2016年2月2日

本研究成果のポイント

・肺がん患者の尿中に含まれる揮発性有機化合物※1 に反応する嗅覚受容体群の網羅的な単離同定※2 に成功。
・これまで困難とされていた数万種類の匂い分子を嗅ぎ分ける嗅覚受容体群の識別機構の解明が可能に。
・任意の匂い分子だけを高度に検出するバイオセンサーの応用に期待
・呈味分子※3 等の受容体が未知のリガンド(オーファンリガンド)※4 に反応する受容体の単離同定に期待。

概要

大阪大学産業科学研究所生体分子反応研究分野の黒田俊一教授・良元伸男特任准教授は、パナソニック株式会社先端研究本部の鈴木雅登主任研究員らとの共同研究で、特定の匂い分子に反応する嗅覚受容体群の網羅的かつ迅速な単離方法を開発しました。

これまでにも、匂い分子を検出するバイオセンサーは開発されてきましたが、哺乳類の嗅覚器官のように、何万種類もの匂い分子を嗅ぎ分けることができるバイオセンサーは存在しませんでした。一方で、哺乳類の限られた数の嗅覚受容体(ヒト396種類、マウス1130種類)による何万種類もの匂い分子の識別機構は不明なままでした。近年、1つの匂い分子を複数の嗅覚受容体が協調してパターン認識するという概念(嗅覚受容体レパートリ)が提唱されましたが、動物細胞による嗅覚受容体発現は難しく、様々な匂い分子を全嗅覚受容体に作用させて評価するのは困難でした。

共同研究チームは、各嗅神経細胞は1種類の嗅覚受容体を発現することに着目し、樹脂製スライドガラス上の微細な穴(マイクロチャンバー)にマウス由来の嗅神経細胞群を1細胞ずつ納め、嗅覚受容体が匂い分子と反応すると細胞が蛍光を発する仕組みを作りました。そして、2013年に開発した全自動1細胞解析単離装置※5 により、特定の匂い分子に反応する嗅神経細胞を網羅的に単離し、1細胞PCR※6 により各細胞から嗅覚受容体遺伝子を単離同定しました。

その結果、肺がん患者尿に含まれる揮発性有機化合物3種類(2-pentanone, pyridine, 2-butanone)に反応する嗅覚受容体群をそれぞれ単離することができ、各嗅覚受容体を発現する動物細胞は嗅神経細胞と同様に、それぞれの匂い分子に反応して蛍光を発しました。

これらの成果は、従来大変な労力を要した特定の匂い分子が作 用する嗅覚受容体群(嗅覚受容体レパートリ)の網羅的解明を、簡便かつ迅速に同時に大量の処理・分析を可能とするとともに、任意の匂い分子だけを高度に検出するバイオセンサーへの応用が期待されます。

マウス嗅神経細胞群から特定の匂い分子に反応する嗅覚受容体発現細胞の単離フロー
a)マウス嗅上皮から嗅神経細胞群単離,b-c)ナノチャンバー(直径10μmの穴が40万個空いているスライドグラス)に入れて整列させ還流装置を設置, d)匂い分子を還流させ、嗅覚受容体が反応すると蛍光を発する,e)全自動1細胞解析単離装置により光った細胞を単離,f)単離した嗅覚受容体発現細胞から1細胞PCRにより同受容体遺伝子を取得

特記事項

研究成果は、2016年2月2日(英国時間午前10時、日本時間:2月2日午後7時)に「Scientific Reports」のオンライン版(http://www.nature.com/articles/srep19934)で公開されました。

用語解説

※1 揮発性有機化合物
揮発性有機化合物は常温で揮発し易い有機化合物の総称で、英語表記のVolatile Organic Compoundsの頭文字からVOCと表記されることが多い。呼気中には、口臭、代謝、疾患に由来する数多くの種類のVOCが含まれているが、これらの濃度は概ね数~数百ppbの低濃度である(ppbは10億分の1)。疾患に由来するVOCを特定し、低濃度VOCを高精度で分析する技術が確立されれば、新たな疾患のスクリーニングや診断技術となることが期待されている。

※2 単離同定
特定の匂い分子に反応する嗅覚受容体をコードする遺伝子を取り出して、正体を明らかにすること。

※3 呈味分子
多様な味を構成する分子群(アミノ酸、核酸、糖、酸、化学物質等)。舌に存在する味蕾の味覚受容体(嗅覚受容体と異なり、様々なタイプが存在し、全容解明が遅れている)と反応する。

※4 リガンド(オーファンリガンド)
受容体を作動させる内在性の物質。対応する受容体が不明なリガンドをオーファンリガンド(孤児リガンド)と称する。

※5 全自動1細胞解析単離装置
大阪大学産業科学研究所の黒田と良元が中心となり、アズワン株式会社、古河電工株式会社と共同で開発した、莫大な細胞(数十万規模)から目的の細胞を1細胞ずつ全自動回収するロボット(2013年 日本ものづくり大賞経済産業大臣賞受賞;良元ら、Sci Rep. (2013) Vol 3 p.1191 (http://www.nature.com/articles/srep01191))。業界標準のセルソーターと異なり、目的細胞の存在比率が0.1%以下でも単離可能、細胞に対するストレスがない、経時的な細胞の変化(今回は、匂い分子刺激による蛍光変化)を指標に単離が可能など、が特徴である。

※6 1細胞PCR
1細胞に含まれる遺伝子(今回はDNA)から特定遺伝子をPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)により増幅して得る方法。1細胞由来の極微量サンプルを扱うこと以外は、基本的には通常のPCRと一緒である。

参考URL

大阪大学産業科学研究所 黒田研究室HP
http://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/smb/

論文掲載先(Scientific Reports)
http://www.nature.com/articles/srep19934

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