2017年8月1日

ポイント

・ミクログリア特異的分子CX3CR1をコードする遺伝子上の稀な変異が統合失調症・自閉スペクトラム症の病態に関与しうることを世界で初めて示しました。
・統合失調症・自閉スペクトラム症と統計学的に有意な関連を示したアミノ酸置換変異はCX3CR1の機能に変化をもたらしうることが確認されました。
・発達期の神経細胞間シナプス刈り込みに重要な役割を果たすCX3CR1の遺伝子上のアミノ酸置換変異が統合失調症や自閉スペクトラム症の発症リスクであるという本研究成果は、精神障害の病態メカニズム解明につながる重要な知見と言えます。

概要

名古屋大学大学院医学系研究科(研究科長・門松健治)精神医学・親と子どもの心療学の尾崎紀夫(おざきのりお)教授、Aleksic Branko(アレクシッチ ブランコ)准教授(責任著者)、石塚佳奈子(いしづかかなこ)助教(筆頭著者)、大阪大学大学院医学系研究科/生命機能研究科の山下俊英(やましたとしひで)教授、同蛋白質研究所の中村春木(なかむらはるき)教授らの研究グループは、脳内免疫細胞ミクログリアにおいて特異的に発現するCX3CR1をコードする遺伝子上のアミノ酸置換変異が統合失調症・自閉スペクトラム症の発症リスクに関与しうることを世界で初めて示しました。

本研究は、理化学研究所、岡山大学、新潟大学、藤田保健衛生大学、国立国際医療研究センター国府台病院との共同研究で行われました。

脳内の免疫細胞として知られるミクログリアは、発達期に過剰に作られた神経細胞間シナプスを適切に刈り込むという神経発達上の役目を担います。この刈り込みの異常は、統合失調症や自閉スペクトラム症など精神障害の病態仮説の一つと考えられてきました。この神経細胞間シナプス刈り込みにおいて重要な役割を果たすのがミクログリア特異的分子CX3CR1です。死後脳研究やモデル動物研究によってCX3CR1の量的異常と統合失調症や自閉スペクトラム症の病態が関連づけられてきました。しかし、これまでCX3CR1の遺伝子上の変異と両疾患を関連づける報告はありませんでした。

本研究は、CX3CR1をコードする遺伝子上の一塩基変異を探索し、検出したアミノ酸置換変異と両疾患の関連を統計学的に裏付けました。この変異探索は、統合失調症および自閉スペクトラム症患者と健常者合計7,000人を超える人々の協力によって得られたゲノムを用いています。

さらに三次元構造解析と機能解析を行い、検出したアミノ酸置換変異がCX3CR1の機能に変化をもたらすことを明らかにしました。ミクログリア特異的分子をコードする遺伝子上のアミノ酸置換変異が統合失調症や自閉スペクトラム症に関連することを世界で初めて明らかにした本研究成果は、両疾患の生物学的基盤や病態解明に寄与する重要な知見と考えます。

本研究成果は、平成29年8月1日15時(英国時間)に、英国のオンライン科学誌「TranslationalPsychiatry」に掲載されました。

背景

統合失調症と自閉スペクトラム症はそれぞれ人口の1%以上が罹患する頻度の高い精神障害です。ともに長期の臨床経過をたどることから患者家族の心理的負担や社会的損失が大きく、病因・病態の解明と、病因・病態に基づいた治療法の開発が求められています。

また、精神症候学に基づく現在の精神科臨床診断は生物学的に極めて不均質です。これを解決するべく遺伝的要因と生物学的指標から診断分類を見直す動きが進んでいます。精神障害の病態理解および病態に基づいた診断分類を構築するためには、遺伝的要因を明らかにすることが必要です。

統合失調症と自閉スペクトラム症の病態仮説のひとつとして、脳内ミクログリア※1の機能異常が挙げられます。脳内の免疫細胞であるミクログリアは、統合失調症や自閉スペクトラム症のみならず、アルツハイマー病、多発性硬化症など精神神経疾患全般への関与が想定されています。なかでも、ミクログリア特異的分子CX3CR1※2の異常は神経細胞間シナプス刈り込みの障害を介して統合失調症や自閉スペクトラム症の病態に関与する、という証左が死後脳の遺伝子発現解析やノックアウト動物の行動解析などから見出されてきました。しかし、CX3CR1をコードする遺伝子上のゲノム変異と両疾患の関連はこれまで明らかにされていませんでした。

研究成果

統合失調症370名と自閉スペクトラム症192名のゲノムを対象にCX3CR1のエクソン※3上の頻度の稀な一塩基変異※4を探索し、さらに患者と健常者合計7,000人超の協力を得て、変異と精神障害の統計学的関連を探索しました。その結果、同定したアミノ酸置換を起こす変異は神経発達障害に対してオッズ比※58.3と強い関連を示しました。このアミノ酸置換変異は、1.三次元構造解析により、CX3CR1のC末端の動きを変化させてGタンパク質の活性化を妨げる可能性が示され、2.細胞レベルの機能解析によってCX3CR1に結合するフラクタルカインの刺激で生じるはずのAktリン酸化亢進が見られないことが示されました。本研究は、精神障害と統計学的に有意な関連を示すアミノ酸置換変異がCX3CR1の機能に変化を及ぼしうることを明らかにしました。

今後の展開

CX3CR1は発達期に作られた過剰な神経細胞間シナプスを適切に刈り込むという、神経発達上の役目を担います。CX3CR1は多くの薬剤が標的とするGタンパク質共役受容体のひとつでもあります。本遺伝子上のアミノ酸置換変異が精神障害の発症に関与しうる可能性を世界で初めて示した本研究成果は、神経発達障害の病態メカニズムの解明につながる重要な知見であるのみならず、Gタンパク質共役受容体であるCX3CR1に作用する化合物を用いた、精神障害の根本的な治療薬の開発にもつながることが期待されます。

本研究成果は多くの当事者および一般の方々の協力によって得られたものです。また、本研究は日本医療研究開発機構(AMED)「脳科学研究戦略推進プログラム(発達障害・統合失調症等の克服に関する研究)」「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」、新学術領域「包括型脳科学研究推進ネットワーク」「グリアアセンブリによる脳機能発現の制御と病態」の支援を受けて行われました。

図1

図2

発表雑誌

Kanako Ishizuka, Yuki Fujita, Takeshi Kawabata, Hiroki Kimura, Yoshimi Iwayama, Toshiya Inada, Yuko Okahisa, Jun Egawa, Masahide Usami, Itaru Kushima, Yota Uno, Takashi Okada, Masashi Ikeda, Branko Aleksic, Daisuke Mori, Toshiyuki Someya, Takeo Yoshikawa, Nakao Iwata, Haruki Nakamura, Toshihide Yamashita, Norio Ozaki

"Rare genetic variants in CX3CR1 and their contribution to the increased risk of schizophrenia and autism spectrum disorders"
Translational Psychiatry(英国時間2017年8月1日付けの電子版に掲載)
DOI: 10.1038/tp.2017.173

用語説明

※1 ミクログリア
グリア細胞は神経細胞とともに中枢神経系(脳、脊髄)を構成する細胞です。ミクログリアはグリア細胞の一種で、神経損傷が起きると活性化して死んだ細胞を貪食します。近年、ミクログリアは発達期のシナプス形成と適切な刈り込みにも貪食細胞として貢献することが明らかとなりました。シナプスとは、神経細胞どうしが情報を伝達するためにつながっている部分のことです。シナプスは発達早期に過剰に形成されます。その後、必要なシナプスは強められ、不必要なシナプスは除去されることによって神経ネットワークが成熟します。この過程をシナプス刈り込みと呼び、脳の正常な機能に必須の現象と考えられています。統合失調症や自閉スペクトラム症ではシナプス密度の異常が観察されており、シナプス刈り込みの異常、ひいてはミクログリアの機能異常と精神障害の関連が注目されています。

※2 CX3CR1
Gタンパク質共役受容体で、フラクタルカインと結合して細胞間接着や遊走に関与します。末梢では免疫関連細胞に広く発現し、自己免疫疾患や慢性炎症疾患の病態との関連が示唆されています。脳内ではミクログリア特異的に発現します。発達期に作られた過剰な神経細胞間シナプスを適切に刈り込むミクログリアの働きにはこのCX3CR1が重要な役割を果たします。CX3CR1 のノックアウトマウスは社会性の低下など自閉スペクトラム症様の行動異常を示すことが観察されています。

※3 エクソン
ゲノム上の遺伝情報がコードされている部分。エクソンの配列に基づいてタンパク質が作られるため、エクソン領域の変異はタンパク質を構成するアミノ酸を変えることがあります。本研究ではアミノ酸をコードするエクソン領域を標的にしたことで、検出した変異がタンパク質の機能に及ぼす影響を明らかにすることができました。

※4 頻度の稀な一塩基変異
ゲノム配列の個人差のうち、標準的な配列と一塩基だけ異なっており、かつ集団内の1%未満の頻度で観察されるもの。発症に強く関与する変異は頻度の稀な変異に集積するという仮説に基づいて、本研究は頻度の稀な変異に着目しました。

※5 オッズ比
ある事象の起こりやすさについて二つの群で比較した時の違いを示す統計学的尺度の一つ。本研究では、検出した遺伝子上の変異が精神障害の患者に多く集積するか否かという事象について、患者群と健常者群の 2 群を比較してオッズ比を算出しました。

参考URL

大阪大学大学院 医学系研究科 分子神経科学
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molneu/

大阪大学 蛋白質研究所 付属蛋白質解析先端研究センター 蛋白質情報科学研究室
http://www.protein.osaka-u.ac.jp/rcsfp/pi/index_pi.html

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