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金銅仏の成分分析 従来の見解を覆す研究成果

文学研究科・教授・藤岡穣

最新の科学的アプローチによる仏像研究で、藤岡穣教授が従来の説を覆す「発見」を続けている。「蛍光X線」で金属成分を分析し、金銅仏の制作地や年代を突き止めていくのだ。仏像の「戸籍」を突き止めようとするのはなぜか?興味深い話をうかがった。 「それは歴史を見誤らないためです」。藤岡教授はそう言った。「仏像の制作年代や作者の見立ては曖昧なことが多く、それを間違ったままで歴史を考えては意味がありません。仏像の制作地や年代、言わば戸籍を見極めることは歴史を知るための大前提です。その戸籍を探るうえで、科学的な成分分析は、様式などの見た目と違うセカンドオピニオンを聞かせてくれる面白さがあります」

金銅仏の成分分析 従来の見解を覆す研究成果

分析データの蓄積が大きな成果に

2009年から共同研究チームを作り、日本や中国、韓国の古代から近代までの金銅仏400体以上を調査してきた。蛍光X線分析は、ヘアドライヤーほどの大きさの分析機器で仏像に微量のエックス線を照射し、どのような元素で構成されているかを測定する。「分析機器がコンパクトになり、現場での分析が可能になりました。お寺に安置されている仏像を運び出す必要がなく、調査の幅がぐっと広がりました。そうした結果、地域や年代ごとの金属成分の割合や特徴が次第に分かってきました。データの蓄積が成果につながっていますね」

仏像の価値を見直す

これまでの藤岡チームの成果で大きな注目を集めたのが飛鳥寺(奈良県明日香村)の本尊・飛鳥大仏と、妙傳寺(京都市左京区)の本尊・如意輪観音菩薩像(半跏思惟像)である。いずれも新聞などでニュースとして報じられた。
飛鳥大仏は飛鳥時代に制作されたものだが、鎌倉時代に火災にあい、オリジナル部分は眼のまわりと右手の指3本だけとされてきた。ところが近年、別のチームの科学的調査により大部分がオリジナルとの見解が発表された。それに疑問をもった藤岡教授は、計測ポイントを増やして改めて蛍光X線分析を行った。「やはり全体がオリジナルということはありませんでした。ただ、眼のまわりだけでなく顔の大部分、右手も手のひらの半分までは造立当初のもので、頭髪にもオリジナル部分のあることがわかりました。金銅仏の主要成分である銅、錫の含有量はどこの部分も大きな違いはなかったため、分析にあたっては、あえて微量成分である鉛、鉄、ヒ素の含有率を比較しました。古い文化財の場合、ほこりやサビ、経年劣化などによって厳密には正確なデータを得ることができませんが、計測ポイントも増やした結果、オリジナルと修復部分でデータの分布に明確な違いがあることがわかりました。大仏の価値を見直すきっかけになってくれると期待しています」
もうひとつ、妙傳寺の如意輪観音菩薩像は高さ約50センチの「半跏思惟像」。これまで江戸時代の模古作だと思われていたが、調査の結果、7世紀ごろに朝鮮半島で作られた渡来仏の可能性が高いと判断されたのだ。「まず、衣や装飾品の特徴的なデザインが中国や朝鮮半島の6~7世紀の仏像に一致することが注目されました。蛍光X線分析の結果、銅85%、錫10%、鉛はほとんど含まれていませんでした。この割合は日本や中国の仏像と異なり、7世紀ごろに朝鮮半島で制作された仏像にしばしばみられるものです。韓国だと国宝に匹敵する仏像ではないかと思います」

運慶の作品の美しさをきっかけに仏像研究

学生時代、なかなか研究の対象が決まらない時期もあったという。たまたま、仏師・運慶の作品の美しさに惹かれ、仏像の研究にのめり込み、運慶の父・康慶の作品を研究テーマとした。大学院の修士論文では、奈良・興福寺の仏像について「新発見」をしている。南円堂の四天王像が中金堂の四天王像と入れ替わっているのではないか、と指摘したのだ。「たまたま展覧会で南円堂の仏像を描いた古い絵を見た時、現在の実物と違うんじゃないかと思ったのが出発点でした。このほど、南円堂に本来の南円堂像が戻り、重要文化財から国宝(康慶作)への変更も検討されているそうです。(※) 還座に私も立ち会わせていただきました。30年越しになりますね」
好奇心いっぱい、今も少年のような顔で仏像について語る藤岡教授。「ありがたいことに国宝や重文を手に取らせてもらって、なめ回すように見させてもらっています(笑)。博物館などでガラスケース越しに見るのとは全く違って、仏像の魅力を肌で感じることができます。形や作り方、材質など仏像が発するいろんなメッセージにじっと耳を傾け、その来歴を読み解いていくと、文献だけでは分からない歴史の一面まで分かることもあります。そこが醍醐味でしょうか。調査ほど楽しいものはありません」

※2018年3月国宝への変更が公表されました。

今後の目標

そして、今後の目標をこう見定めている。「仏像は金銅仏だけでなく、石仏、木彫仏もあります。人工知能によるそれらの仏像の様式解析も試みたい」。仏教芸術では唯一の学会「仏教芸術学会」の発足にも尽力し、東洋美術研究の発展にも力を注ぐ藤岡教授。「70年の歴史があった研究誌『佛教藝術』が2017年1月に休刊になり、この伝統を受け継ぐ新たな研究誌を創刊し、研究発表の場を作りたいと思っています」。意欲は衰えを知らないようだ。

藤岡教授にとって研究とは

研究は挫折や失敗の連続です。それでも諦めずに続けること。そして、分からないことに対して素直であることが大事だと思います。

●藤岡穣(ふじおか ゆたか)
1986年東京芸術大学美術学部卒業。88年同大学院修士課程修了。芸術学修士。専攻は東洋美術史。大阪市立美術館学芸員、大阪大学大学院文学研究科助教授、同准教授を経て、2009年4月から現職。1991年に「興福寺南円堂四天王像と中金堂四天王像について」で第3回国華賞、2014年に大阪大学総長顕彰受賞。

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(2018年1月取材)