2016年4月20日

本研究成果のポイント

・ロジウム金属※1を使った医薬品に含まれる基本骨格の効率的な合成に成功
・水素ガスを活性化させることで廃棄物の出ないクリーンな反応を達成
・医薬品の安価な合成や新薬開発のみならず液晶をはじめとする機能性材料への応用にも期待

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の真島和志教授らのグループは、医薬品や機能性材料などの重要な基本骨格である光学活性な有機化合物※2の合成を達成しました。この反応は、クリーンな資源である水素が炭素ー炭素二重結合※3 に付加して不斉炭素を形成する反応であり(不斉水素化反応※4 )、廃棄物の副生を伴わないアトムエコノミーな反応※5 として注目されています。

本研究では新たな触媒を開発し、この触媒を用いることで従来では制御が困難とされてきた化合物の不斉水素化反応を達成しました。この研究成果により、従来では合成できなかった医薬品などへの化学的手法による応用が可能となり、工業的な医薬品合成手法を一変させるだけでなく、液晶をはじめとする機能性材料への応用も期待されます。

なお、本研究成果は、Wiley-VCH社が発行する学術論文雑誌のAngewandte Chemie, International Editionの速報版としてジャーナルHPに発表(2016年4月19日に公開)されました。

研究の背景

医薬品や香料、農薬などに含まれる光学活性な化合物には同じ分子式で表現できるにも関わらず、人間の右手と左手のように決して重ね合わせることのできない構造を有する相方が存在します。この光学活性な化合物においては、右手に相当する化合物と左手に相当する化合物のそれぞれが、私たち人間に対してまったく異なる作用をもたらすことがあります。例えば、一方は薬としての作用を示すにも関わらず、他方は毒として作用する光学活性な化合物も存在します。そのため、多くの研究者たちが有効な作用を示す光学活性な化合物のみを選択的に合成する手法の開発に取り組んでいます。光学活性な化合物を得るための手法の一つとして、2001年に野依良治教授※6 らがノーベル化学賞を受賞した不斉水素化反応(図1) が挙げられます。この不斉水素化反応は、クリーンな資源として注目されている水素ガスを活性化することで光学活性な化合物を選択的に合成できる反応であり、廃棄物が副生しない非常に環境に優しい反応として古くから注目されています。しかしながら、不斉水素化反応の適用範囲にはまだ不十分なところが多く、自由自在に医薬品化合物を設計、合成するためにはさらなる一般性の拡張が求められていました。

図1 光学活性な触媒を用いる不斉水素化反応

一般に、光学活性な有機化合物には、図2に示すグルタミン酸のように、まったく同じ化学式で表すことができるものの、互いを鏡に映すことのできる対掌体な関係にあり、対となる化合物が存在しています。これらは光学異性体とよばれ、各々が人体に異なった生理作用を及ぼすことが知られています。例えば図2に示したグルタミン酸は、一方の光学異性体のみがうまみ成分であるものの他方の異性体はうまみ成分ではないことが知られています。これらの光学活性化合物は、炭素に直接結合する4つの結合がすべて異なる化学種で形成される不斉炭素が含まれています。このような不斉炭素を合成することは、医薬品や機能性材料などの有機化合物を合成する反応として大変重要であり、過去数十年にわたって研究が活発に行われてきました。その成果は、2001年のノーベル化学賞(野依良治教授、William S. Knowles博士※7が不斉水素化の研究で受賞、K. Barry Sharpless教授が不斉酸化反応で同時に受賞)として顕彰されています。

図2 グルタミン酸を代表とする光学活性な化合物

しかしながら、光学活性な配位子を有するロジウム錯体触媒によるオレフィン類の不斉水素化反応※8は、オレフィンにエステルやアミドなどのロジウム金属に配位することの出来る官能基を有する基質でのみ高い不斉収率※9が達成されてきました。ところが、ロジウム金属に配位することの出来る官能基をもたない単純オレフィン※10については、いくつかの光学活性配位子を有するイリジウム錯体触媒による報告例がありましたが、ロジウム錯体触媒による研究は進んでいませんでした。本研究では、従来と異なる新たなロジウム錯体を設計し、これを触媒とすることで従来までは難しいとされていた単純オレフィンの不斉水素化反応を達成し、対応する光学活性な炭化水素化合物の合成に成功しました。

研究の手順

真島教授らの研究グループは、これまでの研究でイリジウム金属を有する二核錯体が炭素-窒素二重結合に対し高い水素化能を示し、かつ、高度に生成物の立体をコントロールできることを明らかとしていました。ところが、単純オレフィンの不斉水素化に関しては、イリジウム二核錯体では十分な反応が達成できず、錯体の金属中心に着目することによるブレイクスルーを必要としていました。そこで今回、研究グループはイリジウム金属と同じ9族に属するロジウム金属に着目しました。ロジウム金属を用いた不斉水素化反応は古くから研究されており、高い水素化能を有する一方で、不斉水素化する対象となるオレフィン化合物が、立体のコントロールを容易にする配向基を有している必要があることが知られていました。しかしながら、このような配向基の導入は対象となる生成物の骨格を変更する必要があり、医薬品の部分骨格構築に適さないこともあることから、配向基のない単純オレフィンの優れた不斉水素化反応の開発が望まれていました(図3)。今回、イリジウム二核錯体と同じ構造を有した光学活性なロジウム二核錯体の合成に成功し、触媒として利用することで単純オレフィンの不斉水素化反応を達成できました。

図3 配向基を必要としない水素化反応

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究で開発した光学活性ロジウム二核錯体を用いた不斉水素化反応は今までに合成困難であった化合物を高い光学純度で得ることができる新たな合成ルートを提供する成果です。この不斉反応の展開は様々な医薬品合成に適用することが期待できることから、今までに合成困難であった医薬品を円滑に作ることができ、その結果安価に医薬品を社会に提供できるようになることが考えられます。また、光学活性を有する複雑な骨格を容易に構築することができれば、今までに発見されていなかったような医薬品のシード化合物の探究にもつながり新薬の開発へつながる可能性も考えられます。さらに、高い光学純度で目的物を得られる本反応は近年注目が集まっているキラルな機能性材料である強誘電性液晶への応用も期待できることから本研究は医薬品開発のみならず工業的な側面からも社会に貢献できると考えられます。

特記事項

本研究成果は、Wiley-VCH社が発行する学術論文雑誌Angewandte Chemie, International Editionの速報版としてジャーナルHPに発表されました(2016年4月19日)。論文の詳細は以下の通りです。

[論文タイトル]“Chloride-bridged Dinuclear Rhodium(III) Complexes Bearing Chiral Diphosphine Ligands as New Rhodium(III) Catalyst Precursors for Asymmetric Hydrogenation of Simple Olefins”
[著者]Yusuke Kita, Shoji Hida, Kenya Higashihara, Himanshu Sekhar Jena, Kosuke Higashida, and Kazushi Mashima*
[雑誌名]Angewandte Chemie, International Edition DOI: 10.1002/anie.201601748

参考図

図4 ロジウム錯体を用いた不斉水素化反応

図5 ロジウム錯体の単結晶X線結晶構造解析による構造

用語解説

※1 ロジウム金属
原子番号45の元素。第9族に属する遷移金属の一種である。

※2 光学活性な有機化合物
分子内に不斉点を有しており、まったく同じ化学式で表すことができるが、決して重ね合わせることのできない関係にある光学異性体をもつ。光学異性体は、それぞれが人体に異なった生理作用を及ぼすことがある。

※3 炭素-炭素二重結合
炭素と炭素の間に4つの結合電子によって構築された結合。

※4 不斉水素化反応
水素ガスを使って不斉点を導入する反応であり、廃棄物が生じないクリーンな反応として注目を集めている。

※5 アトムエコノミーな反応
原子効率の高い反応。原子効率とは、反応の前後で無駄なゴミとならずに実際に使われる原子の割合のこと。原子効率が高いほど、廃棄物が生じない反応となる。

※6 野依良治教授
1967年に京都大学工学部で博士号を取得した後、1968年に名古屋大学理学部で助教授に就任した。その後、アメリカに渡りハーバード大学で博士研究員として研究を行い、1972年に帰国後、様々な不斉合成に用いることのできる触媒を開発した。特に、光学活性ルテニウム錯体触媒によるケトン類の不斉水素化反応による光学活性アルコール類の合成に関する研究業績が高く評価されている。2001年にノーベル化学賞を受賞している。

※7 William S. Knowles博士
アメリカ人の化学者。光学活性なロジウム錯体触媒によるデヒドロアミノ酸の不斉水素化に関する研究が高く評価されている。2001年に野依教授と共同でノーベル化学賞を受賞している。

※8 オレフィン類の不斉水素化(デヒドロアミノ酸の不斉水素化反応)
オレフィンは炭素―炭素二重結合を含む化合物であり、この二重結合に対して不斉水素化を行うこと。デヒドロアミノ酸とは、炭素―炭素二重結合を含むアミノ酸を指し、これを不斉水素化することで、アミノ酸に不斉点を導入できる。

※9 不斉収率
反応に使った不斉源の光学純度に対する、生成物の光学純度の割合のこと。今回の反応では、ロジウム錯体が不斉源である。光学純度とは含まれる光学異性体の割合のこと。

※10 単純オレフィン
配向基を有さないオレフィンのこと。従来の不斉水素化では高い反応性が得られなかった。

参考URL

大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻 真島研究室
http://www.organomet.chem.es.osaka-u.ac.jp/

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