未来考究 CROSS TALK ― 大阪大学が考える「生きがいを育む社会」とは?

未来考究 CROSS TALK ― 大阪大学が考える「生きがいを育む社会」とは?


パンデミック、地球温暖化、エネルギー問題、食糧危機……。
複雑な問題を抱える社会は、今後どのような変容を遂げていくのか。
変化する社会の中で、大学はどのような役割を果たすべきなのか。
今回は、西尾章治郎総長と様々な分野の研究者5名が、
社会、そして大阪大学の「未来」について語り合いました。

○座談会参加者
西尾 章治郎 総長(データ工学)【写真右から3番目】
関谷 毅 教授(物性物理工学・電気電子工学)【写真左から3番目】
桑木野 幸司 教授(空間史・西洋建築史)【写真左から2番目】
松岡 悠美 教授(皮膚アレルギー・生体防御)【写真右から2番目】
岩田 夏弥 准教授(プラズマ物理学)【写真1番左】
増田 容一 助教(ロボット工学)【写真1番右】


複雑な問題に直面する現代社会。今こそ、阪大が果たすべき使命とは?

総長:過去数十年で目覚ましい進歩を遂げつつも、発展に比例して様々な問題を抱えるようになったというのが、我々が生きる現代社会の現実です。新型コロナウィルスによるパンデミックが記憶に新しいですが、エネルギー問題や紛争など、このままでは社会が成り立たなくなるような大きな課題が未解決のまま残り続けています。

関谷:だからこそ、大学も多種多様なステークホルダーと協力し合い、連携を超えた「共創」の姿勢で社会問題に立ち向かっていかなければならないと感じています。

総長:大学には「教育」「研究」そして「社会貢献」という3つの使命が課せられています。これまでの社会貢献は、新しい技術の開発、産業界との連携を通じて市場にイノベーティブな製品やサービスを届けることを中心に、その役割を果たしてきました。しかし現代社会の各種課題は、大学と企業が一対一で向き合うだけでは、解決できないほど複雑化しています。だからこそこれからの大学は、複数の企業との橋渡し役となって連携を図り、その中でリーダーシップを発揮し、「社会創造」にまで踏み込んだ貢献を成し遂げていくべきだと思うのです。

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関谷:阪大が目指している社会像が「生きがいを育む社会」であると。

総長:はい。人の寿命の概念として健康寿命はよく知られていますが、これに加えて「社会寿命」がある、と考えています。社会寿命とは個々人が健康で社会に参画し、何らかの役割を果たしながら人生を送る期間のことと捉えていますが、例えば、この延伸を図ることができれば、「生きがいを育む社会」の創造につながると考えています。

松岡:社会に関わり続けることの前提として健康な心身が求められるため、医療の発展は社会寿命の延伸に深く関わってきますね。そのほかにも、社会に参画する方法・機会を増やすための技術やサービスの開発、雇用の拡大といった観点が挙げられると思います。

増田:大学内部で活動を完結させることなく、「産学共創」によって新たな技術・サービスの社会実装、雇用の創出を目指すことも、「生きがいを育む社会」の実現に結びつくということですね。

総長:おっしゃる通りだと思います。実は「産学共創」を進めるにあたって、企業側から必ず尋ねられる質問がひとつあります。それは「未来の社会は、一体どうなっているのか?」という問いです。今日は、この問いに対するヒントを見つけたいと思い、皆さんに集まっていただきました。ぜひ活発に意見を交わし、未来の「生きがいを育む社会」とはどういうものなのか、その実現のために私たちはどのような姿勢で研究と向き合っていくべきなのか、語り合いたいと思います。


ロボットやセンシングテクノロジーが、未来の社会を、「空間」から豊かにする。

総長:桑木野先生はこの中では唯一の人文領域の研究者。専門とされている「空間史」の観点から、社会の未来をどのように見つめていらっしゃいますか?

桑木野:社会を織りなす人々は必ず日々の生活を街、地域、建物といった物理的な「空間」の中で営んでいます。しかし空間という観点から考えると、今のままでは日本社会の未来は少々豊かさに欠けていくのではないか、と危惧しているところです。

総長:どういった理由で、豊かさが欠けていくのでしょうか?

桑木野:現状の日本の街並み、建物は基本的にスクラップアンドビルドで構築されてきていて、特に地方都市などでは著しい画一化が進んでいます。私の研究では空間を人々が愛着や記憶を注ぎ込む器と捉えていますが、その器がのっぺりと表情を失っていて、価値ある記憶の蓄積と継承が生まれにくい状況になっているんです。

総長:人の記憶や愛着と空間とには、強い結びつきがある、ということでしょうか?

桑木野:そうですね。建物と記憶の密接な関係は、認知症治療の分野でも注目されていて、昔の生活を再現した家屋に高齢者の方を連れていくと、記憶が刺激されて当時の様子を雄弁に話し出す、という事例が多く報告されています。それを利用したのが「回想法」と呼ばれる認知症予防・治療法。私はこの「回想法」の聞き手としてロボットが活躍するような未来が来てもおもしろいかもしれないな、と感じていました。

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増田:ロボットを介在させることで人と建物のつながりを深め、未来の空間を豊かにする、という試みですね。すごくおもしろいと思います。

桑木野:私は空間史の中でも特に西洋建築史について研究しているのですが、15-16世紀の庭園技師たちは、「オートマタ」と呼ばれる機械装置を造り、水を使って紋章を描いたり、人工的に虹を発生させたりすることで、庭園に多様性を生み出そうとしていました。これもある種、ロボットが空間に豊かさに与えた事例だと言えますか?

増田:私たちはロボットと聞くと、人の姿をしたものや、人智を超えたスーパーパワーを有した存在を想像しがち。しかし私はそこに在ることで人間になんらかの影響を与えたり、感情を引き出したりできる存在は、すべからくロボットと呼べると考えています。だからこそ、「オートマタ」もロボットだと言えると思いますし、回想法の相手役として「話を聞く」「うなずく」といった限定的な機能のみを有したロボットがいてもいいと思います。

桑木野:古い建物や街をただ残すのではなく、実際に使うなかで空間に残された記憶を引き出していく。ロボットやテクノロジーを媒介として、そういった豊かさを感じ取ることができれば、私としても非常にうれしいです。

松岡:社会におけるロボットの活躍、という観点で言うと、最近はレストランの配膳ロボットなども増えてきましたね。

増田:私があの事例に関して特におもしろいなと思ったのは、ロボットがエラーを起こして停止してしまうシーン。配膳ロボットが機能を果たせていないわけですが、お客さんたちは怒ったりせずに、自らロボットのところまで料理を取りに行くんですよ。

総長:ある種パーフェクトではない、人の助けを借りるロボットが受け入れられていると。

増田:ロボットの失敗が「困ってるんだろうな」「じゃあ助けないと」という感情を、人の中に生んでいるわけです。

桑木野:今のお話を聞いて、お掃除ロボットと人との関係についての話を思い出しました。お掃除ロボットが部屋で迷子になったり、どこかに引っかかって動けなくなってしまったりすると、スマホに「助けて!」という通知が来ます。あれを多くの人は「かわいい」「助けなきゃ」と感じているらしいですね。

関谷:先日介護ロボットを開発している友人も、おもしろい話をしていました。高齢者施設内でロボットがエレベーターに乗れずに立ち往生すると、必ずお年寄りたちがボタンを押して助けてあげるそうなんです。

増田:お年寄りたちもきっとその行動を通して、「誰かの役に立った」というやりがいを感じられるのではないかと思います。ロボットがいることで、人が弱さや失敗に寛容になれる。これは、ロボットの社会実装が進むことで初めて見えてきた、人とロボットの意外な関係性だと言えます。

岩田:ロボットが多様性の象徴として存在する社会では、人々も弱さや違いを今より自然に受け入れられるようになるのではないかと、期待が高まりますね。

桑木野:関谷先生は薄くて柔らかいエレクトロニクス素材を研究されていますが、そういった技術を組み込むことで豊かな空間をつくりだす、ということもできると思われますか?

関谷:現在取り組んでいるプロジェクトのひとつに、大阪の古い橋梁などにシート型センサーを設置する、という活動があります。センサーで振動を読み取って、安全性や強度に関する情報をデータ化しようという試みなのですが、私たちがセンサーを取り付けようとしていると、自治体の方が来られて「この橋は自分が何十年も見守っていてね」といったお話をしてくださるんです。

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桑木野:まさに、橋という建造物がその方の記憶の器になっている事例ですね。

関谷:その通りです。このプロジェクトの特徴は、データを私たちだけで解析するのではなく、「この結果をどう思われますか?」と地域の方々と協議する場を設けていること。すると自治体の方々も一生懸命、橋に何が起きているかを考えてくださる。これがすごくおもしろくて。振動データを通して、橋と人とが一種のコミュニケーションを取るような現象が起きているんです。

桑木野:それはわくわくしますね。建物や構造物と会話をする、彼/彼女らが語りかけてくる物語に耳を傾けるというのが、私の研究目標なので。

関谷:この技術がもっと発展していけば、「今は危険だから渡ってはいけないよ」といった、橋からのメッセージすら受け取れるようになるかもしれません。そうやって人と建造物がテクノロジーを介して対話することを重ねていけば、未来の空間は今よりもっといいものになるのではないでしょうか。

総長:プロジェクトを通じて、地域の方が「橋を見守っている」という役割を再確認されているのも良いですね。まさに生きがいを感じられているということだと思います。


社会や身体、物理現象を支える「多様性」。その膨大なデータから、人は何を導き出すのか。

松岡:私の専門は人間の皮膚なのですが、ロボット工学において、「皮膚を持ったロボット」の研究などは進められているのでしょうか?

増田:温かい・冷たい・痛いなど、人の皮膚と同じような知覚を持ったロボットの研究は、まだまだ発展途上であると感じます。

松岡:私は介護など「人とのふれあい」を目的とするロボットには、皮膚のような感覚器があってもいいかもしれないと思っていて。人は皮膚の感覚から、ストレスを感じることもあれば、それが心地よく和らぐこともある生き物。だからこそ、その感覚を分かち合えるロボットならやさしいふれあいを実現してくれそうだなと思っています。

増田:骨や筋肉、神経など、体の中の「多様性」への理解を深めて、精密に再現することが私の研究目標なので、皮膚を持ったロボットづくりにもいつか取り組んでみたいですね。皮膚や筋膜といった組織を包み込む要素が、人や動物らしい滑らかな動きを生み出すために、大きな役割を果たしているのではないかと感じています。

松岡:社会における「多様性」と同じように、研究においても目の前の「多様性」を無視しないことが非常に重要ですよね。私が主たる研究フィールドとしている皮膚においても、微生物の多様性とそのバランスが重要になることが多くて。例えば、治療のために皮膚上の悪玉菌を抹消するとします。すると、往々にして善玉菌まで消えてしまい、皮膚環境がより悪化してしまうんです。悪いものを取り除く、何かの要素を無視するような発想ではなく、多様で複雑な環境を見つめて、その中から答えを見つけ出す姿勢が医学の進歩においても、とても大切だなと感じさせられます。

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岩田:複雑な要素が絡み合う状態から、本質的な答えを導き出す、という点は物理研究においても同じことが言えます。特定の要素を無視すれば現象の数式化は簡単になるもの。しかしそれでは、現実世界で実際に起こっていることの説明になりません。多様性を帯びた現実世界の事象をありのまま探究し、普遍的な式に落とし込むことが私たち理論物理学者に求められていることだと思います。

松岡:そうですね。多様性に挑むからこそ難しく、だからこそ研究の価値があるんだと思います。岩田先生が日々、物理シミュレーションデータに向き合われているように、私も菌の遺伝子データを分析しています。情報処理技術が進化して、データ自体は比較的簡単に取れるようになりました。だからこそ、私たちには「それをどう眺めるか」という問いが課されています。

総長:サイエンスのパラダイムは、天体観測などの「経験科学」から始まり、ニュートン、アインシュタイン、マクスウェルらの登場によって、現象や事象を美しい理論式に落とし込む「理論科学」に発展しました。その後、計算機の能力が格段に向上するにしたがい、様々な問題の計算機によるシミュレーションやその他の計算手法を適用する「計算科学」が台頭してきました。「計算科学」は「シミュレーション科学」とも言います。そして、現在、第4のパラダイムとして「データ駆動科学」が非常な勢いで進展しています。観測、実験、診療などから得られた生の超大量の学術データを蓄積し、それをもとにビッグデータ解析、人工知能技術などを駆使し、真理の探究を行うものです。

松岡:「データ駆動」を用いた研究において、一番時間がかかるのは、大量のデータをどう眺めるのか、という分析の道筋を考えるフェーズ。この「正しい答えに向かう道のりをデザインする」という作業は、まだまだ人間の研究者にしか行えないなと感じています。

岩田:私たちが使う物理シミュレーションモデルは、人の手で作られたもの。だからこそモデルが弾き出した結果を盲目的に信じるのではなく、その妥当性を検証するフェーズに関しても、我々研究者が力を発揮していかなければならないと思っています。

総長:物理現象を突き詰めた結果出てくる普遍性を持った数式には、哲学的な思想すら含まれていますよね。

岩田:そうなんです。私は理論物理学が持つ、その美しさに魅力を感じていて。シミュレーションによって、目の前で起こっている現象の内容はわかる。でもそれがなぜ起こるのかがわからない。その道のりを美しく表現できる数式に出会えた時、私はいつも世界への見方が変わるような感覚を覚えます。ものごとの概念をつくり、世界の見方が変わる体験を多くの人に届けることができれば、それはその人の新たな「生きがい」を見つけることにもつながるかもしれません。

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総長:松岡先生、岩田先生がおっしゃられたように、情報技術の進歩は目覚ましく、データを処理するスピード自体はこの数十年で爆発的に向上しました。1980年代後半、私がカナダのある大学で最新鋭のワークステーションを利用しながら研究を行っていた頃のことです。当時1GB(ギガバイト)のハードディスクといえば、お弁当箱ふたつくらいの大きさで、価格も100万円ほどするのが当たり前でした。それが今では、小さなUSBメモリにその1000倍の1TB(テラバイト)もの情報を入れることができて、価格も1万円ほどで購入できるものがあります。今私が1TBのUSBメモリをポケットに入れて当時にタイムスリップができたなら、10億円をポケットに入れて歩いていることになりますね。これだけの進化を遂げた情報技術をもってしても、多様に絡み合う物事の過程を紐解き、真理を説明することは難しい。そういった場面において、人にしかできない能力を発揮して研究を成し遂げていくことも、大学に求められていることだと思います。

松岡:放射線という新発見が出てきた際、それを核兵器に利用するのか、平和利用するのかは人の手に委ねられていました。ある種、技術革新に倫理というブレーキをかけながら、人が人らしくいられる発展を遂げていくことが重要だと思います。


技術革新と倫理のバランスを見極め、人間らしく、進歩を続けていく。

総長:倫理と技術革新とは、切っても切れない関係です。日本が国を上げてプロジェクトを進めている「Society 5.0」の実現においても、これが非常に重要なテーマになってくると考えています。

関谷:「Society 5.0」が実現することで、私たちの生活はどのように変わるのでしょうか?

総長:「Society 5.0」が目指すのは「いつでも、どこでも、だれとでも」を超えた、「いまだから、ここだから、あなただから」という情報を届ける社会です。パーソナライズされた情報が、さりげなく暮らしの中に提示される、アンビエントな情報環境が整うと考えています。

岩田:「アンビエントな情報環境」とは、具体的にどのようなものですか?

総長:例えば、毎日通勤で使う電車が事故で止まると、調べるまでもなくそのことが知らされ、別の交通手段がデバイスに提示される。帰宅すると、見たいと思っていた番組がモニタに自動で映し出される。生活の至る所にIoT技術が施され、さりげなく暮らしをアシストしてくれるようになると考えています。

増田:ただ、そういった情報を届けるためには、人の身体情報やライフサイクルデータを膨大に収集する必要があると思います。そういった点で倫理の問題がでてくると。

総長:その通りです。倫理や法律の問題を解決せずして、「Society 5.0」の実現はあり得ません。だからこそ大阪大学では、社会技術共創研究センター、略称でELSI(Ethical, Legal and Social Issues)センターを立ち上げました。これは、日本の教育機関では初となる取り組みです。データサイエンスの未来の規範となる考え方を、海外の大学と国際連携しながらつくり上げていくことを目指しています。技術の妥当性や平等性を考慮してルールを定めることができて初めて、真の技術革新と社会実装が叶えられると思っています。

桑木野:総長がお話になった「アンビエントな情報環境」というのは、人間の自発的な思考を奪ってしまわないでしょうか?なにもかもが自動で提供される環境下では、思考や発想が妨げられてしまう気もします。

総長:だからこそ私は、「さりげない情報提示」が大切になってくると考えています。人間の無意識下に訴えるような情報がすっと目の前に現れて、人の発想を刺激し、発展的な思考を促すことができれば、人類にとってプラスに働くのではないでしょうか。


私たち人間の機能、その可能性にこそ、未来を創造するヒントが隠されている。

増田:無意識下への刺激が発想を促す、という瞬間は、研究者なら誰もが体験してきていますよね。研究室に閉じこもっている時より、シャワーを浴びたり、お茶を飲んだりしている時の方が、いいアイディアが湧いてくることが多いです。

桑木野:かつての哲学者たちも、自然に囲まれた緑地空間を歩くことで思考を刺激する、ということを当たり前にやっていましたから、シャワーによる身体的刺激や木々の中を歩く体験などが、発想を活性化させる可能性は大いにあると思います。

松岡:情報科学の発展によって、私たちは情報を記憶することから解放されたなと日々感じていて。20年前は、分からないことがあれば診療後に文献を開いて情報を得ていたものですが、今は検索すればすぐに答えが見つけられます。忘れてしまっても再度検索すればいいので、都度覚えておく必要もない。記憶の外部化によって、人は知能をよりクリエイティビティに傾けられるようになったとも言えると思うのですが、みなさんはどうお考えですか?

桑木野:私自身はある程度の記憶や経験を土台として、創造性が生まれるものだと思っています。古代〜中世の知識人たちは「記憶術」と呼ばれる技能を用いて、膨大な情報を頭の中にインプットし、それを原動力として創造的な活動を行なっていました。情報爆発、安価な紙の普及、出版技術の発展などによって、「記憶術」は廃れてしまいましたが、そこで失われた力もあるのではないかなと思っています。

松岡:確かにそういった側面もありますね。よく知られている話ですが、人間が使いこなせているのは脳の機能のほんの一部分。かつての知識人たちが「記憶術」を用いて驚異的な記憶力を発揮していたように、私たち人間の脳は「こんなことができるんだ!」と人間自身を驚かせるような力を秘めているはずです。今後の技術革新で実は人間にはこういう能力があったんだ、ということがわかってくればおもしろいですよね。無意識への刺激による「ひらめき」の真相も、紐解くことができるかもしれません。

増田:私がロボット研究を通して成し遂げたいのは、「人とは何なのか」という答えを見つけること。研究を進めるたび、人間は自分たちのことをまだまだ知らないんだなと日々感じさせられていますし、ロボットを通してその謎を一つひとつ解明していくことで、人や動物の可能性を提示していけたらいいなと思っています。

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関谷:私は柔らかく、且つ電気的機能を有する「フレキシブルエレクトロニクス」素材を使って額に貼るだけで脳波を調べられる機器を開発していますが、この研究の大目的は実は人間の脳の仕組みを知ること。まだまだ未知の部分が多い脳について手軽に長期的に調べられるようになれば、人間が使用できていない脳の機能を解放する方法を探って、「ひらめき」の正体を見つけられるかもしれません。また、非常に少ないエネルギーで高度な思考を展開する脳の活動メカニズムが分かれば、社会のエネルギー問題解決にも寄与できると考えています。

総長:情報技術の利活用が進み、トラフィックが増大する中で、2030年には世界の総発電量の10%がデータセンターで、40%が情報通信機器全般で消費されるとの予想もあります。その状況を踏まえれば、情報処理・通信の省電力化は、持続可能な社会を創造するために必ずクリアしなければいけない問題だと言えます。20世紀末にチェスの世界王者がIBMの開発したチェス専用のスーパーコンピュータと対決をしたことがありました。この時、コンピュータが使用した電力量は約5万ワットであったのに対して、世界王者の思考にはたった1ワット程度の電力が消費されたに過ぎず、そのもとで互角の勝負を展開しました。2050年を明るい未来とするためには、現在の人工知能技術から一段と進化して、私たちの脳のメカニズムを徹底的に模したような人工知能技術の開発が必要になってくると考えます。

岩田:非常に少ない電力で高尚な思考を行える脳を知ること、私たちが私たち自身を知ることが、エネルギー問題の解決への大きな一歩になりそうですね。

総長:今日、皆さんとお話しして、未来に向けての期待が大きく膨らむ感覚を覚えました。研究者が希望を抱き、人として成し遂げるべき志を持っている限り、未来は明るい方向に必ず向かっていくはずです。これからも皆さんが生き生きと研究活動を行える大学内の制度・環境整備を推し進め、社会との共創に尽力することで、「生きがいを育む社会」を実現していきたいと、改めて決意を固めることができました。本日は本当に、ありがとうございました。

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▼大阪大学 「OU RESEARCH GAZETTE」創刊号
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(2023年2月実施)

2023年3月29日