この座談会のような場が、デジタル上にあると意義ある出会いが増えていきそうです。
渡邉:先ほど述べたように、吉野先生、松垣先生にツインリサーチセンターのデータを活用いただくアイデアはスムーズに湧いてきたのですが、一方で、アラビア文学を研究されている近藤先生、数学の専門家である山ノ井先生の研究に対して、我々が持っているデータを生かしていただく方法をこの時間で思いつくことはできませんでした。しかし、全く別の視点を持った産業界の方の視点を取り込めば、私には思いつかなかったアイデア、文学や数学の世界においてふたごのデータを生かす方法が見つかるかもしれません。出会いとは、つながりとは、そういった大いなる可能性を秘めたものなのだと考えています。
田中:みなさんとお話しする中で、シーナ・アイエンガーの『THINK BIGGER(邦題「最高の発想」を生む方法)』(NewsPicksパブリッシング)という本の内容を思い出しました。著者曰く「人間の想像ほど自由なものはないが、その想像は自らの知識の範囲内でしか得られないもの」なのだそう。つまり、新たな発想を創造するためにはその知識の範囲を超える必要があるということ。そして誰かと出会うことは、この「知識の範囲を超える」「知の境界線を広げる」という行為に他ならないのではないかと、今日改めて感じることができました。さまざまな視点、知識、技術をもった人々が混ざり合い、出会える環境を整備していくこと。そういった場面において活躍できる、出会いに対してオープンな人材を育成すること。こういった大学にとっての重要な使命を再確認し、多くの気づきを得られる機会をいただき、本当にありがとうございました。
(2024年8月取材)