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ひとの脳波を読み解き ロボットアームが動き出す

脳卒中、ALSなどに実用化の道

医学系研究科・特任准教授・平田雅之/医学系研究科・助教・栁澤琢史

長期の運動まひがある人の脳の表面に置いたシート状の電極で計測した脳波を解読し、腕状のロボットなどをリアルタイムで動かすことに、平田雅之特任准教授(脳神経外科)、栁澤琢史助教(脳神経外科)などのグループが成功。体内埋込装置や脳磁図(MEG)で動かせる装置での研究も着実に進んでいる。将来的には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者などの日常生活支援に役立つことが期待される。

ひとの脳波を読み解き ロボットアームが動き出す

シート状の電極のせ、脳を傷つけず

脳信号をコンピューターで解読して運動意図を推定。体が全く動かない患者でも、ロボットや電化製品などを意のままに動かせる技術「運動型ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」の一環として開発した。

これまで米国などでは、脳に多数の針電極を刺して脳活動を計測してきたが、これでは脳を傷つけたり、長期間安定して計測できないなどの問題があった。大阪大学の研究では吉峰俊樹教授(脳神経外科)をリーダーに、脳を傷つけずにシート状の電極を用いるだけで脳波(脳表脳波)を計測・解読し、ロボットを動かせる画期的な技術にまで引き上げた。倫理審査委員会の承認のもと、治療中のてんかんの患者ら12人に対して、同意を得て研究を実施。脳表脳波計測でコンピューターに学習・記憶させることにより、実際に、脳卒中で半身まひの患者が、自分の脳波を介してロボットを動かし、物をつかんだり、持ち上げたりすることができた。

平田雅之特任准教授・ 栁澤琢史助教インタビュー —脳の信号解読に成功

意思伝達にも活用

今回の研究は、どれほどの成果につながるのですか。

平田 国内にはALS約7千人、頚髄損傷約4万人、切断肢約15万人、脳卒中約150万人の患者さんがいます。それらの人々が自分の意思で手足の代わりになるロボットアームを動かし、生活できるようになることを期待しています。徐々に全身の筋力が弱まってしまうALSの患者さんは、痛みや自分の気持ちなどの意思を他者に伝えられないことから大変なストレスを感じていて、人工呼吸器をつける人が3割。残り7割は「こんな状態なら、死んだ方がましだ」と考えるほど苦しんでいらっしゃるんです。

どのようなロードマップをたどってきたのでしょうか。

平田 医学の発展だけでなく、埋め込み装置などいろんな分野の開発がバランスよく進まないと実現しません。その中でも重要となったのが、脳の信号を計ってそれが何を意味しているのかを解読する技術です。手を握るのか開くのか、肘を曲げるのか伸ばすのかを一回一回の運動時の脳信号だけから解読します。また、意思表示するのに目の動きなどで文字盤から選ぶ補助装置も開発されていますが、脳波を読み込んでカーソルを動かせるようになれば、ずっと早い速度で文章を記していくことができると考えています。

イメージするだけで作動

手足を動かせない人も、イメージするだけでロボットに伝わるのですか。

平田 運動できない人も、イメージしただけでガンマ波と呼ばれる高周波の脳波がその運動に対応する大脳の領域から生じ、ロボットを動かすことが可能であることを証明できています。ただ、そのイメージがしやすいという人と、イメージしにくいという人では、解読の推定精度に差が出てきます。

ガイドラインなどはあるのですか。

平田 脳という究極の個人情報を扱いますから、神経倫理などとの関係が大変重要です。研究が進めばその人の好き嫌いや何を考えているかまで分かる可能性もありますが、隠しておきたい思考内容までが流出してはいけません。ただ、心臓移植のように過度に神経質になってしまって、何十年も遅れてしまうのも、患者さんにとっては大きなマイナスです。そのために、開発・治験審査のためのガイドライン策定にも取り組んでいます。患者さんのニーズに応えるため、全国的なアンケート調査も進めています。

数少ない症例生かして

研究の難しさなどを教えてください。

栁澤 私は脳信号から運動を推定して、リアルタイムにロボットを動かせる一連の流れを研究しています。まひの程度で脳の活動にどのくらい差がでるのかなど、いろんなケースに対応しながら、データを集め、解析してきました。附属病院の脳外科で、この研究対象となる患者さんは年4~5人ほど。それらの方々に同意を得たうえで、脳波を調べさせてもらうのですが、お一人でせいぜい2時間が限度。ということは、年間10時間程度の検査しかできません。これらの数少ない「ワンチャンス」を必ず成功に結びつけなければならず、そのためには事前の綿密な計画組み立てが必要です。決して準備段階でのミスは許されません。

大変広い分野がかかわる研究なのですね。

栁澤 医学、工学、それに倫理面など多くの分野が共同しながら、研究を進めています。私は、理学系の出身です。コンピュータ・シミュレーションを用いた計算論的脳神経科学の経験が、現在の医学研究に役立てられているといえます。

多分野が結集できる好環境

平田 私も工学系出身です。他分野で学んだ知識が、大きく活かせています。大阪大学では脳情報通信融合研究センターでの研究が本格化するので、多分野が集まって脳の研究が集中的に進められるようになるでしょう。

「読み解く」という視点で、改めて研究内容を説明してください。

栁澤 握るとか、離すとかいう動きを指示する脳波はノイズも含めて動作ごとに少しずつ異なります。それを分析して平均的な特徴を見出し、そこから逆に、1回1回の動作について「この脳波は、この動きに対応するのかな」と推測していきます。運動に関係した脳表脳波計測に、これほど本格的に取り組んでいるのは世界的に見ても大阪大学だけです。

10年以内の実用化を目指す

今後の展望は。

平田 10年以内の実用化を目指したいです。技術だけでなく、ガイドライン整備、薬事認可の迅速化など、多面的に進める必要があります。突破口を開ければ、応用範囲はとても広くなっていくと期待できます。


(本記事の内容は、2012年9月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)