2019年4月23日

起源は江戸時代

「わしは知っておるのじゃ」など役割語の典型的な老人語はいつできたのか。「おる」「じゃ」は西日本の方言で、なぜ老人語が西日本の方言と同じ特徴があるのか。金水教授は、子どものころから好きな漫画家、手塚治虫の「鉄腕アトム」に登場するお茶の水博士の話し言葉からスタートして文献を遡り、江戸時代後期にたどり着いた。江戸時代初期は、それまで文化や経済の中心だった京都や大阪の言葉遣いが江戸の上層階級の言葉として使われていた。しかし、後期には、若者を中心に町民が自分たちの言葉を話すようになった。保守的な老人層が京都・大阪の話し方をするのに対し、若者らは「知っている」などと話すようになり、〝老人対若者〟の対立を基に成立したのが老人語だ。歌舞伎や文楽などにも使われ、フィクションの中でステレオタイプとして定着し、現在でも小説などで使われている。
金水教授は「言葉の歴史は、世代から世代へと受け継がれるが、それとは別に、役割語がフィクションからフィクションへと引き継がれていく、全く別の日本語の歴史が見えました」と語る。

なぜ役割語は日本語で発達したのか

日本語ほど役割語が発達した言語は他にあまりない。理由の一つに文法的な特徴がある。「日本語の1人称は私、僕、など複数あるのに加え、自分のことをパパ、ママなど、英語に直訳すると3人称になる言い方もできる。一方英語の場合、自分を示すのに1人称の代名詞「I(アイ)」しか使えず、3人称だと動詞を変化させなければなりません」。また、文末に『じゃ』『だわ』『ぜ』などの表現ができる日本語の語順も、役割語の形式を整えやすく、言葉でキャラクターを楽しむ文化も相まって、役割語は日本語で発達したと考えられるという。

漫画、アニメの影響

漫画やアニメに役割語は顕著だ。海外でも人気の「ワンピース」「キャプテン翼」などの影響で、役割語を研究するためにアジアや欧米からの留学生は多い。ただ、笑えるケースも。アニメ「NARUTO-ナルト-」を好きな留学生から、「先生、ちょっと待っておれ」と侍言葉で言われた日本語教師もいるという。

村上春樹翻訳調査プロジェクト

日本語で特に発達している役割語は、他言語への翻訳が難しい。金水教授は役割語と翻訳の関係を調べるため、世界各国で翻訳されている作家、村上春樹さんの作品の翻訳状況を調べる「村上春樹翻訳調査プロジェクト」を立ち上げた。まず、「海辺のカフカ」を対象に今年3月、最初の報告書をまとめた。「村上作品を通じて、日本語の特徴や各国語の事情の違い、翻訳家の違いなど伝達の限界と面白さがより深く見えてきます」
また、今後の研究テーマについて、若い女性の言葉が中性化するなど時代による言葉の変化や、ロボットなどAI(人工知能)が人間とのかかわりにおいて役割語を使う重要性を指摘する。

式辞がツイッターで話題に

「文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます。文学部で学んだ事柄が、目の前の問題について考える手がかりをきっと与えてくれます」。役割語の研究が注目される一方、昨年3月に文学部長・文学研究科長として卒業セレモニーで読んだ式辞がツイッターで広がり、「思わぬ話題」を呼んだ。人文社会科学系への風あたりが厳しさを増す中、文学部で学ぶことの意義について訴えたものだ。「我々の生きる意味を探究するのが文学部の学び。大学の学問は効率的なことばかりではなく、一人一人の心にも届くものだということを改めて認識してもらったと思う」

●金水 敏(きんすい さとし)
1979年東京大学文学部卒業。81年同人文科学研究科国語学専攻修了。神戸大学文学部助教授、大阪大学文学部助教授などを経て、2001年から現職。2016~2018年に大阪大学文学部長・文学研究科長。主な著書に『ヴァーチャル日本語役割語の謎』(岩波書店)、『〈役割語〉小辞典』(研究社)など。

(2018年8月取材)

 

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