自然科学系

2018年8月24日

研究成果のポイント

・ErFeO3(エルビウムオルソフェライト)という磁石の中で、Er(エルビウム)元素が隣のEr元素にだけ『声』が届く『伝言ゲーム』をするのではなく、遠くのEr元素にまで『声』が届くことで『合唱』することを世界で初めて観測
・Erが発する『声』の周波数を、『声』を伝えるFe(鉄)元素の周波数に一致させようとすると、2つの周波数が反発し合うことを発見
・『合唱』の証拠として、反発の大きさがEr密度の平方根に比例することを確認
・今後、量子コンピュータ実用化のためのノイズ抑制技術や熱から光へのエネルギー変換技術の開発を目指す

概要

カエルの合唱やホタルの集団発光など、一つの個体の行動に促されて集団全体で同じ行動をとる現象が、世界中に多く存在しています。磁石もそのうちの一つです。磁石を構成する一部の元素は、それぞれが小さな磁石となっており、それらが同じ向きに揃うことで、大きな磁石が得られます。これまで、隣同士や近い距離にいる元素同士が影響を及し合う、いわば『伝言ゲーム』によって、元素(小さな磁石)の集団が同じ向きに揃うと基本的に考えられてきました。一方、カエルのように、遠くの元素にまで届くような『声』を発し『合唱』することで、元素の集団が同じ向きに揃って磁石になる場合もあるのではないかと古くから指摘されていました。しかし、その証拠はいまだ得られていません。

今回、ErFeO3という磁石にて、遠くにいるEr元素がお互いに影響を及し合い、Er元素の集団が『合唱』することを、大阪大学大学院基礎工学研究科の馬場基彰招へい教員(科学技術振興機構さきがけ研究者兼務)は、米国ライス大学の河野淳一郎教授とシンウェイ・リー氏らと共に見いだしました(図1)。ErFeO3に磁場を掛けてErが発する『声』の周波数を、『声』を伝えるFe元素の周波数に一致させようとすると、2つの周波数が反発し合うことを発見しました。そして、反発の大きさがEr密度の平方根に比例することを確認し、Er集団が『合唱』することを突き止めました(図2)

馬場招へい教員、河野教授、リー氏らは、今後、この遠距離にわたってEr元素が影響を及し合う『合唱』によって磁石としての性質が確かに発現することを観測していこうとしています。

本研究成果を発展させていくことで、量子情報技術におけるノイズ問題の新たな解消法を確立できる可能性があります。また、他の磁石などでも同様の実験を行っていくことで、Fe元素ではなく光を介して『合唱』し磁石となるような物質を見つけようとしています。そのような物質を発見できれば、熱から光への直接的なエネルギー変換技術なども確立できる可能性があります。

本研究成果は、米国科学誌「Science」に、8月24日(金)(米国東部時間)に公開されました。

図1
磁石ErFeO3中のEr元素『カエル』が、Fe元素を通じて『声』を発する。その『声』が隣のEr元素にだけ届くような『伝言ゲーム』によって遠くまで伝わるのではなく、『声』自体が遠くまで届くことでEr元素集団が『合唱』することを観測した。

図2
ErFeO3に照射した電磁波が強く吸収される周波数(共鳴周波数)を、磁場の強さを変えながら測定したところ、ErとFeに由来する2つの共鳴周波数が一致する条件で、それらが反発し合うことを発見。また、反発の大きさがEr元素の密度の平方根に比例することから、Er集団が『合唱』することを確認した。

研究成果

磁石を構成する一部の元素は、それぞれが小さな磁石となっています。2つの磁石を近づけると、それらは同じ方向や逆方向に揃おうとします。同じように、磁石の中の元素も、隣同士など近距離にいる元素がお互いに影響を及し合います。その結果、全体として一つの方向に揃い、大きな磁石が得られます。

今回の実験で用いたErFeO3では、Fe元素が主に磁石の役割を担っています。Er元素も隣にいるFe元素の方向を感じて揃っていますが、磁石に磁場を掛けることで、Er元素の向きは比較的簡単に変えることができます。一方、Fe元素の向きは、今回用いた磁場の強さでは、ほとんど変わりません。

ErFeO3に電磁波を照射すると、ある特定の周波数の電磁波だけがEr元素に吸収されます。このような周波数を共鳴周波数と呼びます。Erの共鳴周波数は、磁場を掛けることで調整できます。Feも電磁波を吸収しますが、その共鳴周波数は今回掛けた磁場の強さではほとんど変化しません。今回、磁場の強さを変えながら、ErFeO3に強く吸収される電磁波の周波数を測定したところ、ErとFeの共鳴周波数が一致する条件で、それらの共鳴周波数が図2のように反発し合うことを発見しました。

共鳴周波数が反発し合うことは、電磁波から吸収したエネルギー(『声』)をErがFeに渡し、それをまた(同じもしくは別の)Erに渡すという、エネルギーのやり取りがあることを意味します。例えば、音叉では2つの棒が振動エネルギーをやり取りしており、棒の片方を叩いても、もう片方と共に振動し出します。棒を一つだけにするとエネルギーのやり取りがなくなり、違う音になってしまいます。Feの周りには複数のErがいるので、Feを介してEr同士がエネルギー(『声』)を交換していると考えられます。では、Erが吸収したエネルギーは、隣にいるFeに渡った後、そのさらに隣にいるEr(や近距離にいるEr)に渡る(『伝言ゲーム』する)のでしょうか?それとも、多くのFeを経由しながら遠くまでエネルギーが運ばれ、遠く離れたEr元素同士でもエネルギーのやり取りをする(『合唱』する)のでしょうか?

本研究では、ErFeO3のEr元素のうち、その四分の一をY(イットリウム)元素に変えた磁石と、半分をY元素に変えた磁石を用意し、同様の実験を行いました。その結果、ErとFeの共鳴周波数の反発が小さくなること、さらには、反発の大きさがErの密度(割合)の平方根に比例することを確認しました。Yの共鳴周波数はErやFeとは異なるため、ErとFeとのエネルギー交換にYは関わりません。反発の大きさがEr密度の平方根に比例することは、Fe集団がエネルギー(『声』)を音や光のように伝える媒体として働き、それを通じて遠くのErにまでエネルギーが届いていることを意味します。このことから、Er集団が隣同士や近距離でのみエネルギーのやり取りをする(『伝言ゲーム』をする)のではなく、遠距離でもエネルギーをやり取りする(『合唱』する)ことを確認しました。

このように共鳴振動数の反発が元素密度の平方根に比例することは、光を媒体としたエネルギー交換の場合には以前から知られていました。磁石のような固体物質でも、今回のようにFe集団などを媒体としたエネルギー交換の可能性が理論的に予測されていましたが、その証拠が今回の実験によって世界で初めて得られました。

これまで、隣同士など近距離にいる元素(小さな磁石)がお互いに影響を及し合うことで方向が揃い、磁石になると基本的に考えられ、その理解に基づいて、新しい磁石の探索や設計が行われてきました。今回、Er集団が遠距離にわたって影響を及し合うことを見出せたことで、従来とは異なる探索・設計の方針に基づき、新しい磁石を発見・作製できる可能性があります。今回用いたErFeO3では、マイナス269度付近でFe集団だけでなくEr集団もまたその方向を揃えて、磁石としての性質を示すことが知られています。これまで、この温度におけるErの振る舞いも、従来通り、近距離にいるEr同士が影響を及し合って起こると考えられてきました。しかし、これが実はFeを媒体として遠距離にわたってEr同士が影響を及し合うことで磁石になっている可能性があり、現在、研究をさらに進めています。また、他の磁石などでも同様の実験を行っていくことで、Fe集団などを媒体とするのではなく、光を媒体として磁石になる物質を探していこうとしています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今回のように遠くにいる元素などがお互いに影響を及し合う物質は、量子コンピュータや量子情報通信などの量子情報技術に応用できると考えられています。量子情報技術においては、情報を担う媒体が受けるノイズが常に問題となります。今回のErFeO3では、ErとFeが情報を担う媒体になり得ます。それらには、今回のように電磁波を照射することで、電磁波の情報を書き込むことができますが、時間の経過と共に、その情報はノイズの影響を受け失われてしまいます。ただし、本研究では、ErFeO3においてErとFeとが非常に強く結合する(共鳴振動数が大きく反発する)ことも観測しました。そのような物質では、電磁波を照射しない状態においても、ErやFeに既に情報が蓄えられており、なおかつその状態はノイズの影響をほとんど受けないと予測されています。今後、ErとFe間の結合を自在に変化させ、特定のEr元素などに電磁波などの情報を自在に読み書きできる技術を開発していくことで、量子情報技術が直面するノイズ問題に対して、新たな解消法を確立できる可能性があります。

一方、元素同士が光を媒体として影響を及し合い、それによって磁石になる物質を発見することができれば、熱から光を生み出す新たな技術を確立できる可能性があります。磁石はある温度以下でのみ元素(小さな磁石)の集団が揃い、磁石として振舞います。光を介して磁石になる物質であれば、熱によって温度が上がり磁石ではなくなるときに、レーザー光のような光を放出する可能性があります。このように温度によって状態を変化させることで熱を別のエネルギーに変換する技術は社会で広く利用されており、例えば火力発電では、熱によって水を水蒸気にすることでタービンを回し、熱を電気エネルギーに変換しています。光を介して磁石になる物質を発見できれば、熱を光エネルギーに直接変換できる可能性があります。これによって、送電線の代わりに光によって低損失でエネルギーを伝送するシステムや、廃熱を光に変えるデバイスを生み出せる可能性があります。

特記事項

本研究成果は、2018年8月24日(金)(米国東部時間)に米国科学誌「Science」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Observation of Dicke Cooperativity in Magnetic Interactions”
著者名:Xinwei Li, Motoaki Bamba, Ning Yuan, Qi Zhang, Yage Zhao, Maolin Xiang, Kai Xu, Zuanming Jin, WeiRen, Guohong Ma, Shixun Cao, Dmitry Turchinovich, and Junichiro Kono

本研究は、米国ライス大学のグループ(リー氏、河野教授)がQi Zhang(米国アルゴンヌ国立研究所)とYage Zhao(北京大学)と協力して測定を行い、馬場招へい教員が解析の枠組みを構築し、共に解析を行いました。また、上海大学のグループ(Ning Yuan、Maolin Xiang、Kai Xu、Shixun Cao)が試料の作製を担当し、Zuanming Jin(上海大学)とDmitry Turchinovich(独国デュースブルク=エッセン大学、独国マックス・プランク研究所)が弱い磁場を掛けた際の試料の電磁波応答の特性を評価しました。

また、本研究は、米国National Science Foundation、米国Army Research Office、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業、独国Deutsche Forschungsgemeinschaft、欧州European Commission、独国Max Planck Society、中国National Natural Science Foundation of China より支援を受けました。

参考URL

大阪大学 大学院基礎工学研究科 物質創成専攻
http://www.entrance.es.osaka-u.ac.jp/

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