高温超伝導機構の解明につながる硫黄水素化物を発見
超伝導による環境問題・エネルギー問題の解決に一歩前進
本研究成果のポイント
・高温超伝導 を示す新たな硫黄水素化物をコンピュータ・シミュレーションで発見
・超伝導転移温度の計算値が実験値と一致
・今後、実用化が難しいとされている高温超伝導の機構解明や室温超伝導探索への応用が期待される
リリース概要
大阪大学大学院基礎工学研究科附属極限科学センターの石河孝洋特任助教、清水克哉教授、金沢大学理工研究域数物科学系の小田竜樹教授、関西大学システム理工学部の鈴木直教授らの研究グループは、第一原理電子状態計算 と遺伝的アルゴリズム を用いたコンピュータ・シミュレーションによって、110万気圧で出現する硫黄水素化物の新たな超伝導相を予測しました。
超伝導とはある温度まで物質を冷却すると電気抵抗がゼロになる現象であり、例えば電線に超伝導体を使用すれば損失なしに電気を運ぶことができるため、環境問題やエネルギー問題を解決する重要な物理現象として注目されています。しかし、超伝導が発現する温度(超伝導転移温度)は非常に低いために実用化が難しいとされています。硫化水素(H 2 S)が高圧力下で超伝導転移温度の最高記録を大幅に更新したことが昨年に発見され、話題になりましたが、この超伝導体に変化していく過程の硫黄と水素の化学組成比や結晶構造について不明な点が数多く残されていました。本研究で予測した化学組成比2:5の化合物(H 5 S 2 )で得られた超伝導転移温度の計算値は、その過程の実験値と良く一致しました (図1) 。
本研究で予測したH 5 S 2 化合物に立脚して実験・理論の両面から更なる研究を進めれば、硫黄水素化物で出現する高温超伝導の機構解明へと繋がることが期待されます。また、使用した手法と得られた知見を他の軽元素水素化物に応用させることによって、超伝導転移温度を室温付近まで上昇させるための指針を与えることが可能となります。
本研究成果は3月17日に英国ネイチャーグループの電子ジャーナルScientific Reports誌に掲載されました。
図1
a. 遺伝的アルゴリズムを適用させて得られたH 5 S 2 化合物の結晶構造。大きい球は硫黄原子、小さい球は水素原子を表しており、H 2 S分子とH 3 S分子が混合した構造となっている。
b. 超伝導転移温度の比較。H 5 S 2 化合物が超伝導相-Ⅱの実験データをよく再現している。
研究の背景
超伝導とはある温度まで物質を冷却すると電気抵抗がゼロになる現象であり、例えば電線に超伝導体を使用すれば損失なしに電気を運ぶことができるため、環境問題やエネルギー問題を解決する重要な物理現象として注目されています。しかし、超伝導が発現する温度(超伝導転移温度)は非常に低いために実用化が難しく、超伝導転移温度を室温まで近づけること、つまり「室温超伝導の実現」は科学者の大きな目標のひとつとなります。2015年にドイツの研究チームが硫化水素(H 2 S)を150万気圧まで圧縮するとドライアイスで到達可能な温度領域となる203ケルビン(零下70℃)まで超伝導転移温度が上昇することを発見し、約20年ぶりに超伝導転移温度の記録を大幅に更新しました。この高温超伝導の機構を解明し、更に高い超伝導転移温度を示す物質を探索していくためには、高圧力下における硫黄水素化物について十分な知見を得ることが必須であり、現在世界中でその研究が行われています。
この硫黄水素化物を203ケルビンの超伝導体へと変化させる実験の過程で、70ケルビン(零下約200℃)で出現する別の超伝導相があることも発見されています。ここで、それぞれを超伝導相-Ⅰ、超伝導相-Ⅱとして区別することにします。超伝導転移温度が異なるこれらふたつの超伝導相の出現は、実験開始時の硫化水素(H 2 S)が加圧によって別の硫黄水素化物へ変化したことによるものと考えられ、これらの詳細を明らかにすることは硫黄水素化物で観測された高温超伝導機構解明のための手掛かりとなります。超伝導相-Ⅰについては、大阪大学大学院基礎工学研究科附属極限科学センターの実験グループらが大型放射光施設「SPring-8」を使って、化学組成比1:3の化合物(H 3 S)で説明できることが判明しましたが、超伝導相-Ⅱについては不明な点が多く、更なる研究が必要とされています。
研究手法と成果
同研究グループは超伝導相-Ⅱに対応する硫黄水素化物の候補として硫黄と水素の化学組成比が2:5となるH 5 S 2 化合物に注目しました。第一原理電子状態計算と遺伝的アルゴリズムを用いたコンピュータ・シミュレーションによって硫黄水素化物の熱力学的安定相を探索したところ、H 2 S分子とH 3 S分子が混合した結晶構造 (図1a) をとるH 5 S 2 化合物が110万気圧で出現することを理論的に予測しました。
このH 5 S 2 化合物について超伝導転移温度を計算すると100~150万気圧の圧力領域で50~70ケルビンの超伝導転移温度が得られ、超伝導相-Ⅱの実験データと良く一致する結果が得られました (図1b) 。また、更なる加圧によってH 5 S 2 化合物はH 3 S化合物へと分解し、超伝導相-Ⅰへ相転移するという結論を得ました。
今後の展開
本研究で予測したH 5 S 2 化合物に立脚して超高圧実験を行うことによって超伝導相-Ⅱの詳細が明らかになると期待されます。超伝導相-Ⅱの理解が深まれば、超伝導相-Ⅰとの比較によって、高圧力下で硫黄水素化物が示す高温超伝導機構の解明へと発展させることができます。また、この研究で用いた手法や得られた知見を他の軽元素水素化物へと応用させることによって室温超伝導探索のための指針を与えることが可能となります。
特記事項
本研究成果は日本時間3月17日(木)に英国ネイチャーグループの電子ジャーナルScientific Reports誌に掲載されました。
掲載誌:Scientific Reports(出版元:Nature Publishing Group)
題名:Superconducting H 5 S 2 phase in sulfur-hydrogen system under high-pressure
(邦訳:高圧力下での硫黄-水素系における超伝導H 5 S 2 相)
著者:Takahiro Ishikawa 1* , Akitaka Nakanishi 1 , Katsuya Shimizu 1 , Hiroshi Katayama-Yoshida 2 , Tatsuki Oda 3 , and Naoshi Suzuki 4
1.大阪大学大学院基礎工学研究科附属極限科学センター、2.大阪大学大学院基礎工学研究科、3.金沢大学理工研究域数物科学系、4.関西大学システム理工学部、*Corresponding author
DOI: 10.1038/srep23160
参考URL
大阪大学 基礎工学研究科附属極限科学センター 超高圧研究部門 清水研究室
http://www.hpr.stec.es.osaka-u.ac.jp/
用語説明
- 超伝導
物質をある温度まで冷却したときに電気抵抗が急激にゼロとなり、外部からの磁力線が物質内部から完全に排除される現象。1911年に物理学者オンネスによって発見された。超伝導現象が現れる温度は超伝導転移温度と呼ばれており、これを室温まで上昇させて実用化させることができれば、環境問題やエネルギー問題が解決されると考えられている。この超伝導状態が出現する温度-圧力領域を「超伝導相」と呼ぶ。
- 第一原理電子状態計算
対象となる物質を構成する元素の原子番号と系の結晶構造を入力し、実験データを参照せずに量子力学の基本法則に立脚した理論を使って系の電子状態を求める計算手法。物理機構の解明や物性の予測を高い精度で行うことができるため、実験に先駆けたデータの取得や、実験で得られたデータの検証に活用されている。超高圧極限環境下では実験が困難となるため、第一原理計算による予測が有効な手段となる。
- 遺伝的アルゴリズム
最適解を探索するためのアルゴリズム(処理手順)のひとつ。生物の進化過程を模範したアルゴリズムであり、選択、交叉、突然変異などの操作を集団の個体にランダムに適用させることで、より優秀な個体へと進化させていく。汎用性の高い方法のため様々な分野で活用されており、本研究ではこれを最安定結晶構造の探索に利用している。