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スマホの「2年縛り」の合理性を考える

行動経済学と産業組織論の両面からアプローチ

国際公共政策研究科・准教授・室岡 健志

室岡健志准教授の研究分野は、行動経済学と産業組織論が融合したところにある。“ナイーブな(契約締結後の将来の結果を正確に予測できていない)消費者”を考慮した分析を可能とする行動経済学と、市場での企業行動を分析する産業組織論の視点で、消費者が企業と契約を結ぶ際にどのような消費者保護が可能かを理論的に考える。このアプローチは“消費者は大まかには将来の結果を正しく予測した上で、契約するかどうかを決めている”ことを前提とする一般的な経済学とは大いに異なっている。

スマホの「2年縛り」の合理性を考える

消費者は果たして全員「思慮深い」のか

「例えば、スマートフォンを契約する時、2年縛りとはどういうものかを、皆さんがちゃんと分かって契約しているでしょうか。2年縛りによる違約金支払いを避けるには、ちょうど24ヶ月後にピンポイントでキャンセルしければならないのですが、そのことをその時まできちんと覚えていられる賢い消費者はどれほどいるでしょうか」

契約の中身を理解しないで、何となくサインしてしまうナイーブな人も現実にいる。そのことを知っている企業は、どういう風に宣伝して消費者を集めるか、自社商品に価値づけするか、またどういう契約書を作るかなど、色々な方法で利益を得ることを考えている。室岡准教授は、このような事例について、産業組織論を用いて分析し、見出した法則を政策提言につなげていく。 2018年に大阪大学賞を受賞した研究は、スマートフォンの2年縛りに代表される、自動延長契約をテーマにしたもの。すなわち市場に「契約にサインした後に何が起こるかよくわかっている消費者」と「よくわかっていないかもしれない消費者」がいる時、どのような政策がとられるべきか、どのタイミングでどのようなガイドラインを提示すればいいのかを理論的に分析したものである。

多様な分野に応用できる理論

「2年縛りの自動延長については、タイミングに関し2つの政策が考えられます。ひとつは、携帯電話会社が契約時に丁寧に説明し同意をとること。この点については、日本では携帯電話の普及が始まった初期から強い規制があり、契約時に説明が行われ、契約者もそのことに同意しています。しかし、契約後、最初に契約した内容を忘れてしまったり、そもそも内容を理解していない消費者もいるなかで、この政策だけでは十分ではないかもしれない。そこでもうひとつの政策として、2年縛りが終わる時に『もし自動延長したくないなら、携帯ショップに行って、この期間内に契約をキャンセルしてください』などのリマインダー(お知らせ)を出すように促すことが考えられます」
研究では、最初に説明をする場合と、2年後の自動延長直前にリマインダーを送る場合とで、経済の効率性と消費者保護の観点から見てそれぞれどういう影響があるかということを分析。室岡准教授は、一定条件のもとでは、契約内容をよくわかっている思慮深い消費者と必ずしもよくわかっていないナイーブな消費者がどのような割合で混在していても、2年後にリマインダーを送る政策の方が社会全体の利益および消費者保護の両方の観点から良いということを理論的に導出した。
「ナイーブな消費者と、契約を自動更新できる企業。この消費者と企業の関係がこの研究の鍵になります。クレジットカードや住宅ローンなど、もっと幅広い分野の政策提言にも一般化できると考えています」

研究のタネは日頃の生活に

研究テーマを思いつくきっかけは、普段の生活の中にもあるという。
「ドイツ在住時、インターネット接続会社と契約を行った際、(2ヶ月の無料期間中にキャンセルしないと3ヶ月目から有料になる)ウィルス対策ソフトにも同時加入するプランのみの選択しかありませんでした。これをドイツ人の同僚の手助けを得てキャンセルしたのですが、ネイティブですらどこに連絡したらいいか理解しづらく、キャンセルに多大な手間がかかりました。その後このウィルス対策ソフトを“3ヶ月目以降も加入し続けているが一度も使っていない人”が8割以上いるという、ドイツの新聞社のアンケート結果と記事を読んで、これは研究のネタになると思いました」

「何となく、おかしい」を理論的に分析する

普通に考えると、ちょっとおかしいのではということは、暮らしの中にいくらでも見つかる。ただ、消費者の“何となくおかしい”で省庁を動かし、政策を変えることは難しい。室岡准教授は、そこに理論的に分析する価値があると言う。
「理論的な分析が行われると、それに基づいてデータを集め、新たなエビデンス(現実に何が起こっているか)を確認することができるようになる。エビデンスが蓄積されれば、政策を変えるべきだとか、新たな規制をかけるべき、ガイドラインを作るべきなど、具体的な展開がしやすくなると思います」

室岡准教授にとって研究とは

一つのことを究めること。研究を始める前、それこそ小学校の頃から、何かを究めたいという感覚は強かったですね。大学でゲーム理論と行動経済学に触れ、性に合っているし、究めたい、究められたら嬉しい、と思うようになりました。一つのことを究めるのは大切です。曖昧なままでは、どこまで言えるか、言えないかが分からない。「何が言えないか」が分からないままでは、それを実際に信じて用いることはできません。

●室岡健志(むろおか たけし)
2014年5月カリフォルニア大学バークレー校経済学研究科修了、博士(経済学)。同年6月ミュンヘン大学経済学部助教授、17年4月より大阪大学大学院国際公共政策研究科講師、同年7月より現職。「行動経済学に基づいた消費者保護政策の研究」で2018年度大阪大学賞(若手教員部門)を受賞。

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(2019年2月取材)