生命科学・医学系

2018年11月13日

研究成果のポイント

・染色体※1とその分裂装置である紡錘体※2との結合に関して、これまで、紡錘体と結合するための染色体上の構造であるキネトコア(動原体)※3では、CENP-C※4と呼ばれるタンパク質が重要と考えられていた。
・CENP-T※5の制御メカニズムの詳細な解析により、CENP-CよりもCENP-Tが染色体の分配時に主要な役割を担っているしくみを解明。
・染色体の分配異常で起こる各種疾病の原因解明につながる成果として期待。

概要

大阪大学大学院生命機能研究科の深川竜郎教授・原昌稔助教らの研究グループは、染色体とその分裂装置である紡錘体との結合に関して、これまでの定説を覆してCENP-Tというタンパク質が関わっていることを世界で初めて明らかにしました。

染色体の伝達の過程では、セントロメア※6と呼ばれる染色体領域上にキネトコア(動原体)という巨大タンパク質複合体が形成されます。そのキネトコアに紡錘体という分裂装置が結合して染色体は次世代の細胞への均等な分配にいたります。これまで、動原体の形成はCENP-Cと呼ばれるタンパク質が中心に行われ、CENP-Cが紡錘体結合タンパク質Ndc80※7をキネトコアへ誘導することが重要であるということが定説でした。

今回、研究グループは、ニワトリの細胞を使った細胞内条件(in vivo)と試験管内の実験(in vitro)において、CENP-Cよりは、むしろCENP-Tというタンパク質が紡錘体結合タンパク質Ndc80をキネトコアへ誘導するのに効いているという、これまでの定説を覆す結果を得ました(図1)。細胞分裂・染色体分配の制御は、抗がん剤などの開発に重要です。よって、今回新しいターゲットCENP-Tを見つけたことによって、新しい抗がん剤の開発が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Cell Biology」に、11月13日(火)午前1時(日本時間)に公開されました。

図1 セントロメアにおける紡錘体微小管とキネトコアの結合模式図
キネトコアが紡錘体微小管と結合して染色体を引っ張るためには、キネトコアに微小管結合タンパク質Ndc80Cが存在することが重要である。これまで、CENP-CがNdc80を誘導すると思われていたが、今回の研究で、リン酸化の制御によって、CENP-Tがその主要な役割を果たしていることが明らかになった。

研究の背景

生物のすべての遺伝情報(ゲノム)は、染色体と呼ばれる構造体に包まれ、次世代の細胞に伝達されます。染色体の正確な伝達は、生命を維持する上で必須です。染色体の伝達に異常がおきると、染色体構造に異常が生じて、その染色体異常は、がんやダウン症を始め、多くの病気の原因になることが知られています。したがって、染色体が正確に次世代の細胞へ伝達されるしくみを解明することは、生命を維持するための基本原理の理解につながります。それと同時に、染色体異常が原因で起こる病気の発症機構の解明にも貢献します。

染色体の伝達は、細胞の両極から伸びた紡錘体微小管(紡錘糸)が染色体上のセントロメアと呼ばれる領域に形成されたキネトコア構造を捉え、娘細胞と呼ばれる次世代の細胞へ染色体を分けることによって行われます(図2)。したがって、染色体が正確に娘細胞へ伝達されるしくみを知るためには、キネトコア構造が形成されるしくみを詳細に理解しなければなりません。

これまでの研究から、機能的なキネトコア構造が形成されるためには、CENP-Cと呼ばれるタンパク質が紡錘体結合タンパク質Ndc80をキネトコアへ誘導することが重要だと思われていました。研究グループは、他の可能性を探る目的で、最初に、本当にCENP-Cが重要であるかを検証することから研究を開始しました。

図2 染色体が次世代の細胞へ伝わるしくみ
全ゲノム情報は染色体という構造体に含まれる。細胞分裂期に、紡錘体微小管(紡錘糸)が染色体上のキネトコアとくっついて、次世代の細胞へゲノム情報を伝達する。紡錘糸の付着するキネトコアのできる領域をセントロメアとよぶ。

本研究の成果

研究グループは、はじめにCENP-Cタンパク質部分の中で紡錘体結合タンパク質Ndc80をセントロメアへ誘導するのに重要とされている部分を欠失した変異CENP-Cを用いた実験を行いました。その結果、変異CENP-Cでも正常なキネトコア構造が形成されることがわかりました。次に研究グループは、CENP-Cの代わりにNdc80をキネトコアへ誘導するタンパク質を探索し、CENP-Tと呼ばれるタンパク質がNdc80をキネトコアへの誘導するために重要であることを示しました。

Ndc80はCENP-C側にもCENP-T側にも結合するのですが、細胞分裂期には、CENP-Tとだけよく結合することを本研究グループは明らかにしました。それを制御するメカニズムとしてタンパク質のリン酸化※8に注目しました。タンパク質がリン酸化されていない条件では、Ndc80はCENP-Cを含む複合体と好んで結合しますが、タンパク質がリン酸化されるとCENP-Tとより結合するようになることを見出しました(図3)。細胞分裂期には、タンパク質のリン酸化が促進されることが知られており、リン酸化の制御によってCENP-TがNdc80をキネトコアへ誘導する主要経路になっていると考えられます(図1)

今回、研究グループは、細胞内条件(in vivo)と試験管内の実験(in vitro)において、CENP-Cよりは、むしろCENP-Tというタンパク質が紡錘体結合タンパク質Ndc80をキネトコアへの誘導するために重要というこれまでの定説を覆す結果を得ました。これは、細胞分裂の基本原理の解明という視点から極めて重要な発見といえます。

図3 Ndc80がCENP-CでなくCENP-Tに好んで結合するメカニズム
Ndc80複合体は、タンパク質のリン酸化がおきていない条件では、CENP-C側と好んで結合するが、一旦たんぱく質のリン酸化が起こるとCENP-T側と好んで結合するようになる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

がんやダウン症を始め、染色体の伝達異常が原因となる疾患は多く知られています。その原因の解明には、染色体の正確な伝達メカニズムを理解することが不可欠です。がん化した細胞での異常な染色体分配を制御するために、セントロメアに存在するたんぱく質の活性をコントロールすることで、がん細胞での分裂を抑制しようとする研究が行われています。今回、新しい重要なターゲットCENP-Tを発見したことは、今後の薬剤開発に向けても重要な知見と考えられます。成果は、直接の薬剤開発研究ではありませんが、本知見を活用して、新しい抗がん剤の開発が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2018年11月12日(月)16時(UTC)〔11月13日(火)1時(日本時間)〕に英国科学誌「Nature Cell Biology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Multiple phosphorylations control recruitment of the KMN-network onto kinetochores”

著者名:Masatoshi Hara1, Mariko Ariyoshi1, Ei-ichi Okumura2, Tetsuya Hori1, and Tatsuo Fukagawa1*

1.大阪大学大学院生命機能研究科
2.東京工業大学生命理工学研究科(*責任著者)

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)及び文科省科学研究費補助金新学術領域研究「染色体OS」の一環として行われました。

用語説明

※1 染色体
生物の細胞内に含まれるDNAを主成分とした自己増殖性のある小体。細胞内の遺伝情報を担うDNAおよびヒストンなどのタンパク質分子が結合した巨大な糸状分子を指す。核をもつ細胞(真核生物)では染色糸は短縮して塩基性色素によく染まり、光学顕微鏡で観察可能な小体に発達する。

※2 紡錘体
細胞の分裂期、有糸分裂の中期から終期にかけて現れ、染色体の極への移動に関与する繊維性の構造。各繊維を紡錘体微小管あるいは紡錘糸と呼ぶ。両極と赤道面に並ぶ染色体とを結ぶものと、両極間を結ぶものとからなり、紡錘形をなす。

※3 キネトコア(動原体)
紡錘糸が結合するために、セントロメア上(染色体のくびれ付近)に形成されるたんぱく質複合体構造のこと。現在、100種類程度のタンパク質で構造が形成されると考えられている。キネトコアの機能不全によって、染色体分配が正常に起きなくなり、染色体異常が生じる。染色体異常は、がんやダウン症などの病気の原因となることが知られている。

※4 CENP-C
構成的にセントロメアに存在するタンパク質で、Ndc80※7を含む複合体をキネトコアへ誘導するために重要と考えられていた。

※5 CENP-T
CENP-Cと同様に構成的にセントロメアに存在するタンパク質。Ndc80と直接結合できる。今回の実験で、CENP-TがNdc80をキネトコアへ誘導する主要因子であることが明らかになった。

※6 セントロメア
染色体のほぼ中央にあるくびれた部分。細胞分裂の際、染色体分配に重要な染色体領域であり、紡錘糸が結合するキネトコアとよばれる構造体が形成される領域である。

※7 Ndc80
キネトコアを構成されるタンパク質の一つで、紡錘体微小管(紡錘糸)と直接結合する。従って、キネトコアと紡錘糸が適切に結合するためには、Ndc80がキネトコアに正確に配置される必要がある。

※8 タンパク質リン酸化
タンパク質のリン酸化は、生物に存在する重要な調節機構であり、キナーゼと呼ばれる酵素によって行われる。リン酸化はタンパク質のセリン、トレオニン、そしてチロシンの残基に起こる。リン酸化の調節の例として、Cdk1キナーゼによって細胞周期の進行が制御される例は有名である。

参考URL

大阪大学 大学院生命機能研究科
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/fukagawa/index_j.html

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