独自の反応促進機構を持つ不斉分子触媒の創製に関する研究
文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)を受賞!
研究成果のポイント
・触媒を構成する複数の官能基 が協調して働いて反応を促進する人工の分子触媒 を世界で初めて創製。
・酵素的な作用機序で反応を促進することで、オキサヘリセン の初の実用的大量合成や、酸―塩基型有機分子触媒によるドミノ型反応 を実現。
・これまで他の方法では合成できなかった化合物の創製により、有機エレクトロニクスや医薬資源の供給が可能となった。
概要
大阪大学産業科学研究所の笹井宏明教授らの研究グループは、以前に、触媒を構成する複数の官能基が協調して働く多点制御型(二重活性化型)の不斉触媒を世界で初めて開発しました。この反応促進の機構は、天然の触媒である酵素に類似するもので、ほかの触媒では実現できなかった反応が可能となっています。
今回、笹井教授らの研究グループは、この反応促進の概念を取り入れたバナジウム原子を二つ含む二核バナジウム触媒や、金属を含まない酸―塩基型有機分子触媒を創製し、複数の反応が連続して進行するドミノ型反応に応用して、既存の反応で合成できないオキサヘリセンや、医薬品の基本骨格となる化合物の合成を実現しました。
図1 新規単核バナジウム触媒を用いるオキサ[9]ヘリセン類の合成
※ee (enantiomeric excess): 鏡像異性体過剰率。95:5の比で片方の鏡像異性体が多く生成した場合、90% eeとなる。
研究の背景
触媒的不斉合成 法の開発は、持続可能な社会に向けて重要な研究テーマです。しかしながら、目的化合物の分子骨格構築に有効な触媒的不斉炭素-炭素結合生成反応の開発には、依然として克服すべき課題が多いのが現状です。
通常の触媒では、分子間反応において片方の反応基質のみを活性化するのに対し、笹井教授らの研究グループでは、触媒が両方の反応基質を活性化する概念的に新しい触媒の開発に成功しました。この概念を金属を含まない触媒にも導入し、複数の反応が連続して進行するドミノ型反応にも成功しています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、新規の医薬資源や有機エレクトロニクス材料の創製に寄与することが期待されます。
特記事項
本研究成果により、文部科学省において、2018年4月17日(火)文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)を受賞しました。
タイトル:“独自の反応促進機構を持つ不斉触媒の創製に関する研究”
受賞者:笹井宏明
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)ACT-C先導的物質変換領域研究の一環として行われました。
研究者のコメント
新しい反応を開発すると、これまで生物活性が調べられたことのない化合物が合成可能となります。コストのかからない低・中分子の創薬に役立てたいと考えています。
参考URL
大阪大学 産業科学研究所 機能物質化学研究分野
http://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/soc/socmain.html
用語説明
- 触媒
少量の使用で反応を促進する物質。
- 官能基
有機化合物の性質を特徴づける原子団。
- ヘリセン
複数の芳香環が辺を共有しながららせん状につながった(縮環した)化合物の総称。右回りあるいは左回りのらせんに基づく鏡像異性体が存在する。構成要素に複素環を持つものは、ヘテロヘリセンと呼ばれ、有機エレクトロニクスへの応用が期待されている。酸素を含むヘテロヘリセンが、オキサヘリセンである。
- ドミノ型反応
最初の反応が引き金となって、ドミノ倒しのように複数の反応が連続して起こる反応様式。
- 不斉合成
片方の鏡像異性体(光学異性体)を優先的に合成する手法。