自然科学系

2017年8月19日

研究成果のポイント

・氷点下(0℃以下)でも凍らずに液体状態として存在する水(過冷却水)が、ドロドロな高粘度の液体である原因をコンピュータシミュレーションによって解明
・多くのガラス性物質において観測されるStokes-Einstein則の破れと呼ばれる流体力学的異常性が、過冷却水でも観測され、その原因を分子レベルから世界で初めて解明
・「純水を冷やすとガラスになるのか?」という基礎科学上の問題へ直結するだけでなく、過冷却を用いて凍らないまま細胞を凍結保存する技術の深化へつながることが期待

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の金鋼准教授と名古屋大学大学院理学研究科の川﨑猛史助教は、氷点下でも凍らずに液体状態として存在する水(過冷却水※1)(図1左)の粘度が、温度の低下にともない急激に上昇する(ドロドロになる)原因を、コンピュータシミュレーションを用いて明らかにしました。

過冷却水の性質を理解することは、「純水を冷やすとガラス※2になるのか?」というアモルファス氷※3の存否に関する基礎科学上の根本的な問題です。それだけでなく、細胞を生かしたまま保存する技術に結びつく問題でもあります。しかしながら、常温の水と結晶化した氷の「はざま」にある過冷却水が、なぜドロドロとした高い粘度を示すのか分子レベルで解明されることはありませんでした。

今回本研究グループは、分子動力学法と呼ばれるコンピュータシミュレーションにより、過冷却水の水分子の動き(拡散性)とドロドロさ(粘度)の関係を詳細に解析しました。その結果、水分子間のランダムな水素結合ネットワークが過冷却とともに強固になっていくことが高い粘度をもたらす原因であることを明らかにしました(図1右)。さらに水素結合※4が時間とともに切断する様子を観測し(図2)、流体力学※5的異常性であるStokes-Einstein則※6の破れと呼ばれる現象の原因を世界で初めて明らかにしました。

本研究成果は、米国科学振興協会(AAAS)が出版する総合科学誌「Science Advances」に、8月19日(土)午前4時(日本時間)にオンラインで公開されました。

図1 左図:過冷却水が注がれ、衝撃を受けて凍る様子(藤野丈志氏(株式会社興和)からのご提供。本図を掲載する場合は「藤野丈志氏(株式会社興和)からの提供」と記載ください)。右図:コンピュータシミュレーションによって計算された過冷却水の構造(赤球:酸素原子,青球:水素原子,黄棒:水素結合)。

図2 過冷却水において、水素結合していた2つの水分子(紅白色)(左図)が結合を切断しジャンプ運動した(右図)様子。その他の水分子は水色とした。

研究の背景

最も身近な物質である水は他の液体性物質と異なり多くの不可思議な性質を示します。例えば、4℃で密度が最大となり温度低下とともに体積が膨張することや、氷が水に浮かぶことは代表的な例です。また水は氷点下(0℃以下)でも凍らずに液体状態として存在することができますが、水の多くの異常性がこの過冷却水で顕著になることが知られています。さらに、過冷却水を冷やしたらガラス状のアモルファス氷になるのかその存否について長年の論争になっています。凍らずに過冷却された水は、常温の水と結晶化した氷の中間的な性質を示し、流動性が低く粘度が非常に高い状態になります。ところが、過冷却水は多くの場合不純物を有するため、氷点下では結晶化しやすく実験的研究などで巨視的な性質であるドロドロさの原因が分子レベルで説明されることは今までありませんでした。

研究の成果

本研究では、分子動力学法と呼ばれるコンピュータシミュレーションにより、不純物を含まない理想的な状況下で約-80℃まで過冷却された水における水分子の運動の様子を明らかにしました。そこで、水分子の動きやすさは拡散係数を、水の流れやすさは粘性率を計算することにより解析しています。また、水では分子同士が水素結合により強く相関していることから、水分子間のランダムな水素結合ネットワークが時間とともにどのように変化するのかについても分子レベルで解析しました。

その結果、過冷却されると水素結合ネットワークが柔らかな部分と固い部分が同時に存在し、すなわち不均一な構造をもちながら強固になり、このことが高い粘度をもたらしていることがわかりました。また、過冷却されドロドロになり水分子が動きにくくなっている中でも、間欠的にジャンプし水素結合を切断しながら動き回る様子を観測しました。さらに、分子間に強くはたらく水素結合を切断する間欠的なジャンプ運動は、様々なガラス性物質で見られる流体力学的異常性であるStokes-Einstein則の破れの原因を理解することに直結していることもわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

過冷却水の性質を解明することは、「純水を冷やすとガラスになるのか?」というアモルファス氷の存否に関する長年の論争に決着させる可能性があります。このことは、ほぼ全てのガラス状物質が過冷却されると、粘度が非常に高くなるという普遍的なメカニズムを理解する上でも鍵となります。今回の成果をもとに、流体力学的異常性であるStokes-Einstein則の破れを普遍的に理解することにより、ガラス状物質がドロドロしながらゆっくりと流れることができる原因を本質的に理解することが期待できます。

さらに、過冷却水は生命の活動とも密接に関係しています。例えば、細胞を凍らせると氷晶形成により急激な体積膨張が起こり、細胞壁が壊されてしまいますが、これを回避し凍らせることができれば生きたままにすることができます。

すでに、過冷却を応用しiPS細胞の保存技術へ展開されていますが、そこで安定に高粘度な状態、つまり過冷却状態を保ち続けることが重要な課題であり、本研究による知見が技術深化へ繋がる可能性があります。

特記事項

本研究成果は、2017年8月19日(土)午前4時(日本時間)に米国科学振興協会(AAAS)が出版する総合科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Identifying time scales for violation/preservation of Stokes-Einstein relation in supercooled water”
著者名:Takeshi Kawasaki and Kang Kim
DOI:10.1126/sciadv.1700399

なお、本研究は、科学研究費補助金・新学術領域「理論と実験の協奏による柔らかな分子系の機能の科学」公募研究(研究代表者:金鋼)および若手研究(A)(研究代表者:川﨑猛史)の支援を受けて行われました。また、本研究のコンピュータシミュレーションには、自然科学研究機構岡崎共通研究施設・計算科学研究センターのスーパーコンピュータを用いました。

用語説明

※1 過冷却水
水が凍って氷になる 0℃より低い温度でも液体状態を保ったもの。外から急激な衝撃が加わると結晶化が始まる。また、不純物が液体中に存在しても結晶化が起こる。より一般的に、融点以下に冷却された液体のことを過冷却液体と呼ぶ。

※2 ガラス
液体が過冷却され、結晶のように規則正しく分子を整列させるのではなく、液体の不規則な分子配置構造を保持したまま固体的な状態に達するもの。また、ガラス転移とは液体からこの不規則な配置を持った固体状態への転移のことを指す。実験的には粘性率が10の13乗ポアズ(常温の水では0.01ポアズ程度)となる温度によって決められることが多いが、未だ明確な定義はされていない。不規則で乱れた構造を持つ物質の状態はアモルファス・無定形・非晶質とも言う。

※3 アモルファス氷
過冷却水がさらに冷やされ固体化させたもの。実験的には、氷を高圧にしてアモルファス化させることによって得ることができる。アモルファス氷を加熱するとガラス転移を経て過冷却水、水へ変化するとされる。最近ではアモルファス氷には低密度と高密度の2つの種類があることが提案され、水の異常性を理解する上で鍵となると考えられている。

※4 水素結合
電気陰性度の高い分子同士で見られる水素原子を介した化学結合。水分子間では水素原子と酸素原子間に生じ、分子同士を強く結び付ける。特に、過冷却されると次第に各分子は平均的に約4個の水素結合を持つようになり、四面体的なネットワーク構造を形成する。

※5 流体力学
物質の流れに関する運動を連続体として記述する体系。また、流体中にある物体の運動も取り扱うことができる。

※6 Stokes-Einstein(ストークス・アインシュタイン)則
熱運動による不規則なブラウン運動の拡散係数に対するアインシュタイン関係式と、流体力学におけるストークス粘性抵抗式を組み合わせることによって得られる、拡散係数と粘性率を結び付ける関係式。粘度が高くドロドロな液体中では抵抗力が大きく動きにくくなり、拡散性が低くなることを意味する。一般的な液体では広く満足される関係式であるが、多くの過冷却液体(ガラス性物質)ではその関係性が破れることが観測され流体力学的な異常性を示している。

参考URL

基礎工学研究科 化学工学領域 松林研究室
http://www.cheng.es.osaka-u.ac.jp/matubayasi/index.html

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