高温高圧力下における流体水素のプラズマ相転移を観察

高温高圧力下における流体水素のプラズマ相転移を観察

木星の内部構造の再現に成功、常温超伝導にも一歩近づく

2015-11-10

本研究成果の要点

・高温高圧下で高密度流体水素のプラズマ相転移を観察
・木星などの内部で巨大な磁場を作り出している流体金属水素の解明に迫る
・今後、室温超伝導が期待される固体金属水素への応用が期待される

リリース概要

東京工業大学大学院理工学研究科の太田健二講師と大阪大学大学院基礎工学研究科附属極限科学センターの清水克哉教授らの研究グループは、水素を高温高圧下においても周囲の物質との化学反応なく安定して保持する技術を開発した。この技術を利用して、公益財団法人高輝度光科学研究センターと共同で行った高温高圧実験によって、高密度の水素の分子流体から単原子流体への相転移(プラズマ相転移)現象を80~110万気圧の範囲で観察し、その相転移境界を明らかにした。

観察した高温高密度水素流体のプラズマ相転移は絶縁体−金属転移に対応している可能性が高く、木星や土星などの水素を主成分とするガス惑星の内部構造やガス惑星磁場の生成メカニズムの解明につながる成果である。また、水素の温度圧力相関係が明らかになることで、室温付近の高い超伝導転移温度が予想されている固体金属水素の合成のための指針となることが期待される。

本研究成果は11月9日に英国ネイチャーグループの電子ジャーナルScientific Reports誌に掲載された。

背景

水素は宇宙に最も豊富に存在する元素であり、太陽などの恒星や木星、土星などのガス惑星の主成分である。また近年、盛り上がりを見せる水素エネルギー社会の実現のため、水素の温度圧力に対する挙動は惑星科学だけでなく材料科学などの様々な研究分野の興味の対象となっている。

恒星やガス惑星内部では水素は分子解離し、金属的な電気伝導性を持つ高密度高温流体の状態にあると考えられている。しかし、水素の温度圧力状態図はまだ十分にわかっておらず、ガス惑星の内部構造や密度分布にはまだ大きな不確かさがある。 水素は拡散性・反応性が非常に高い元素であるため、実験のために高温高圧発生装置の内部に安定して保持し続けることが困難であることが、高温高圧水素の研究を阻む大きな要因となっていた。

研究成果

同研究グループはまず、高温高圧発生装置であるダイヤモンドアンビルセル の内部に、水素を高温高圧力下においても周囲の物質との化学反応なく安定に保持するための技術開発を行った。その結果、100万気圧を超える高圧力かつ2000ケルビン(絶対温度、K)以上の高温条件での水素の実験が可能となった。

大型放射光施設SPring-8 の高圧構造物性ビームライン「BL10XU」 に設置されたレーザー加熱システムを使用し、約80~110 万気圧、2650 Kまでの条件での実験から流体水素の相転移現象を明らかにした。また、BL10XUのX線マイクロビームを使用したX線回折像から高温高圧環境状態を確認、さらに水素試料と高圧装置との間に化学反応が起きていないことも確認した。

この実験によって決定された高密度流体水素のプラズマ相転移境界は理論計算によって報告されているものとよい一致を示している。観察した流体水素のプラズマ相転移は水素の絶縁体−金属転移とも密接に関連していると考えられる。

今後の展開

ガス惑星内部では、金属流体水素の対流によって磁場の生成・維持が行われていると考えられているため、今回、明らかにされた水素の高温高圧相関係はガス惑星内部の構造やダイナミクスの解明に寄与すると期待される。

また、水素は圧縮することで最終的には固体金属相へと相転移し、室温に近い超伝導転移温度を示すと予想されているが、固体金属水素の安定領域は不明であり、その合成はまだ実現していない。同研究グループが行った、水素の高温高圧保持技術と高温高圧相関係の解明は人類未達成の固体金属水素の合成への手助けとなる。

掲載論文

掲載誌:Scientific Reports(出版元:Nature Publishing Group)
題名:Phase boundary of hot dense fluid hydrogen
邦訳:高温高密度流体水素の相転移境界
著者:Kenji Ohta , Kota Ichimaru 2 , Mari Einaga 2 , Sho Kawaguchi 2 , Katsuya Shimizu 2 , Takahiro Matsuoka 2 , Naohisa Hirao 3 , and Yasuo Ohishi 3
1.東京工業大学 大学院理工学研究科 地球惑星科学専攻、2.大阪大学 大学院基礎工学研究科附属極限科学センター、3.高輝度光科学研究センター
※Corresponding author
DOI: 10.1038/srep16560 (2015).

参考図

図1 レーザー加熱ダイヤモンドアンビルセル(A)。対向する一組のダイヤ(B)。
(B)の間に試料を挟み、高圧下でレーザーを試料に照射することにより、実験室内で地球内部の温度圧力を発生させることができる。

図2 高圧高温下における水素の状態図
黒い点線は理論計算によって報告されている流体水素のプラズマ相転移境界。青線は水素の融解曲線、赤線は固体水素の相転移境界を表す。赤、青、緑色のシンボルが実験を行った温度圧力条件。黒三角のシンボルは先行研究で報告されている結果。

参考URL

論文掲載先(Scientific Reports)
http://www.nature.com/articles/srep16560

大阪大学基礎工学研究科附属極限科学センター超高圧研究部門(清水研究室)
http://www.hpr.stec.es.osaka-u.ac.jp

東京工業大学 大学院理工学研究科 地球惑星科学専攻(太田研究室) ※英語版のみ
http://www.geo.titech.ac.jp/lab/ohta/Ohta_Lab._HP/Ohta_Lab_Home.html

用語説明

ダイヤモンドアンビルセル

宝石用ダイヤモンドを用いた小型の高圧装置。ダイヤモンドは圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)として用いられる。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料と圧力媒体を入れて2つのダイヤモンドアンビルで挟み込むことで高圧を発生させる。ダイヤモンドの先端のサイズを小さくすれば、地球中心部に相当する圧力(約360万気圧)の発生が可能。

大型放射光施設SPring-8

兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。