生命科学・医学系

2017年4月13日

本研究成果のポイント

・遺伝子発現を調整するコヒーシンが機能低下すると、脳の発達に障害が生じるメカニズムを解明
・コヒーシンの機能が低下したマウスでは、不安行動が高まることを発見
・不安障害など、脳機能障害が生じるメカニズムの解明につながる成果

概要

大阪大学の藤田幸助教(大学院医学系研究科 分子神経科学)、山下俊英教授(大学院医学系研究科/生命機能研究科/免疫学フロンティア研究センター 分子神経科学)らの研究グループは、染色体接着因子として知られるコヒーシン※1 の機能低下により、脳のシナプス※2 が未熟な状態となり、不安の高まりをきたすことを発見しました。

脳は発達期に精密な神経回路の構築を行って、正しく機能を発揮します。神経回路が形成される過程では、数多くの遺伝子の発現が適切に制御されていますが、中でも、多くの遺伝子の発現を調節する役割を持つと近年明らかになったのが、染色体に接着するコヒーシンです。コヒーシンはゲノムの立体構造※3 を変化させることで、「遺伝子発現の調整役」を果たしていると言えます(図1)

このコヒーシンの機能異常で、不安障害、自閉症などの精神症状を伴うコルネリア・デ・ランゲ症候群(CdLS)※4 を発症することが知られています(コヒーシン病)。発達段階の脳において、コヒーシンは重要な機能を発揮していると考えられますが、コヒーシンが実際にどのように働いているのかは、これまで不明でした。

山下教授らの研究グループは、脳の発達期におけるコヒーシンの機能を明らかにするため、神経細胞特異的にコヒーシンの機能を抑制したマウスを作製し、脳内の神経回路形成過程を観察しました。コヒーシンの機能が低下したマウスでは、神経細胞間の情報の伝達を担うシナプスの成熟が阻害され、不安様行動が高まることを見いだしました。

これらの結果から、ゲノムの高次構造を制御するコヒーシンが、中枢神経の適切な回路形成と情動に重要な役割を果たしていることが示されました。また、コヒーシンによって発現が調整される多くの遺伝子のうち、免疫を制御するインターフェロンに関連する遺伝子が、この現象に関わることも解明しました。

本研究から、「遺伝子発現の調整役」であるコヒーシンの機能不全によって、不安障害様症状を引き起こすメカニズムが明らかになりました。本研究は、不安障害のメカニズムの解明および治療法の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「The Journal of Experimental Medicine」に、4月13日(木)22時(日本時間)に公開されました。

図1 ゲノム高次構造が遺伝子発現を調節し、適切な脳の回路を作る

研究の背景

脳は神経細胞が突起を伸ばし、ネットワークを形成して情報を伝えています。神経細胞は樹状突起※2 と呼ばれる枝分かれした線維を持ち、樹状突起上のスパインというとげのような突起を介して、他の神経細胞とつながっています。スパインが形成する神経細胞同士の微細な間隙をシナプス※2 と呼びますが、そのシナプスを介して情報のやり取りが行われます。脳発達期には活発にスパインやシナプスが形成され、神経回路が組み立てられます。この過程においては、多くの遺伝子の発現が誘導あるいは抑制されています。遺伝子発現を調整する司令塔のような仕組みとして、ゲノム高次構造の変化があると考えられてきました。実際に、さまざまな神経発達障害で、異常な遺伝子発現変化と共に、ゲノム高次構造の破綻が見つかっています。

染色体接着因子のコヒーシンは、ゲノム高次構造を変化させ、遺伝子の発現調節に関わっていることが示されていました。また、コヒーシンの機能が低下したコルネリア・デ・ランゲ症候群※4 などのコヒーシン病において、精神遅滞、不安様行動亢進(こうしん)などの精神症状がみられることから、コヒーシンは脳の発達を制御すると考えられます。しかしながら、本当にコヒーシンが直接、神経回路形成に関わるのか、もしそうであれば、その仕組みはどのようなものかについては不明のままでした。

研究の成果

研究グループはマウス大脳皮質※5 の神経細胞で、コヒーシンを構成するタンパク質のひとつSmc3※1 が発現していることを見いだしました(図2) 。続いて、コヒーシンの機能が低下したマウスでは、神経細胞の樹状突起の枝分かれが増加することが分かりました。また、コヒーシンの機能が低下した病態を示すCdLSマウスの脳でも、樹状突起の形態に異常が認められました。一方で、神経細胞の微細な構造を観察すると、神経細胞間のシグナル伝達に関わる接合部位を構成するスパインやシナプスの形成が未熟であることが分かりました(図3) 。コヒーシンの機能が低下すると異常な神経細胞の形態を示すことから、コヒーシンが脳発達期において、神経回路の形成に必要であると考えられました。

コヒーシンの機能が低下すると、脳機能にどのような影響を与えるのか。同研究グループは、マウスの行動特性を調べました。感覚・知覚、運動、情動、学習などの機能評価試験により、正常なマウスと比較して不安様行動が亢進していることが分かりました。例えば、マウスを通常飼育しているケージから新しいケージに移すと、環境変化に慣れないため、好物のミルクを飲むまでの時間が延長します。コヒーシンの機能が低下したマウスは、正常マウス以上にその時間が延長することから、新規環境の不安様行動が高まっていると考えられました(図4) 。脳内には、神経細胞とそれを支える複数種のグリア細胞が存在しますが、神経細胞だけ特異的にコヒーシンの機能を低下したマウスでも同様でした。

次に、どのような遺伝子がシナプス成熟異常や不安症状に関わっているかを調べました。コヒーシンの機能が低下したマウスの脳内で、正常マウスと比較して発現が変化する遺伝子を網羅的に調べた結果、免疫を制御するインターフェロンに関連する遺伝子の発現の増加、Stat1※6 の発現の増加が見られました。

コヒーシンの機能が低下した脳由来の神経細胞を培養した場合、正常なものと比較してシナプス形成が抑制されましたが、Stat1の発現を阻害すると抑制は緩和されました。この結果、コヒーシンは一部にはStat1を介してシナプス形成を調節していることが分かりました。

図2 大脳皮質におけるSmc3の発現
大脳皮質において、コヒーシンを構成するSmc3タンパク質(赤)が神経細胞(緑)に発現している。

図3 コヒーシン機能低下マウスにおける成熟スパイン密度の減少
スパインの形態を5つのタイプ(Filopodia, Thin, Stubby, Mushroom, Branched)に分類し、成熟スパインの密度を測定した(右グラフ)。

図4 コヒーシン機能低下マウスにおける不安様行動の亢進
コヒーシン機能低下マウスでは、新規ケージに入れられた後、ミルクを飲み始めるまでにかかる時間が延長した。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果から、マウスの脳神経でのコヒーシンの機能低下によって、シナプスの成熟に障害が起こり、不安が高まることが分かりました。コヒーシンは遺伝子発現の調整役として働いており、特に免疫応答に関連する遺伝子の制御不全が、この結果を招くと考えられました。これは、不安障害などの精神症状で、分子メカニズム解明につながる成果であり、今後の研究の進展によって、治療法の開発にも発展が期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「The Journal of Experimental Medicine」に、4月13日(木)22時(日本時間)に掲載されました。
【タイトル】Decreased cohesin in the brain leads to defective synapse development and anxiety-related behavior.
【著者名】Yuki Fujita1, Koji Masuda2, Masashige Bando2, Ryuichiro Nakato2, Yuki Katou2, Takashi Tanaka1, Masahiro Nakayama3, Keizo Takao4, Tsuyoshi Miyakawa5, Tatsunori Tanaka6, Yukio Ago6, Hitoshi Hashimoto6,7,8,9, Katsuhiko Shirahige2,†, and Toshihide Yamashita1,10,†責任著者)
1 大阪大学 大学院医学系研究科 分子神経科学
2東京大学分子細胞生物学研究所 エピゲノム疾患研究センター ゲノム情報解析研究分野
3大阪府立母子保健総合医療センター 検査科 病理室
4富山大学 大学院医学薬学教育部(医学)行動生理学講座
5藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門
6大阪大学 大学院薬学研究科 神経薬理学
7大阪大学 データビリティフロンティア機構 バイオサイエンス部門
8大阪大学 大学院薬学研究科 附属創薬センター iPS 脳神経毒性プロジェクト
9大阪大学 子どものこころの分子統御機構研究センター 動物モデル解析部門
10大阪大学 大学院生命機能研究科

なお、本研究は、科学研究費補助金基盤研究(S)、若手研究(B)、新学術領域研究(染色体OS)、日本医療研究開発機構創薬等支援技術基盤プラットフォーム、包括型脳科学研究推進支援ネットワークの一環として行われました。

用語解説

※1 コヒーシン
4つのサブユニット(Smc1, Smc3, RAD21/Scc1, SA/Scc3)からなるリング状の複合体(図1) 。近年の研究から、ゲノム立体構造を変化させ、遺伝子の発現を調節すると考えられている。

※2 シナプス、樹状突起、スパイン
シナプスは、神経細胞の出力を担う軸索と、その投射先である神経細胞の樹状突起の間にある微細な間隙のことで、細胞間の信号伝達などの神経活動に関わる。スパインは、樹状突起の神経同士が結合する部分にできる微細な突起状の構造であり、大部分のシナプスはスパイン上に形成される。

※3 ゲノムの立体構造
ゲノム上で、遺伝子の転写活性化や抑制化を制御する領域は、転写開始に関与するプロモーター領域と離れて存在していることが多い。これらの領域が相互作用するためには、ゲノムがループ状の構造を取るなどの立体的に変化する必要がある。リング状のコヒーシンは、ゲノムに接着し、ゲノムのループ構造の形成や維持に関与し、遺伝子の転写を調節する(図1)

※4 コルネリア・デ・ランゲ症候群(CdLS)
特徴的な顔貌、成長障害、精神発達遅滞、自閉症、不安障害などのさまざまな症状を呈する先天異常。コヒーシンやコヒーシンをゲノム上に配置するために必要な因子に遺伝子変異を生じている。コヒーシン病とも呼ばれる。

※5 大脳皮質
大脳の表面に分布する神経細胞の層。感覚・知覚、随意運動、思考などの脳の高次機能を制御している。

※6 Stat1
転写活性化によって遺伝子発現を促進する因子。体中のさまざまな細胞に発現している。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 分子神経科学
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molneu/index.html

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