2016年4月26日

リリース概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の相馬清吾准教授、高橋隆教授、同理学研究科の佐藤宇史准教授、大阪大学産業科学研究所の小口多美夫教授、ケルン大学(ドイツ)の安藤陽一教授らの研究グループは、新型トポロジカル物質「ワイル半金属」の発見に成功しました。今回の成果により、超高速でかつ消費電力を低く抑えた次世代デバイスの開発が大きく進展するものと期待されます。

本成果は、米国物理学会誌フィジカル・レビュー・Bの「注目論文」に選ばれ、平成28年4月20日(米国東部時間)にオンライン速報版に掲載されました。

研究の背景

あたかも質量のないような粒子として物質中を高速に移動する「ディラック電子」※1 をもつ物質が、いま大きく注目されています。代表的な例が、黒鉛を厚さ1原子分まで薄くした原子層物質として知られるグラフェン※2 です。グラフェンのディラック電子はシリコンの10倍以上の移動度を持ち、極めて高い電気伝導・熱伝導性を示します。グラフェンが発見されて以降、超高速かつ低消費電力で動作するデバイスへの応用を目指して、グラフェンや、それに続くディラック電子物質の研究は爆発的な広がりを見せています。

これまで発見されたディラック電子は、グラフェンのように極めて薄い2次元領域に存在します。その自然な拡張として、3次元的なディラック電子をもつ物質ができれば、応用の範囲は格段に広がると考えられます。3次元空間での質量ゼロの粒子は、「ワイル粒子」※3 という、ディラック電子と似ていながらも本質的に異なる粒子であることが知られています(図1)。ワイル粒子は光速で移動する粒子として87年前に提案されていましたが、素粒子として実証された例はまだありません。しかし最近になり、ある種の半金属において電子のスピン※4 縮退を解くことで、物質内にワイル粒子が生成されるという予測がなされ注目を集めています。このワイル粒子にはトポロジカル(位相幾何学的)※5 な性質があり、カイラリティ※6 (スピンと粒子の運動方向が平行か反平行かを表す指標)の符号の異なる2つの粒子がペアで発現します(図1)。その2つのワイル粒子は、互いに衝突しない限り絶対に質量を持つことがないという際立った性質があります。このワイル粒子を物質内に内包した新しい種類の物質「ワイル半金属」がごく最近理論的に提案され、その物質合成とワイル粒子の実験的検証が強く待ち望まれていました。

研究の内容

今回、東北大学、大阪大学、ケルン大学の共同研究グループは、NbP(Nb:ニオブ、P:リン)(図2)の高品質大型単結晶の育成に成功し、外部光電効果※7 を利用した角度分解光電子分光※8 という手法を用いて、NbPから電子を直接引き出して、そのエネルギー状態を高精度で調べました(図3)。ワイル半金属の表面では、「フェルミ弧」※9 という、開いた形状の電子状態が発現することが理論的に予測されています。研究チームは、NbPの結晶構造に着目し、Nb表面とP表面の二つの異なる表面の電子状態を詳しく調べ、ワイル半金属を特徴付けるフェルミ弧電子状態が、Nb表面とP表面で全く異なる形状をしていることを明らかにしました(図4)。研究チームはさらに、二つのフェルミ弧を重ねることで、その交点が固体中でワイル粒子の存在する位置に対応していることも見出しました。この結果により、NbPが新型のワイル半金属であることが実験的に確立されました。

今後の展望

今回の研究は、ワイル粒子という長年その実証を待ち望まれていた粒子が、実際の固体物質内に存在することを示したものです。ワイル粒子は、高い電気伝導・熱伝導性という際立った性質を持つため、今回の発見により、低消費電力の超高速電子デバイスの開発に弾みがつくと考えられます。さらにワイル半金属では、磁場がなくてもホール電圧が発生する異常ホール効果※10 や、磁場と同じ方向に電流が生ずるカイラル磁気異常※11 といった様々な興味深い現象が理論的に予測されており、今回の発見を契機にして、これらの研究が大きく進展することが期待されます。

本成果は、科研費新学術領域「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(領域代表者:川上則雄)、科研費基盤研究(A)「スピン分解ARPESによる機能性薄膜ハイブリッドの創出」(研究代表者:高橋隆)、および、学際研究重点プログラム「原子層超薄膜における革新的電子機能物性の創発」(研究代表者:高橋隆)などの援助によって得られました。

用語解説

※1 ディラック電子
今から約80年前に英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞)が提唱した相対論的効果を取り入れた「ディラック方程式」に従う粒子のことを指します。このような状態にある電子は非常に動きやすい上に、半整数量子ホール効果などの通常の電子系とは異なる量子効果を示すという特徴があります。ディラック電子は、これまでグラフェンやトポロジカル絶縁体の表面などでその存在が確認されています。

※2 グラフェン
炭素が蜂の巣のような6角形の網の目状につながったシート状の物質です。黒鉛(グラファイト)を、非常に薄く剥がすなどして得ることができます。グラフェン内の電子は、ディラックコーン(図1)と呼ばれる特殊な電子状態(エネルギーと運動量の関係)を持ち、その結果、ディラック方程式で記述される運動に従います。この物質内におけるディラック電子は、あたかも質量がゼロもしくは非常に小さい粒子のように振る舞い、さらに物質内の欠陥などに散乱されにくい、という性質を持っています。そのためグラフェンは高い電気伝導性や熱伝導性を示し、非常に少ない電力で動作する超高速電子デバイスなどへの応用が展開されています。

※3 ワイル粒子
ディラック方程式(※1参照)において、質量をゼロとしたとき得られるフェルミ粒子(半整数スピンをもつ粒子、電子もその一種)のことです。1929年、ドイツの理論物理学者ヘルマン・ワイルにより提唱されました。素粒子としてのワイル粒子はまだ見つかっておらず、ニュートリノがその有力な候補でしたが、ニュートリノ振動の観測(2015年ノーベル賞)により、近年ではその可能性は低いと考えられています。真空中のワイル粒子は、カイラリティ(右巻き、左巻き)(※6参照)が永久に保たれるという性質を持ちます。物質中のワイル粒子はカイラリティの異なる二つの粒子が必ずペアで発現し、それらは互いに衝突しない限り質量を持つことがありません。

※4 スピン
電子が持つ、自転に由来した磁石の性質のことです。自転軸の方向に対して、上向きと下向きの2種類の状態があります。この自転軸は物質中の電磁気相互作用によって、様々な方向を向きます。通常の金属や半導体では、上向きスピンと下向きスピンの電子は同じエネルギー状態をとっており(エネルギー縮退を起こす)、上向きと下向きの数が同数となるため、スピンの発生する磁化はキャンセルしてゼロになります。一方、強磁性体(磁石)ではスピンの縮退が解けて、片方の向きのスピンの電子の数が多くなるため、強い磁化が発生します。

※5 トポロジカル(位相幾何学的)
コーヒーカップを連続的に変形させるとドーナツの形にすることができますが、ボール型にすることはできません。このような連続的に変化させても変わらない性質を探ることで、図形の本質を探る数学の分野のことをトポロジーといいます。円や直線などの論理的位置関係から構成される従来の幾何学に対して、「やわらかい幾何学」とも呼ばれます。ここ最近、この考え方を物質中の電子状態に応用することで、バルク(物質内部)は絶縁体でありながら表面にディラック電子状態をもつ「トポロジカル絶縁体」などの新物質が発見され、その研究が大きく進展しています。トポロジカルな物質の特徴として、物質のトポロジーを変化させるようことがない限り、格子の欠陥や不純物などに運動が阻害されない電子状態が発現することが知られています。物質の中のワイル粒子も、そのような電子状態の一種です。

※6 カイラリティ
スピンと運動量の方向の関係性を、相対論的に一般化した概念です。スピンは自転運動に対応するので、スピンの向きと運動量が同じときは「右巻き」、逆のときは「左巻き」の2種類の状態があります。質量のある粒子では、右巻きと左巻きのカイラリティ状態が混ざってしまいますが、ワイル粒子のように質量がゼロになると、粒子のカイラリティは右巻きか左巻きどちらかの状態になります。

※7 外部光電効果
物質に紫外線やX線を入射すると電子が物質の表面から放出される現象です。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれます。この現象は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。アインシュタインは、この業績でノーベル賞を受賞しています

※8 角度分解光電子分光
結晶に紫外線やX線を照射すると物質の表面から電子が放出されます。放出された電子は光電子と呼ばれ、その光電子のエネルギーや運動量(角度)を測定すると、その電子が元々いた物質中の電子の状態、つまり物質の電子状態が分かります。

※9 フェルミ弧
通常の3次元金属において、伝導を担う電子の運動量ベクトルをつなぎ合わせていくと、運動量空間内でフェルミ面という曲面が得られ、電子の運動状態の詳しい記述に用いられます。バルクでは、仮に磁場などにより電子が周回運動したときに、運動量ベクトルは周回ごとに元の値に戻るので、フェルミ面は閉曲面である必要があります。一方、物質の表面における電子は、バルクに逃げこむことも可能なので、表面電子状態のフェルミ面は閉じた形状である必要はありません。そのような「開いた」フェルミ面は、2次元である表面の運動量空間において孤形状をとることから「フェルミ弧」と呼ばれています。

※10 異常ホール効果
磁場中で電子が動くと、ローレンツ力(磁場により電子の運動方向と垂直な向きにかかる力)によりその動きが曲げられます。固体物質ではこの現象をホール効果と呼び、電流にも磁場にも垂直な方向に、ホール電圧が発生します。磁性体では、磁場がない状態でもホール効果が起こることがあり、これを異常ホール効果と言います。ワイル半金属においては、ワイル粒子のカイラリティの正負に応じて、図1に示すような湧き出しや吸い込みのベクトル場が、仮想的な磁場としてローレンツ力のような作用を電子に及ぼすことで、異常ホール効果が生じると考えられています。

※11 カイラル磁気異常
ワイル半金属に磁場をかけたとき、その方向に電流が流れる現象です。不純物による散乱がない場合、電流の大きさは異なるワイル粒子間のエネルギー差のみに依存します。この現象は、電磁場があったとき、粒子のカイラル数が保存しなくなるという「カイラル異常」という量子現象に端を発するものです。カイラル異常は、宇宙創世時に真空から粒子が生成されるメカニズムにおいて、重要な役割をもつ現象と考えられています

論文情報

<著者>S. Souma, Z. Wang, H. Kotaka, T. Sato, K. Nakayama, Y. Tanaka, H. Kimizuka, T. Takahashi, K. Yamauchi, T. Oguchi, K. Segawa, and Y. Ando,
<タイトル>“Direct observation of nonequivalent Fermi-arc states of opposite surfaces in the noncentrosymmetric Weyl semimetal NbP”,
<掲載誌>Physical Review B 93, 161112(R) (2016). (Editors’ suggestion)
<DOI> 10.1103/PhysRevB.93.161112

発表雑誌

Physical Review B オンライン速報版、2016年4月20日公開(米国東部時間)

参考図

図1 ディラック粒子(左)とワイル粒子(右)における電子のエネルギー関係の模式図
エネルギー分散が直線的であるために電子の有効質量がゼロとなり、電子は高い移動度を示すようになります。ワイル粒子では、カイラリティの異なる二つの種類の粒子が同時に発生し、その二つが衝突しない限り、有効質量がゼロの状態は永久に保たれます。エネルギー分散が交差するワイル点では、カイラリティの正負に応じて仮想的な磁場が発生して、電子の運動に影響を及ぼします。

図2 NbPの結晶構造
Nb層とP層が交互に積層します。左図において、P層は上側のNb層とは4配位、下側のNb層とは2配位で結合し、結合の弱い2配位のところで結晶は劈開します。右に示すように、結晶のc軸方向[001]を上下どちらにするかで、NbもしくはPの終端表面を選ぶことができます。

図3 角度分解光電子分光の概念図
物質に高輝度紫外線を照射し,放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子状態を決定できます。

ResOU

図4 角度分解光電子分光によって得られたNbPのNb表面(上)とP表面のフェルミ弧電子状態の模式図
x,yを表面に沿った運動量の2方向としています。ワイル半金属の持つトポロジカルな性質により、それぞれのフェルミ弧は、結晶内のワイル粒子の運動量点を通ります。

参考URL

大阪大学産業科学研究所ナノ機能予測研究分野(小口研)
http://www.sanken.osaka-u.ac.jp/organization/nnc/nnc_04/

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