2020年10月6日

ポイント

・世界最高クラスの触媒回転数を示すキラル2核ルテニウム触媒を開発。
・安価なルテニウム触媒で既存の高価なロジウム触媒よりも数十倍高い触媒性能を実現。
・様々な医薬品合成の効率化,低コスト化への貢献に期待。

概要

北海道大学大学院薬学研究院の吉野達彦講師及び松永茂樹教授,大阪大学大学院工学研究科の林高史教授及び小野田晃准教授(現北海道大学大学院地球環境科学研究院教授),武蔵野大学薬学部の穴田仁洋教授,株式会社リガクの菊池貴研究員らの研究グループは,高い反応性と安定性を両立したキラル※12核ルテニウム※2触媒の開発に成功しました。

多くの医薬品には右手体と左手体(鏡像異性体※3)が存在し,それぞれ作用が異なるため,それらを作り分ける技術は医薬品の開発や生産において重要となります。効率的な手法としてキラルな触媒を用いる触媒的不⻫合成※4がありますが,高価な触媒を比較的多量に必要とすることが多く,幅広く応用されているキラルな触媒は限定的です。

本研究グループは,新しいキラル2核ルテニウム触媒を開発し,これが触媒的不⻫炭素‒炭素結合形成反応において極めて高い反応性と優れた選択性を示すことを発見しました。このルテニウム触媒は,触媒的不⻫炭素‒炭素結合形成における世界最高クラスの触媒回転数※5を誇り,既存の高価なロジウム触媒よりも数十倍高い触媒性能(触媒回転数と反応速度)を示しました。すなわち,わずか0.5ppmの低濃度で高い性能を示し,一つの触媒分子から最高で約188万個もの生成物を作り出すことが可能です。さらに,ロジウム触媒では良い結果が得られない他の触媒的不⻫炭素‒炭素結合形成反応や炭素‒窒素結合形成反応においても高い選択性を示し,汎用性が高いこともわかりました。本研究グループは,今回開発したキラル2核ルテニウム触媒を詳細に解析した結果,ルテニウムとロジウムの金属の価数と酸化耐性の違いでロジウム触媒よりも高い触媒性能を示すことを解明しました。

本研究で開発したルテニウム触媒は,幅広い化学反応へ応用可能であり,医薬品をはじめとする複雑な有機化合物の生産効率化への貢献が期待されます。なお,本研究成果は日本時間2020年10月6日(火)午前0時(英国夏時間2020年10月5日(月)午後4時)公開のNature Catalysis誌にオンライン掲載されました。

背景

医薬品やその候補となる有機化合物の多くは,鏡像異性体間で作用が異なることから,一方の鏡像異性体のみを選択的に生産することが重要となります。キラルな触媒を用いる触媒的不⻫合成は,その効率的な方法として知られていますが,触媒の反応性や安定性が不十分なために,希少で高価な金属や複雑な配位子を使用した触媒を比較的多量に使用しなければならないことが多く,実用化に向けてしばしば問題となります。

外輪型キラル2核金属触媒は,配位子と呼ばれる有機分子をチューニングすることで,多様な構造や性質を持つ優れたキラル触媒となり高い汎用性を示します。アミノ酸由来の配位子を安価に大量合成できることから,⻑年合成化学分野で広く利用されてきました。しかし,外輪型キラル2核金属触媒に利用される金属原子は希少で高価なロジウムに限定されていました。さらに,外輪型キラル2核ロジウム触媒は酸化によって分解しやすいという問題点も抱えていました(図1)。医薬品生産への応用に向けて,ロジウム触媒のような高い選択性と汎用性を保持しつつ,ロジウムよりも安価で安定性に優れ,ロジウムを凌駕する触媒回転数や反応速度を持つ触媒の開発が望まれていました。

図1 開発したキラル2核ルテニウム触媒の構造,特徴,高い触媒性能を示す理由(上段),ルテニウム触媒の利点(中段),ルテニウム触媒による有用な医薬類似化合物の合成への展開(下段)。

研究手法

本研究グループは,既存のキラル2核ロジウム触媒の構造を参考に,外輪型と呼ばれる骨格を保持しながらロジウムの代わりに2つのルテニウムを組み込んだ二種類の新しい外輪型キラル2核ルテニウム触媒を開発しました(図1:ルテニウム触媒1,ルテニウム触媒2)。開発した触媒を用いて,種々の触媒的不⻫合成反応における触媒性能を既存のロジウム2核触媒と比較検討しました。さらに,単結晶エックス線回折や電子スピン共鳴,酸化還元電位測定などの解析手法を用いてルテニウム触媒の構造や性質を調査し,ルテニウム触媒がロジウム触媒を凌駕する性能を示す理由を解明しました。

研究成果

新しく開発したルテニウム触媒の一つ([Ru2((S)-BPTPI)4]+,ルテニウム触媒1)は,不⻫ヘテロディールス・アルダー反応において非常に高い反応性を示し,わずか0.00005mol%(0.5ppm,反応原料に対して200万分の1)という極微量の触媒を用いるだけで,高い化学収率と立体選択性にて医薬品合成の重要中間体構造を得られることがわかりました。既存のロジウム触媒でも同程度の選択性を示すものの,触媒回転数や反応速度には大きな差があることが明らかとなり,ルテニウム触媒1は既存のロジウム触媒よりも数十倍高い触媒回転数と反応速度を示しました。構造解析の結果,二つのルテニウム金属のうち一つが3価(Ru3+)であることがわかり,ロジウム触媒よりもルテニウム触媒1の金属の価数が高いことが高い触媒活性の理由であることが示唆されました。

また,もう一方のルテニウム触媒([Ru2((S)-TCPTTL)4]+,ルテニウム触媒2)は,ルテニウム触媒1とは異なる不⻫反応に対して有効でした。特に,超原子価ヨウ素化合物を用いる不⻫シクロプロパン化反応や酸化的な炭素‒窒素結合形成反応に有効であり,高い化学収率,立体選択性を示すことがわかりました。しかし,既存のロジウム触媒はこれらの化学反応においてうまく機能しないため,収率・選択性ともに低く,ルテニウム触媒だけが優れた触媒性能を示します。ルテニウム触媒2の酸化還元電位測定から,ルテニウム触媒2は3価(Ru3+)の状態を取ることで既存のロジウム触媒と比べて酸化されにくいことが明らかとなりました。このルテニウム触媒の高い酸化耐性,すなわち触媒の安定性がロジウム触媒よりも優れた触媒性能を発現する鍵となっていることがわかりました。

今後への期待

キラル2核ルテニウム触媒は,今回開発した二つに限定されず配位子の構造を変更することで多様なキラル触媒を創出することが可能であり,多種多様な化学反応へと展開できると期待されます。特に,高い触媒活性と安定性を活かして,医薬品の生産に繋がる有用有機化合物の合成効率化への貢献が期待されます。

謝辞

本研究は,文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「精密制御反応場」及び新学術領域研究「ハイブリッド触媒」,北海道大学国際連携研究教育局バイオサーフィス創薬グローバルステーション(GSD)の支援を受けて行われました。

論文情報

論文名 Chiral paddle-wheel diruthenium complexes for asymmetric catalysis(不⻫触媒反応のためのキラル外輪型二核ルテニウム錯体)
著者名 宮澤 拓1,鈴木拓郎1,熊谷悠平1,滝沢昂嗣1,菊池 貴2,加藤俊介 3,小野田晃 3,林 高史3,⻲井宥治1,神山颯詩1,穴田仁洋4,小島正寛1,吉野達彦1,松永茂樹1,5 (1 北海道大学大学院薬学研究院/生命科学院,2 株式会社リガク,3 大阪大学大学院工学研究 科,4 武蔵野大学薬学部,5 北海道大学バイオサーフィス創薬グローバルステーション(GSD)
雑誌名 Nature Catalysis(触媒科学の専門誌)
DOI 10.1038/s41929-020-00513-w
公表日 日本時間2020年10月6日(火)午前0時(英国夏時間2020年10月5日(月)午後4時)(オンライン公開)

用語解説

※1 キラル
自身とその鏡像が重ならない性質のこと。

※2 ルテニウム
原子番号44の金属元素で元素記号はRuである。ルテニウムの市場価格はロジウムの数十分の1程度であり,触媒の低コスト化につながる。

※3 鏡像異性体
右手と左手のように互いに鏡像関係にあるが,重ね合わせられない構造を持つ分子のこと。医薬品では右手分子と左手分子で作用や活性が異なるため,一方の鏡像異性体のみを選択的に製造する必要がある。

※4 触媒的不⻫合成
鏡像異性体にある分子のうち,一方のみを選択的に合成することを不⻫合成という。特にキラルな触媒を用いる方法を触媒的不⻫合成と呼び,一つのキラルな分子から多数のキラルな分子を合成できるため効率的である。

※5 触媒回転数
ある触媒反応において,触媒が不活性化するまでに1molあたり何molの分子を生成物に変換したかを示すもの。

参考URL

工学研究科 林研究室HP
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~hayashiken/

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