生命科学・医学系

2018年3月9日

研究成果のポイント

・マウスの生殖細胞において、GTSF1というタンパク質がpiRNA経路※1を介したレトロトランスポゾン※2の抑制機構のうちのピンポンサイクル※3に必須であることを発見
・GTSF1はピンポンサイクルのみならず、エピジェネティックな転写抑制※4においてもレトロトランスポゾンの発現抑制に関与している可能性を強く示唆
・本研究成果を受けて、次世代に遺伝情報を伝える大切な生殖細胞ゲノムをレトロトランスポゾンから防御する巧妙なメカニズムの解明が進むことに期待

概要

大阪大学医学部附属動物実験施設の能村卓慈特任研究員(常勤)、大阪大学共創機構産学共創本部イノベーション共創部門の宮崎純一特任教授(現職)らの研究グループは、雄の生殖細胞で強く発現するGTSF1というタンパク質を欠失したマウスを解析し、雄の生殖細胞における細胞内獲得免疫システムであるpiRNA経路において、GTSF1が、レトロトランスポゾン由来のRNAの切断による、レトロトランスポゾンの不活性化のプロセス(ピンポンサイクル)に必須なタンパク質であることを発見しました。

レトロトランスポゾンの発現によりゲノムが書き換わってしまう恐れがあるため、生殖細胞はレトロトランスポゾンの発現を防ぐ仕組みを持っています。マウスにおいては、GTSF1はレトロトランスポゾンの抑制に必須であることは報告されていましたが、関係している分子機構は不明でした。また、ハエにおける分子機能解析の報告から、GTSF1 はレトロトランスポゾン不活性化に重要な二つの過程(ピンポンサイクル、エピジェネティックな転写制御)のうち、エピジェネティックな転写抑制機構にのみ関係していることから、マウスでも同様にエピジェネティックな転写制御機構のみにGTSF1が関係していると予想されていました。

能村研究員らは、この予想に反し、マウス雄の生殖細胞においてはpiRNA経路を介したレトロトランスポゾン不活性化に重要な2つの過程のうち、ピンポンサイクルにおいてGTSF1が必須であることを発見しました(図1左)。さらに詳細な解析により、もう1つの過程であるエピジェネティックな転写抑制においても、GTSF1 がレトロトランスポゾンの抑制に重要である可能性を示唆しました(図1右)。この成果により、次世代に遺伝情報を伝える大切な生殖細胞ゲノムをレトロトランスポゾンから防御する巧妙なメカニズムの解明が進むと期待されます。

本研究成果は、ヨーロッパ科学誌「EMBO Reports」に、2018年2月7日(水)にオンラインで公開されました。

図1 piRNA経路を介したレトロトランスポゾン抑制機構にGTSF1が関与していることが明らかになった
piRNAは1)ピンポンサイクルと2)エピジェネティックな転写抑制の二つの経路を介して、レトロトランスポゾンの抑制を行う。
ピンポンサイクルではPIWI-piRNA複合体はレトロトランスポゾンRNAを認識し切断する一方、化学修飾による転写抑制過程では転写途中のレトロトランスポゾンRNAを認識し、エピジェネティックな機構に関係した他のタンパク質群を呼び寄せ、トランスポゾンゲノム配列に抑制性のマークを付けることによりレトロトランスポゾンの発現を抑制すると考えられている。

研究の背景

レトロトランスポゾンとは、ゲノム中の別の部位に転移することができるDNAの繰り返し配列をいいます。このレトロトランスポゾンが生殖細胞で働いてしまうと、次世代に遺伝情報を伝えるためのゲノム情報が書き換わってしまいます。そのため、生殖細胞ではレトロトランスポゾンの働きを抑える仕組みがあります。その一つに生殖細胞で発現する小さいRNA分子、piRNAが挙げられ、piRNAはレトロトランスポゾンの発現を1)転写後レベル、2)転写レベルで抑える2つの機構を持っています。1)では発現してしまったレトロトランスポゾン由来のRNAを切断すること(ピンポンサイクル)により、2)ではレトロトランスポゾンを転写させないような化学修飾をゲノムに付加(エピジェネティックな転写抑制)することでレトロトランスポゾンの働きを抑えます(図1)。これらの機構では、piRNAと呼ばれる小分子RNAがpiRNA結合タンパク質(PIWI)と結合してPIWI-piRNAとなり、他の関連タンパク質と複合体を形成して機能します。piRNA経路は、ピンポンサイクルとエピジェネティックな転写抑制という2段階のレトロトランスポゾン抑制機構として働き、次世代に伝わるゲノムに有害な変異が入るのを防いでいます。エピジェネティックな転写抑制を行うゲノム上の位置、およびピンポンサイクルにおいて切断するターゲットとなるRNAは、PIWI-piRNA複合体におけるpiRNAの配列によってどちらも認識されます。

これまでに能村研究員らの研究グループは、GTSF1という雄の生殖細胞で強く発現する遺伝子を欠失したマウスの解析から、このマウスは雄で不妊を示すこと、その成獣精巣は著明に萎縮すること、その原因は雄の生殖細胞が減数分裂期に異常をきたし死滅するためであることを明らかにしていました。さらに、このマウスの成獣精巣では、レトロトランスポゾンの発現が上昇しており、エピジェネティックな転写抑制が生じていないことも明らかにしていました。これらの結果からGTSF1が精子形成およびエピジェネティックな転写抑制を介したレトロトランスポゾン抑制機構に必須な遺伝子の一つであることは分かっていましたが、GTSF1がどのような分子機構に関わっているのかについては不明でした。一方、ハエにおいてGTSF1はpiRNA経路のうちエピジェネティックな転写抑制機構に関係していることが報告されていたため、マウスにおいても同様の機構で GTSF1 が機能すると予想されていました。

本研究の成果

能村研究員らの研究グループは、piRNA経路においてレトロトランスポゾン不活性化に重要な2つの過程、1)ピンポンサイクルと2)エピジェネティックな転写抑制との両方が働いている時期に着目し、GTSF1 の欠失した雄の生殖細胞を解析したところ、ピンポンサイクルが機能していないことを明らかにしました。また、ピンポンサイクルによって切断される特定のトランスポゾン配列を含むRNAに着目して解析したところ、GTSF1が欠失すると切断されていないことも明らかになりました。さらに、GTSF1は核内でエピジェネティックな転写抑制に必須なタンパク質と相互作用して機能することが示唆されました。これらの結果およびハエにおける報告から、GTSF1は1)ピンポンサイクルと2)エピジェネティックな転写抑制との両方において、PIWI-piRNAの複合体が標的となる RNA を捉えて安定化させる過程で重要な役割を果たしている可能性が強く示唆されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、細胞内獲得免疫系であるpiRNA経路の全容解明に向けた研究が進むことが期待されます。ゲノムを保護し、有害な変異を抑制することは、生体の恒常性維持にとって不可欠であり、その理解はヒトを含む生命の分子機構を理解する上で基盤となります。

特記事項

本研究成果は、2018年2月7日(水)にヨーロッパ科学誌「EMBO Reports」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Mouse GTSF1 is an essential factor for secondary piRNA biogenesis”

著者名:Takuji Yoshimura1,2, Toshiaki Watanabe3,4,5, Satomi Kuramochi-Miyagawa6, Noriaki Takemoto2, Yusuke Shiromoto6, Akihiko Kudo7, Masami Kanai-Azuma8, Fumi Tashiro2, Satsuki Miyazaki2, Ami Katanaya9, Shinichiro Chuma9, Jun-ichi Miyazaki2* (*責任著者)

所属:
1. 大阪大学 医学部附属動物実験施設
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 幹細胞制御学
3. Yale Stem Cell Center, Yale University School of Medicine, USA
4. Department of Cell Biology, Yale University School of Medicine, USA
5. 公益財団法人 実験動物中央研究所
6. 大阪大学 大学院医学系研究科 幹細胞病理学
7. 杏林大学 医学部 解剖学
8. 東京医科歯科大学 実験動物センター
9. 京都大学 再生医科学研究所

なお、本研究は、科学研究費補助金(平成29〜31年度)の支援を受けて行われました。

用語説明

※1 piRNA(パイ・アールエヌエー)経路
生殖細胞などの細胞において、切断するターゲットRNAを取り込みながらpiRNAという小分子 RNA を生成する過程と、piRNAを用いてエピジェネティックな転写抑制を行う過程から成る経路の総称。

※2 レトロトランスポゾン
ゲノム中に多数存在する転移性繰り返し配列で、RNAに転写された後に再びDNAに逆転写されるメカニズムを通してゲノムの別の部位へ転移することができるものを指す。遺伝子変異原となるため、強固に抑制する必要がある。

※3 ピンポンサイクル
piRNA経路において、切断するターゲットRNAを取り込みながらpiRNAという小分子RNAを生成する過程。

※4 エピジェネティックな転写抑制
ゲノムにコードされたレトロトランスポゾンや遺伝子に対し、DNAメチル化やヒストン蛋白質の化学修飾によって、それらがmRNAに転写されることを抑制すること。

参考URL

大阪大学大学院医学系研究科 幹細胞制御学
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/nutri/www/index.html

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